第56話:新ルール−1
王都の外壁に着地した俺の耳には、まだ遅れて届く破片の雨音が残っている。
悲しみは癒えない、グリンデル王国は、もう戻らないだろう。
いずれ地図からも消えてしまう。
でも――その全部が、俺の中では遠い。
目の前にあるものだけが、やけに鮮明だった。
折れた贄喰いの残滓。
そして、倒れたままのワーズの“身体”。
肉体は、崩れていない。
黒髪も、骨格も、指先の爪も――あの丁寧な残酷さをまとったまま、静止している。
「……ほんとに、死んだんだな」
ソーが、少し離れたところから近づいてくる。
オボロは納めてある。ラナの紋様も薄れて、部分神王獣化が解けかけていた。
「死んでる。……けど、気持ち悪い死に方」
「だよな」
俺は、ワーズの身体を見下ろしたまま、喉を鳴らす。
――ふと、思った。
(……魔族に触れたら、どうなる)
武装化の条件は「完全に死んだ、人以外の生物」。
ワーズは魔族。人間じゃない。しかも下位とは言え貴族階級。
条件は満たしてる。
ただ――
今まで俺が武装化してきた相手は、神獣とか魔獣とか、そういう“自然の怪物”だった。
魔族は違う。
言葉が通じる。意志がある。知能がある。社会がある。
それでも、死ねば――“物”になるのか?
「……ちょっとだけ、触るぞ」
俺は自分に言い聞かせるみたいに呟いて、ワーズの胸元へ手を伸ばした。
触れた瞬間。
ひやり、とした感触が指先を刺した。
死体の冷たさじゃない。
魔族という種族の冷たさ。
そして次の瞬間――
ワーズの身体が、渦を巻いた。
ぐるり、と。
空気ごと捻れるみたいに、黒髪がほどけ、皮膚が裂け、骨格が崩れて、肉が霧になる。
俺は反射で手を引こうとしたが、もう遅い。
渦は俺の手の中へ、吸い込まれていく。
圧縮。
凝縮。
最後に“それ”が形を取った瞬間、俺は息を飲んだ。
仮面だ。
黒い仮面。
表面は滑らかで、光を吸い込む。
目の部分だけが、赤黒いガラスみたいに薄く透けている。
咄嗟に手放してしまった
「っ!?」
仮面は戻らない。
地面には血も、骨も、髪も残っていない。
「手放したら戻るはずの死体」が、どこにもない。
「……え?」
ソーが固まる。
「え、え、え? 待って。今の何?」
「……武装化、発動した」
「魔族で!?」
「たぶん、そう」
俺は仮面を拾い、手の中でひっくり返す。
軽い。
なのに、内側が“重い”。
もう一度手放してみる。
……戻らない。
仮面は仮面のまま、俺の手の中に“固定”されている。
『相棒、それ……やばい匂いする』
胸元で、ラナの声が小さくなる。
普段みたいな軽口じゃない。
(分かってる。でも……)
「……戻らないってことは、だ」
俺は自分の声が少し震えてるのを、誤魔化せなかった。
「魔族の武装化は、“死体に戻らない”タイプなんだ」
ソーが顔をしかめる。
「つまり、それって……」
「……オレ以外の人間も使用可能の道具」
武装化の“ルール”が、ここで変わった。
いや、正確には――今まで知らなかった仕様が、露わになった。




