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第72話:数奇な愛の唄ー3

 オリアだった。

 息が切れ、顔は死人のように青ざめ、心が今にも崩れ落ちそうに震えていた。


「ひ、ひぃ!? オリアさん!?」

 ジークが慌てて立ち上がる。


「あ、あの人が……ユリウス様が……明日、戦地に旅立ってしまうと……!!」

 オリアは、手首が白くなるほど手紙を握りしめていた。


 シンが一歩前に出る。

「落ち着いて。詳しく聞いていいかい?」


「はい……文通していた相手は、ユリウス・ガスティン様という兵士様です。その方の、戦地への派遣が決まって……」


「戦地? 場所は分かるかい?」


「ウィロウ……。戦死者が最も多い、最前線の激戦区だと……!」


 俺は思わず眉をひそめた。

「シン。この大陸、今どこかで戦争なんてやってたか?」


 シンは――黙った。

 黙ったまま、底知れぬほど暗い目で、遠くを見ていた。

 その沈黙が、背筋に冷たい嫌な予感を這わせる。


「……シンさん?」

 ジークが不安げに呼ぶ。


「止めなくては! 今夜十九時に彼からの返事が来るはずだから、それで絶対に引き止めます!」

 オリアが必死に叫ぶ。


 シンは、静かに、重く頷いた。

「……返事を待ってからだな」



 夜。

 十九時。

 いつもなら文字が消え、彼からの返事が浮かび上がる時刻。


 ――だが、返事は来なかった。

 石像の足元に残っていたのは、オリアが書いた悲痛な文字が羅列した手紙だけ。

 必死に引き止めるための言葉が、涙で震え、ひどく滲んでいる。


「こんなことって……」

 オリアの足から力が抜け、冷たい石畳に崩れ落ちた。

「毎日……毎日返事があったのに……。嘘よ……いや……」


 嗚咽が夜の空気に溶けていく。

 心が、強制的に引き裂かれた瞬間の、痛々しい音。


 シンが近づき、オリアの目線に合わせてしゃがみ込んだ。

「……オリアちゃん。ユリウスくんに会いたいかい?」


 オリアが、涙で濡れた顔を上げる。

「会えるのですか……!?」


 シンの顔は、一切の冗談を削ぎ落とした、残酷なほど真剣な顔だった。

「どんな結果であろうと、受け入れる覚悟はあるかい?」


 オリアは、血の滲むような力で唇を噛み、深く頷いた。

「はい。あの方と会えるのであれば」


 シンは立ち上がる。

「じゃあ行こう。最前線、ウィロウへ」


翌朝。


 出立の準備をする俺たちの前に、戦地へ赴くための旅装束を整えたオリアが立っていた。


「準備は整いました」

 その姿は痛々しいのに、決して揺らいではいなかった。


 愛が、人をここまで強くする。


 俺は馬車の中でシンに聞いた。

「なぁ、ウィロウってのはどこにあるんだ?」


「僕も、聞いたことがありません」

 ジークも首を傾げる。


 シンは地図の一点を指差した。

「ウルシアとオーシャンの近く。ここから馬車で一日だ」

 そして、小さく付け足した。

「……だから、変なんだ」


 俺は息を呑んだ。

「ちっか! そんなすぐ近くで戦争なんて――」


 だが、オリアの凛とした背中が、俺の言葉を止めた。

 軽口で踏みにじっていい重さじゃない。



 到着したウィロウという場所は――平和そのものだった。

 市場には活気があり、石畳の広場では子供たちが笑い声を上げて走り回っている。


 最前線どころか、血の匂いすらない。


 オリアが呆然と立ち尽くした。

「シン様……ここがウィロウですか? とても最前線の戦地には思えませんが……」


 シンは、感情のない声で言った。

「ここがウィロウ。最前線『だった』場所だ」

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