第70話:数奇な愛の唄ー1
王都を出ると、世界の色が変わる。
城壁の中が「守られる場所」なら、外は「死と隣り合わせの場所」だ。
馬車の揺れが一定になった頃、ジークが窓の外を見てふとこぼした。
「冒険みたいで、少しワクワクするねっ」
その響きが、あまりにも子供っぽくて、少しだけ救われた。
こういう無防備な言葉がないと、人は張り詰めた糸のように簡単に折れる。
だから俺は、わざと意地悪く笑ってやった。
「いいかジーク。魔族の封印地を見つけた瞬間、バカみたいにデカくてこわーい化け物がお出迎えしてくれるんだぞ」
ジークが瞬時に肩を跳ね上がらせる。
「ひぃぃぃッ!!」
『こーら相棒、いじめないの』
胸の奥でラナが笑う。
「冗談だ。……たぶん、な」
シンが、呆れたように笑った。
「怖がれるのは正常だ。自分の命の軽さを知らねぇバカは、だいたい真っ先に死ぬ」
ジークが、少しだけホッとしたように胸を張る。
「じゃあ、膝が震えてる僕は大正解ですね」
「百点満点だ」
シンはさらりと言って、窓の外の風を嗅いだ。
「……波、今日はいいな」
いい波。
その一言だけで、なぜか馬車の中の空気が少しだけ温かくなった気がした。
◆
俺たちが辿り着いたのは、ウルシア国内でも外れに位置する村。
伝承によれば、かつて魔族との戦闘が最も激しかった土地だ。
「とりあえず、路銀と情報集めだ。村の手伝いか、ギルド支部で仕事でも受けるか」
シンの提案に、俺は肩をすくめた。
「ギルドの仕事ったって……俺、Fランクなんだけど」
――馬車の中の時間が、止まった。
シンとジークが、寸分違わぬタイミングで口をあんぐりと開けた。
驚き方まで揃うのが、妙に腹立つ。
「……え?」
ジークが素っ頓狂な声を出す。
シンは俺を上から下まで、ゴミを見るような目で眺めた。
「お前、あのデタラメな強さでFランクかよ……」
「そっか……。ずっと雑用係のまま、勢いだけでここまで来ちゃったもんね」
ジークが、妙に納得した顔で頷く。
「お前、たまに悪気なく刺してくるよな」
「ごめん! でも悪い意味じゃなくて……君、そういう肩書きとか本当に興味なさそうだもん!」
ジークが慌てて首を振る。
俺は小さくため息をついた。
「ああ。ギルドの仕事なんて、最初のミリアへの護送任務しかやってねぇよ」
シンは顎に手を当てて、ふっと笑った。
「安心しな。幸いオーシャンとウルシアの冒険者のランク制度は同じだ。Sランク様である俺が、美味しい高ランククエストに連れてってしんぜよう」
「……言い方が絶妙にムカつく」
『シンさんSランクだったんだ。流石だね』
ラナの声は、純粋に感心していた。
(……まぁ、シンはすげーからな)
俺は咳払いで誤魔化し、村を後にした。
◆
少し歩くと、近くの領主が治める街へ到着した。
石造りの家並み、整えられた街道、そして立派なギルド支部。
「ここで仕事を受注するか」
クエストボードの前で、ジークが控えめに指を差した。
「あ、あの……この『ゴブリン五匹討伐』なんてどうかな?」
「却下だ。日が暮れる」
俺が即答すると、ジークが「うぅ……」と肩を落とした。
その時、俺の視線が、掲示板の端に貼られた一枚の羊皮紙に釘付けになった。
そこに書かれた文字が放つ“違和感”。
「ん? 領主様直々の依頼があるぞ」
シンが横から覗き込む。
「珍しいな。領主の私兵や権力でどうにもならねー依頼か?」
【分類:Sランク】
【報酬:言い値】
【依頼主:領主レオルラハト】
【内容:一人娘にかけられた『呪い』を解くこと】
ジークが息を呑む。
「の、呪い……!?」
シンが、眉を微かに寄せた。
「この依頼、一筋縄じゃいかなそーだな」
だが、その声は不思議なほど落ち着いていた。怖がらせない、波を知る男の落ち着きだ。
俺は羊皮紙を無造作に剥がし、懐にねじ込んだ。
「行くぞ」




