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31話 胸の奥



最初は、気のせいだと思っていた。


朝の中庭で感じた落ち着きも、

食事のあとに引いていった熱も、

どれも体調の波のようなものだと。


(……そういう日も、ある……)


そう自分に言い聞かせながら、

リオルは書物を膝に乗せていた。


文字は、読める。

内容も、理解できる。


それなのに――

集中が、続かない。


胸の奥に、

じんわりとした熱があった。


熱い、というほどではない。

触れれば分かるものでもない。


ただ、

内側から温められているような感覚。


(……変……)


ページをめくる指が止まる。


呼吸を整えようとして、

いつもより深く息を吸っていることに気づいた。


「……」


そっと、胸元に手を当てる。


心臓の音は、早くない。

鼓動も、乱れていない。


それでも――

確かに、そこに「何か」が在った。



午後、回廊を歩いていると、

不意に足が止まった。


理由は、分からない。


ただ、

一歩踏み出そうとした瞬間、

胸の奥の熱が、わずかに強まった。


(……っ)


痛みはない。

苦しさもない。


けれど、

体が「待て」と言っているようだった。


「……リオル?」


すぐ近くで、ヴォルクルの声がする。


「……大丈夫……」


反射的に、そう答えた。


嘘ではない。

倒れそうなわけでもなかった。


ただ――

今は、動かない方がいい。


そう感じただけだ。


ヴォルクルは、何も言わず、

半歩前に出る。


守る位置。


「……少し、休むか」


「……うん……」


椅子に腰を下ろすと、

胸の奥の熱が、ゆっくりと引いていった。


(……動くと……強くなる……?)


そこまで考えて、

理由が分からず、思考を止める。



夕方。


窓辺に立つと、

外の空気は、昼よりも冷えていた。


風が、頬を撫でる。


その瞬間――

胸の奥の熱が、ふっと緩む。


(……外……)


朝と、同じ感覚だった。


外気に触れると、

体の内側が、静かになる。


不思議だった。


病弱なはずの自分が、

冷たい風で楽になるなんて。


(……おかしい……)


自分の体なのに、

知らないことが多すぎる。


指先を見つめる。


震えてはいない。

色も、いつも通りだ。


ただ――

内側だけが、ほんのり温かい。


(……何、なんだろう……)


分からない。


分からないからこそ、

誰にも、何も言えなかった。



夜。


ベッドに横になっても、

すぐには眠れなかった。


胸の奥の熱は、

昼よりも静かだが、消えてはいない。


(……明日には……治るかな……)


そんな言葉を、心の中で並べながら、

ゆっくりと目を閉じる。


扉の向こうで、

ヴォルクルの足音が止まる気配がした。


それだけで、

胸の奥が、少し落ち着く。


(……大丈夫……)


理由は分からない。

けれど、今はそれでいい。


リオルは、

静かに意識を沈めていった。


――熱を、胸の奥に抱えたまま。


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