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96話 違約の代償

 現在時刻は19時。本音を言うならリオラド神殿へ行くのは明日にしてもらい、レオン様には体を休めて頂きたかった。

 無駄だと思いつつも一応進言してはみた。しかし、にべもなく却下される。レオン様は執務室を出ると、すぐに神殿へ向かって行ってしまった。男の潜伏先である酒場に突撃するなんていう事態は回避できたようで良かったが……

 今すぐ男を捕らえる事はできない。我々に言われるまでもなく、レオン様も本当は分かっておられたと思う。それでも、男に対する怒りの感情をどこかにぶつけずにはいられなかったのだろう。陛下に必要以上に食ってかかったのは八つ当たりでしかなかった。

 ルーイ先生の言葉と手紙を受け取ったことで、当初我々がこの他国からの魔法による攻撃にどういう対策を取ろうとしていたのかを思い出して頂けたようだ。


「セドリックさーん、俺たちはこれからどうしたらいいの? ボス行っちゃったけど……」


「レオン様は神殿へ御祈祷に行かれた。後の事は俺に任せて、お前らも少し休め。悪いが茶は自分で淹れてくれな」


「りょーかい。ボスは先生を呼んで来いって言ってたけどさ、今から店に迎えに行くとなるとそれだけで2時間近くかかるよね。俺もセドリックさんと同じで話し合いは明日にずらした方が良いと思うけどなぁ。あんまり遅くなると先生が大変じゃね? 途中で寝ちゃったらどうすんの」


「殿下はああなると止まらないからねぇ。寝ちゃうって……そんな、ルイスじゃあるまいし」


 ルイスは時間帯の遅さを気にしているが、その心配は無用だ。先生がいるのは店ではなく王宮だからな。レオン様は先生が持つ力の気配を感じ取り、王宮内にいるのが分かっていたのだろう。だからこそ簡単に連れて来て欲しいと言ったのだ。


「先生は俺と一緒に王宮に来てるから問題無い。今はクレハ様のお部屋にいる」


「えっ!? 先生こっちにいるの? 会いたい!!」


「セドリックさん、私たちまだ先生にお会いした事無いのですよ。ご挨拶したいのですが……」

 

 そういえばそうだった。兄弟と入れ替わりのような形で先生は店に来られたからな。クレハ様の側にいればこれから先も会う機会はいくらでもありそうだけれど、顔合わせが早いに越した事はないか。


「付いて来るのは構わないが、先生がいらっしゃるのはクレハ様のお部屋だ。あまり騒がしくするなよ」


 兄弟は了承すると、意気揚々と俺と一緒に執務室を後にした。こいつら……そんなにルーイ先生に会いたいのか? レオン様の遠縁で魔法の先生という設定に興味を引かれるのは分からんでもないけど。

 そして、やはりというか……しばらく待ってはみたのだが、ジェラール陛下は戻って来なかった。

 








 俺とクラヴェル兄弟はクレハ様のお部屋を目指し、王宮内のとある一画を歩いていた。そこには来客用の部屋がいくつか並んでおり、クレハ様が使用している部屋はその中の一室になる。以前、王妃殿下に指示されていたクレハ様のお部屋の移動は、今回の一時帰宅に合わせて行う手筈となっていた。しかし、釣り堀襲撃事件のせいでクレハ様の帰宅は延期。今後の予定は未定になってしまった。


「殿下が神殿へ行かれたという事は、やはり昼間の件でメーアレクト神がご立腹なのですね」


「化け物に止め刺したのミレーヌだったもんな。女神様も招かれざる客に島で好き勝手されたくないんだろね」


 本来神たちは人間同士のいざこざに興味は無いが、自分たちの住処が荒されるのは激しく嫌う。先生がおっしゃっていた通りだった。神々の間でどんな取り決めがあるのかは詳しく知る由も無いが、普段は大人しいミレーヌの荒ぶりようにメーアレクト様の怒りの強さが現れている。

 先生から提案された作戦は、この神たちの間で結ばれている約束を利用して、シエルレクト神に責任の一端を押し付けるというものだったのだが……

 この話をしていた時点では白い蝶が王宮内をうろついていたというだけで、メーアレクト様も気付いておられなかった。しかし、その後に釣り堀へ現れた少女は明確に敵意を持っており、島の中の人間を襲ったのだ。先生はレオン様への伝言を俺に預けた時、最後にこう言っていた。


『ほうっておいても2、3日中には解決すると思うよ。今後その男が、お前たちに危害を与えることは出来なくなる』


 約束を違えた罰か……一体何が起こるというのだろう。







「ボスとボスの先生に聞いたって話をまとめると……王宮にいた白い蝶と、釣り堀にいた子供はニュアージュの魔法使いが寄越したものっていうのは概ね確定。だけど、その2つを同じ奴がやったかってのは、まだ分かんないんだね」


「希少な魔法使いがそう何人もいるとは思えないですけどね……」


「レオン様がはっきりと確認できたのは、釣り堀周辺で感じ取ったものと同じ魔力の気配を例の不審な男が纏っていたということだ。このことから、お前たちに攻撃をしかけていたのはその男で間違いないだろう」


「蝶と釣り堀の奴が別だったとしても、そいつら仲間かもしれないよね。つか、その可能性高いな。えっと……千里眼だっけ? 先生はそれを使って王宮内を覗いてたかもって言ってんだろ。蝶の方は偵察係だったのかも」


「酒場には滞在しているのはその男1人で、今の所仲間らしき人間は現れていないそうだがな」


 ニュアージュの魔法使いはシエルレクトから力を与えられている。勿論それは無条件ではない。先生の言葉をそのまま引用すると、力と引き換えに相応のエグい見返りが存在すると。それが理由なのかは知らないが、ニュアージュの魔法使いも人数は少ないらしい。


「どちらにせよ、島内に不法侵入したことに変わりないですよ。殿下のおっしゃるように所在が判明している男だけでも捕縛できれば良いのですがね」


「だよな。ここまで分かってるのに手が出せないなんてムカつくね。ボスの気持ち分かるよ」


「先生からの受け売りになるが、お前たちが戦った少女は当然だが人間ではない。魔法使いの力……魔力その物でできていてサークスと呼ばれている。ニュアージュの魔法使いは、そのサークスを通じて魔法を使っているのだそうだ。そして白い紙は、魔法を安定して発動させる為の道具なんだと」


「魔法にも色々あるんだな。その辺もうちょっと先生に聞いてみたいね」


「相手が魔法使いであろうが化け物であろうが、私たちがやる事は変わりません。殿下とクレハ様を守ることです」


「……ああ、その通りだ」


「当然だね」


 レナードの言葉に俺とルイスが深く頷いた所で、クレハ様のお部屋の前に到着した。クレハ様とリズさんにも今日は早めに休むよう言っておかないとな。傍目には分からなくとも、心も体も疲弊しているはずだ。ほんの1時間前に訪れた部屋の扉を、俺をもう一度ノックした。

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