↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
47/165

45話 来訪の知らせ

45話 来訪の知らせ


⸻


アルトレス邸の朝は、静かだった。


中庭には修復途中の石材が積まれ、

職人たちが無言で魔術陣を刻んでいる。

砕けた石畳はすでに撤去され、

新たな結界基礎の準備が進められていた。


空気中には、

わずかな魔力の振動が漂っている。


それは不安定さではなく、

“備え”の気配だった。


その静けさを切り裂くように、

一人の伝令が中庭を横切る。


「――伯爵様!」


ゼクロア・アルトレスは、

修復計画を確認していた手を止めた。


「どうした」


伝令は膝をつき、

一枚の封書を差し出す。


「帝都より、正式な通達です」


その瞬間、

周囲の空気が、わずかに張り詰めた。


ゼクロアの隣に、

ミリアが静かに立つ。


「……帝国?」


「はい。

中央魔術局名義です」


ゼクロアは封書を受け取り、

その場で封を切った。


文面は、簡潔だった。


南方地域における魔力環境および結界状況の定期調査。

中央魔術局局長、ラサド・ウィステリアが直々に視察に赴く。

来訪予定日は――三日後。


そこまで読んで、

ゼクロアは小さく息を吐いた。


「……来たか」


ミリアが、横から文面を覗き込む。


「局長自ら?」


「そうだ」


ゼクロアは紙を折り畳み、

机の上に置いた。


「観測だけでは済まなくなった、ということだろう」


ミリアの表情が、わずかに険しくなる。


「軍じゃないのが救いね」


「だが、相手は頭脳派だ」


ゼクロアは即座に返した。


「感情で動かない分、厄介だ」


短い沈黙。


ミリアが、先に口を開く。


「……リオルには?」


「知らせない」


即答だった。


「少なくとも、今は」


ミリアは静かに頷く。


「あの子は、まだ立て直しの途中よ」


「余計な不安を与える必要はない」


ゼクロアは、

視線を中庭の奥へ向けた。


医療棟のある方向だ。


「だが、屋敷の警備は一段階引き上げる」


「すでに動かしてるわ」


ミリアは淡々と答える。


「外周の見張りを増員。

空撃部隊は待機状態に」


「ドラゴンは?」


「刺激しないように。

でも――」


一拍。


「いつでも飛べるように」


ゼクロアは、わずかに口角を上げた。


「帝国も、その存在は分かっている」


だからこそ、

局長本人が来る。


「歓迎はする」


低い声。


「だが、

こちらの“内側”までは見せない」


ミリアの視線が、鋭くなる。


「医療棟、訓練場、地下設備。

立ち入り制限をかけるわ」


「当然だ」


「結界の術式も?」


「外殻のみ」


核心は見せない。


それが、

アルトレスの流儀だった。


そこへ、

執事長リチャードが静かに近づく。


「伯爵様。

局長来訪の件、使用人には?」


「最小限に」


ゼクロアは即答した。


「噂が先に走るのは避けたい」


「承知しました」


リチャードは一礼し、その場を離れる。


ミリアは、ふと空を見上げた。


澄んだ青空。

雲一つない、穏やかな朝。


「……嵐の前ほど、静かなものね」


「違いない」


ゼクロアは、ゆっくりと言った。


「だが――」


視線を戻す。


「この領は、簡単には崩れない」


「ええ」


ミリアは、はっきりと頷いた。


「守るって、決めたもの」


二人の視線の先には、

まだ何も知らず、

回復の眠りについている少年がいる。


帝国の中枢が動き出したことも。

その視線が、

すでにアルトレスに向いていることも。


アルトレス邸は、

いつもと変わらぬ朝を迎えていた。


だが――

見えないところで、

確実に歯車は噛み合い始めている。


三日後。


中央魔術局局長が、

この地を踏む。


それは、

静かな来訪であり――


同時に、

アルトレスという領そのものが試される、

明確な合図だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。