第96話:絶対の譜面ー3
「……カリナ」
ギリーエの視線が、最後に、集団の後方で純白の剣を抱くように立つ光の剣姫へと向けられた。
「あなたは、この布陣における命の綱であり、全体の士気を保つ遊撃の要です。前衛も後衛も、自分の限界を超えて命を削りながら戦うことになる。誰かが死にかければ、あなたの光で照らしてください」
光の剣姫の浄化。
それは、最前線で肉を斬らせて骨を断つ狂戦士たちにとって、何よりも頼もしい絶対の保証。
「はい。この身が砕け、魔力が尽き果てようとも……決して、誰一人として欠けさせはしません」
カリナが、黄金の髪を揺らし、静かに、だが強固な覚悟で頷いた。その瞳に宿る慈愛の光は、この薄暗い魔境において唯一の救いのように輝いていた。
完璧だった。
誰一人として無駄な動きをさせない。強者のエゴすらも戦術のピースとして完全に組み込んだ、恐るべき布陣。
「……最後に、ガルド殿」
ギリーエの視線が、作戦テーブルから離れ、砦の奥で巨大な兵器にへばりついているドワーフに向けられる。
「センシャは、この砦の最終防衛ラインです。万が一、あり得ませんが我々の陣形が完全に抜かれた場合は……出し惜しみなく、あの主砲の全火力で敵を消し飛ばしてください」
「おう! 任せておけ第二の坊ちゃん! ワシの手で最高以上の装甲と火力にチューンナップしてやったわい!」
ガルドが、スパナを持った油まみれの手でニカッと笑い、力強く親指を立てた。
「魔族の肉片一つ、細胞一つ残さず、まとめて消し炭にしてやる!!」
ギリーエは、広間に集った六国の最高戦力たち――個性というにはあまりにも凶悪すぎる化け物たちの顔を、ゆっくりと、ぐるりと見渡した。
「ここは、イーリス大陸の最東端にして、文字通り人類の最後の砦です。我々がここを抜かれれば、背後の国々は瞬く間に火の海となり、世界は終わります。……逃げ場はありません」
ギリーエの言葉が、重く、冷たく広間に落ちる。
だが、その直後だった。
ギリーエが、これまで王宮で誰にも見せたことのないほど、不敵に、そして獰猛に口角を上げたのだ。
その顔は、紛れもなく、狂気渦巻く戦場を支配する王の顔だった。
「ですが――これだけの戦力が、一つの盤上に揃っているのです。例え伝承にある魔王が自ら現れたとて……我々なら、確実に、余すことなく討伐できるはずです」
ギリーエは、作戦テーブルの上の地図を、バンッ!と強く叩いた。
「千年ぶりに目覚めた、時代遅れの魔族どもに……我々が、進化した人類の恐怖というものを、骨の髄まで教えてやりましょう」
「……違いねぇ」
シンが鼻で笑い、海神の莫大な魔力が部屋の空気をビリッと震わせた。
「クソ楽しみだな。……生半可な戦いに飽きてきたところだ。敵なら、全部残らずブッ斬ってやるよ」
ソーの中の『悪』が表に出現し、狂気的に瞳を細めて嬉しそうに喉を鳴らした。
圧倒的な自信。純粋な殺意。
魔族が人類を蹂躙するのではない。人類の最高戦力たちが、魔族を殲滅するために待ち構えているのだ。
俺は、腰の魔剣ムラマサの冷たい柄にそっと手を添え、静かに、長く息を吐いた。
心臓の鼓動は驚くほど落ち着いている。だけど恐怖はなくさない。
ラナが静かに闘力と魔力を高めているのが分かった。
準備は、すべて整った。
盤面は完成し、人類最高の駒が配置についた。
あとは、敵が地獄の底から顔を出すのを待つだけだ。
理不尽な世界に対する、人類の意地を賭けた規格外の宴の幕が。
今、静かに上がろうとしていた。




