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負け女と元カレの幽霊  作者: 葛西渚
2章 堀口
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人に求められる役割を果たすこと

光莉と一度も会話を交わすことなく、次の日がやってきた。

今日もぼんやりと仕事をしながら、九条美沙都の件ばかり考えていた。そろそろ決断しなければならない。諏訪部さんからも、明日中には、と釘を刺されてしまった。


「お疲れ様です、堀口さん」


この日も、仕事が終わって駅までの道中、朝日奈さんに声をかけられた。

昨日のこともあって、どんな顔をすればいいのか分からなかったが、彼女はいつもと変わらない様子でいてくれた。


「そう言えば、諏訪部さんに呼び出された件って、やっぱりテレビ出演のことだったんですか?」


「ああ…うん、半分はそうだった」


「半分?」


気を使っているのか、彼女はそれ以上、追及してくることはない。普段なら助かる配慮だが、今回はもっと聞いて欲しかった。俺は、誰かに相談したかったのだ。


「あのさ、朝日奈さん…ここだけの話なんだけど、聞いてくれないかな」


「え? あ、はい…」


朝日奈さんは、俺の前置きに腰が引けたようだったが、最後まで真剣に耳を傾けてくれた。


「堀口さんなら、できると思います」


「いや…できるできないじゃなくてさ」


「霊が憑いているとか憑いていないとか…私には分かりません。でも、九条美沙都の娘さんは助けを求めているのだと思います。何が原因だったとしても、堀口さんなら救ってあげられるはずです」


「そんなことは…ないよ」


「一人の女の子が助けを求めている。それだけの話ではないでしょうか。そして、そんな子を放っておけないのも、堀口さんですよ」


「俺はそんな正義のヒーローみたいな人間じゃないけれど」


しかし、人間とは不思議なもので、貴方はこういう性質だ、と良い意味で言われてしまうと、それに応えようと努力してしまうものだ。勢いで「やってみる」と言ってしまいそうだったが、何とかそれを抑えた。




帰ると光莉と顔を合わせられたので、もう一度相談してみることにした。


「会社の人に、俺は助けを求められたら放っておけるタイプじゃないって言われてさ、どうすれば良いのか」


こちらに背を向け、ワイシャツにアイロンをかけていた光莉が振り向いた。青白い顔に鋭い視線で貫かれた俺は、煩わしいと思われたのではないか、と後悔する。だが、彼女は静かに意見を述べた。


「周りの人間が、貴方にそういうスタイルを望んでいる、ってことでしょ。それに応えなかったら、周りからの評価が落ちることは、当然だと思うけど」


それだけ言って、光莉は自分の部屋に入ると、扉を閉ざしてしまった。光莉が意見を言うとは思わなかったので、少しの間、驚きで茫然としていたが、よくよく考えてみると「人の期待に応えなければお前に価値がない」と言われているような気がした。


だったら断ってやる。そう決意したつもりだったが、次の日の朝、朝日奈さんに「頑張ってくださいね」と一言かけられただけで、俺の意志は曲がってしまうのだった。


「いや、本当に助かった」


諏訪部さんは俺の答えを聞くと、昼間から寿司に連れて行ってくれた。回らない寿司は初めてだった。


「九条さんにも急かされていたところだったんだ。本当に良かった。これからも頼んだぞ」


心の底から嬉しそうな顔を見せる諏訪部さんを見ると、不安や妙な後ろめたさが和らいだ。


「たぶん、今週末には例の娘がやってくる。その日は丸一日予定をあけておけよ」


「分かりました」


今週末、と言っても、後二日もなかった。それまで心の準備ができるだろうか。そんな気持ちでいるうちに、その日はやってきてしまうのだった。




職場についてから、予約状況を確認すると、俺のスケジュールが終日抑えられていた。どういうことか、と諏訪部さんを見ると、何も言わずに頷かれてしまう。どうやら、九条美沙都の娘は今日来ると言うだけで、時間までは指定されなかったのだろう。


九条美沙都の娘はなかなか現れなかった。今日はこないかもしれない…と思ったころ、受付に座っている朝日奈さんから内線が入る。普段なら既に帰っている諏訪部さんも、待ちに待っていた様子で思わず立ち上がった。


「あの、九条さんの娘さんがいらっしゃいました」


「分かった。空いている部屋に案内お願いします」


「はい。では、五番に」


「ありがとう」


受話器を置いて諏訪部さんを見ると、緊張した面持で頷く。心の底から、これに賭けているようだ。期待に押し潰されてしまいそうだが、ここまで来たらやるしかない。俺は気持ちを整え、相談室へ向かった。

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