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95話 執務室

 クレハ様たちと話をした後、俺は再度ジェラール陛下の執務室を訪れていた。


「状況は変わらずか……」


 仏頂面で最低最悪に機嫌の悪いレオン様……そして、そんな御子息の対応にうんざりしている陛下。2人はソファに向かい合って座っている。レオン様の座っている席の後ろにはレナードとルイスが並んで控えていた。陛下は俺が部屋に入ってくると、少々わざとらしさを感じる大きな声で呼びかけた。


「おー、セドリックお帰り。クレハはどうだった?」


「思っていたよりお元気そうで安心致しました。ご友人が側にいてくれているのが大きいですね。逆に私の体調の方を気遣われてしまいましたよ」


「ははっ、そうか。俺も後でベルナデットと一緒に様子を見に行くよ。あいつもクレハが心配でそわそわしてるからな」


「父上、まだお話は終わっていませんよ」


 俺に話を振り、さり気なくこの場から逃げようとなさった陛下をレオン様は許さない。陛下の中途半端に立ち上がっていた体は再びソファへと沈んだ。


「だから、何度も言うように今の段階で手荒な事はできんのだよ。俺だって腹に据えかねてるんだ」


「先に手荒なことをしてきたのはどっちですか。では、このまま放置しろとでも? 管理人の死にも関わっているかもしれないのに……」


 生簀から釣り堀の管理人の遺体が上がった。事故という見方が強いが、タイミング的にもクレハ様たちを襲った化け物と無関係とは言い切れない。


「放置はしない。監視を続けると言っただろう。現在対象の身元と、入国経路の詳細を調べてる最中だ。もう少し待て」


「そんな悠長な……相手は魔法使いです。他にどんな能力を持っているか分からないんですよ。こちらの監視に気づく前に拘束すべきだ。俺がやります」


「バカか。それこそ許可出来ん。お前自分の立場分かってんのか? 勝手な真似したら許さんぞ」


 また場の空気が悪くなってきた。こりゃ堂々巡りだな。少し話題を逸らすか……


「レナードにルイス。クレハ様が今回のお前たちの働きを誉めてたぞ。格好良かったってな」


「えっ! クレハ様が!? セドリックさん、それホント? やだ、どうしよう……格好良いだなんて照れちゃうなぁ」


「はしゃぐな、うぜぇ」


 レナードは嬉しそうに頬を赤らめている。そんなレナードを諫めつつも、ルイスの方も満更でもないようで口の端が上がっていた。さっき報告を受けた時も思ったが、こいつら相当クレハ様を気に入っている。

 一見すると皆に愛想が良く穏和に見えるが、実は人の選り好みが激しく扱いが難しいレナード。弟のルイスは誰とでも卒なく交流を行えるが言葉使いが悪く、歯に絹着せぬ物言いをするので反感を持たれやすい。実力だけは文句無しに一級品。現在戦闘において、レオン様より上位に立てる数少ない兵士だ。

 この兄弟をクレハ様の護衛に付けるとレオン様から聞いた時は、どうなる事かと思った。主の命令とはいえ、レオン様以外の人間の側に置かれるのをこいつらが耐えられるか心配だったけど……この様子なら大丈夫そうだな。

『とまり木』の連中は自分も含め、レオン様の感性に同調することが多い。つまり、レオン様が好ましいと思うものは、同じように感じてしまう所がある。

 クレハ様に隊員全員が攻略されるのも時間の問題かな……


「そうそう、化け物相手に危なげなく勝ったんだってな。お前の鳥たちは優秀だな」


「部下には感謝していますが……」


「俺からも礼を言わせて貰おう。レナードとルイス、息子の婚約者とその友人を守ってくれてありがとう」


 陛下からお褒めの言葉を受け、兄弟は丁寧にお辞儀をした。さすがに陛下に対してちゃらけた態度は取らず、ふたり共真面目に対応している。


「それはそうと、レオンはまた魔法ぶっ放して暴れたんだって? 聞き分けの無いガキのお守りはしんどいだろ。どうだ、俺の下で働かないか? 悪いようにはしないぞ。何ならアークライト隊長みたいに兼任しても良い」


「俺のいる前で堂々と部下をヘッドハンティングするのやめて貰えませんか……」


 陛下の勧誘は冗談混じりではあるが、あわよくばとも思っておられるのだろうな。それが分かっているからか、レオン様は更に機嫌が悪くなる。親子のやり取りを苦笑しながら眺めていると、レナードが口を開いた。


「陛下のお言葉、身に余る光栄ですが……それにお応えする事は出来かねます」


 黒い手袋で覆われた左手。それを自身の口元へ運ぶと、まるで何かの儀式であるかのように恭しく、レナードは薬指へと唇を落とした。


「私とルイスはレオン殿下から授かったこの金の輪の元……殿下に絶対の忠誠を誓い、身も心も捧げております。髪の毛の一本から指先に至るまで全て殿下の物。殿下にお仕えする事が至上の喜びであり、誉れなのです」


 熱に浮かされたような瞳で陶酔感に浸っているレナードは、まるで恋でもしているようだ。自分も彼らと同じ指輪を所持し、主に向ける思いは同等なのだけれど……


「……そっか、残念だ」


 陛下は頬をひきつらせながら、絞り出すように一言呟いた。陛下……もしかしてちょっと引いてるのか?


「間違ってねーけどさ……なんかお前が言うと、どことなく気持ち悪さを感じるんだよなぁ。湿度が高いというか……」


 ルイスの辛辣な台詞はさて置き、レオン様は得意気に笑っていた。陛下に『ざまぁみろ』とでも言いたげに……こういう所はまだ子供だ。


「……ちょっと俺、煙草吸ってくるわ」

 

 陛下はソファから立ち上がると、執務室を出て行こうとする。この方……今まで煙草なんて吸った事が無い。明らかに嘘である。


「父上!!」


「あー! もう、小休止だよ。お前も頭冷やせ。感情に流されて行動しても良い事ないぞ」


 陛下はあっさりと執務室を出ていってしまった。小休止とは言われたが、もう戻って来ないかもな。部屋の主がいなくなってしまった執務室。残された俺たちはしばらく無言で陛下が出て行った後の扉を眺めたのだ。









「レオン様、お腹立ちはごもっともですが陛下のお言葉にも耳を傾けて下さいませ。我々も休憩致しましょう。お茶をお持ちしますので……」


「……いらん」


「そうおっしゃらず……先ほど私がクレハ様のお部屋を訪ねた際に、カモミールティーを頂きました。疲れた体にカモミールの良い香りが染み渡り、とてもリラックスできたのですよ。同じ物をご用意致しますから」


「へぇー、良いなそれ。セドリックさん、俺らもそれ飲みたい。ボスのついでに俺たちの分もお願い」


「仮にも俺はお前たちの上司なんだが……当たり前のように俺にお茶を淹れさせようとするんじゃない。後で自分で淹れろ」


「ケチ。セドリックさんが淹れた方が美味しいから頼んでるのに」


「そんな事言って……何だかんだセドリックさんは優しいから用意してくれるの知ってますからね」


 見透かされている。そりゃ、ひとつ淹れるなら2つも3つも変わらんからな。しかし、俺にも面目があるというか……一応上下関係はきっちりしておかないと。そういうことで形だけは注意しているけど、いまいち効果は無い。レオン様は懐かれているのだと言っていたが、俺は舐められているのではと思っている。


「仕方ないな。今回だけだぞ」


「やった。ありがと、セドリックさん」


 クレハ様とリズさんが無傷だったのはこいつらのお陰だからな。労いにお茶くらい淹れてやっても良いだろう。


「あっ! そうだ。レオン様、ルーイ先生から伝言を言付かっております」


 お茶を淹れに行く前に、俺はもう一度レオン様へ話しかけた。先生が店で渡しそびれた手紙を懐から取り出す。


「侵さずの契りを覚えているか? 手紙はちゃんと届けて欲しいとの事です」


『侵さずの契り』……それはメーアレクト様を含めた三神の間で結ばれているという、互いのテリトリー内における不可侵の合意だ。

 差し出された手紙を今度はしっかりとレオン様は受け取った。手紙を静かに数秒ほど眺め、先生の伝言について考えを巡らせているようだった。


「セドリック、お茶は後だ。今すぐリオラド神殿へ向かう。ルーイ先生も呼んで来てくれ」

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