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76話 サンドウィッチ

 エリスが持って来たレオン様からの手紙。要点だけをまとめた簡潔なそれには、本日の昼前に『とまり木』を1人で訪れるという事と、ルーイ先生と昼食を共にしたいので準備をしておいて欲しいという旨が記されていた。

 一緒に食事か……レオン様は俺ではなく先生に会い来るというわけだ。つい、手紙に綴られた短い文章の裏を読もうとしてしまう。

 ここ最近の主はというと、よほどの事が無い限り王宮から離れない。王宮には大切な婚約者がいるからである。その主が重い腰を上げ、わざわざ1人でいらっしゃるとなると、それなりの理由があるはず。もしかしてクレハ様に何かあった? だから先生に相談しようとなさっているのだろうか。

 先生はクレハ様との間柄を茶飲み友達だと言っている。俺も直接確認したけど答えは同じだった。先生が嘘を吐いているようには見えないが、おふたりの関係はそんな単純なものではないと思うのだ。特にクレハ様は先生に対して強い信頼の情を抱いているみたいだった。

 

「さて、昼食のメニューは何にしようか……」


 うちの店でまで格式張った料理を出されるのをレオン様は嫌う。先生の方は食べ物の好き嫌いは無いようで、出された料理を何でも美味しそうに食べていらっしゃる。

 話をしながら手軽に摘めるサンドウィッチにでもしようか。サンドウィッチの具材は肉系を多めにボリュームのあるものにして、付け合わせにスープとサラダを添えて……こんな感じでいいかな。   

 レオン様は先生に対して敬意を払いつつも、クレハ様との距離の近さにモヤモヤしている。嫉妬に駆られ電撃を放とうとしたと聞いて冷や汗をかいた。今日、先生にどんな話をされるのかは分からないが……クレハ様絡みだとしたら、レオン様が最後まで落ち着いた態度を保てるのか心配だ。

 自室から出ると厨房へ向かう。シャツの袖を肘まで捲り上げてエプロンを付けた。食事は場の空気を和ませ、同席者との距離を縮める手段にもなる。俺ができるのは、おふたりが満足する美味しい料理をお出しして、会話がスムーズに運ぶようお手伝いをする事だ。












「ねぇ……セディ、それ昼飯?」


「そうですけど」

 

 厨房で昼食の支度をしていると、暇を持て余した先生が様子を見に来た。具沢山のサンドウィッチ、きのこのスープにサラダ……甘い物が好きな先生の為にデザートのゼリーもある。先生は何ともいえない複雑な顔でテーブルに並べられたそれらの料理を眺めていた。もしやサンドウィッチは苦手だったのだろうか……しまった、選択を誤ったかな。


「サンドウィッチお嫌いでした?」


「違う違う。サンドウィッチは好きだよ。そうじゃなくて! この量何なの? 来るのはレオン1人だろ。俺とセディを含めたとしても多過ぎるって……」


 大皿3枚にぎっちりと盛り付けられたサンドウィッチ。言われてみれば確かに……知らない人から見たら今からパーティーでも始まるのかと勘違いしそうになるな。


「レオン様が食べられますよ。あの方……ああ見えて大人3人分くらいはぺろりと平らげる大食漢なんです」


「そうなの……?」


「普段は自重していらっしゃるんですけどね。うちの店に来た時なんかは、周りの目を気にしなくても良いから思いっきりはめを外されます」


「人は見かけによらないな。それはそうと、レオンは俺に用があるんだって? 何だろうね」


「私も詳しくは知らないのですよ。レオン様のことですから、先生とクレハ様について更に詳しく聞き出そうとなさっているのかも……」


「えーっ……もういいだろ。また変に勘繰られて電撃向けられたら、たまったもんじゃねぇっつの」


 先生は心底面倒臭そうに表情を歪め、ガキの色恋沙汰に巻き込まれるなんざ御免だと首を横に振った。


「申し訳ありません。何せ、レオン様はクレハ様を溺愛していらっしゃいます。クレハ様と仲の良い先生に対してヤキモチを妬いていらっしゃるのです。レオン様も年相応に子供っぽい所がお有りなので、先生の寛大なお心でご容赦頂きたく……」


「レオンにも言ったけどさ……クレハは嫌がってないんだから、俺があいつらの間に介入することは無いよ。いい加減分かって」


 クレハ様が嫌がっていないから手は出さない。それは……逆に言えば、考えたくはないけれど。今後もし、クレハ様がレオン様の側にいるのを拒否してしまったら……その時、この神はどうする? 

 先生はあくまで第三者的な目線でおふたりのことを語っている。しかし、言葉の端々からクレハ様を相当気にかけているのを感じ取れる。

 神さまは『休業中』なんて言ってはいたけれど、やろうと思えばレオン様からクレハ様を取り上げるなんて造作も無いのではないだろうか。


「セディ……なんでそんな怖い顔してんの?」


「果たして、神に対抗できる手段はあるのか……先生が我々の敵にならない事を願わずにはいられません。レオン様にはクレハ様が必要なのです……」


「だから! 何もしないって!! 話聞いてた? レオンと同じようなこと言いやがって……まったく」


 先生は大袈裟にため息をつくと、テーブルに並べられた料理に手を伸ばした。そこからサンドウィッチをひとつ摘み上げ、大きく口を開いて齧り付く。


「……お行儀が悪いですよ」


「1個くらい良いだろ。味見だよ、味見。やっぱりセディの作る料理は美味いね」


 先生は立て続けにもうひとつサンドウィッチを食べようとする。おい……1個って言ってた癖に。これ以上は味見ではなくなってしまう。俺は先生を制止した。


「もうじきレオン様がいらっしゃるので我慢して下さい」

 

「はい、はい」


 2個目の味見を諦めた先生は、レオン様が来るまで部屋で待っていると厨房から出ていこうとする。扉に手をかけたところで俺の方へ振り返った。


「レオンもセディも小難しく考え過ぎだよ。今の俺は神ではなくただの先生だ。俺なりに馴染もうと努力してんだからさ……あんまり疑われると寂しくなっちゃうなぁ」


「い、いえっ……決してそんなつもりは」


「俺傷ついたなー」


「申し訳ありま……」


「それじゃ、デザートもう一種類追加して。それで許す」


「えっ?」


『よろしくね』と俺に向かって笑顔で手を振りながら、先生は厨房から出て行った。俺は唖然と厨房の扉を見つめる。


「もしかして……騙されたのか」

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