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ケモ耳少女が惚れた勇者は、自己肯定感ゼロでした  作者: 遠崎カヲル


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第8話 迷子と、誤解と、アレ

 その日の昼過ぎ、二人は街の中心部を歩いていた。


 屋台が並ぶ通りは、いつも通りの喧騒に満ちている。

 焼き串の煙、甘い菓子の匂い、果物を並べる音。人々は行き交い、笑い声も絶えない。


「いいにおい。アレ食べたいニャン」


 ニャリエナが指さした先は串焼きの店だった。『名物、高級霜降り牛』との記載がある。

 アルファスは財布の中身を確認した。店先の値段表を確認し、もう一度財布に目を落とした。


「あの……ニャリエナ氏……そろそろ節約を……」


「二本くださいニャン」


「ちょ……」


 店主が顔を上げた。ニャリエナを見て、にこやかに笑う。


「お、獣人の嬢ちゃん元気だな。はいよ、二本な」


 店主は串焼きを手渡しながら、アルファスを見た。

 ほんの一瞬だけ、その表情が固まった。


「……あ、えっと……そっちのお客さんも一緒で?」


「……ふぁ!?……い、いえ……僕は……結構です……」


「そ、そうか」


 金を受け取りながら、店主はなぜか少し身構えた。


 周りで小声が交わされる。

 隣の屋台の店主が、アルファスをちらっと見た。向かいの果物屋も、ちらっと見た。

 

「……あいつ、さっきから見かけるな」

「なんか陰気臭くて、怪しくねえか」


 ニャリエナは気にせず串をぱくっとかじった。


「おいしいニャン!」


 尻尾がぴょこんと立った。


「……よ、よかったですね……あぅ……」


 アルファスは小さくうなずきながら、周りに目を向けた。

 店主たちがアルファスをちらちらと見ながら、ひそひそと話している。


「最近、子どもが消えるらしいな」

「ああ、うちの近所でも起きた。物騒だ」

「昼間でも油断できねえって話だ」


 アルファスを指さす者もいる。


 アルファスは眼鏡を押し上げた。また押し上げた。

 財布をしまいながら、アルファスはニャリエナの隣に寄った。


「……ニャリエナ氏……そろそろ移動……しませんか?」


「まだ食べてるニャン」


 ニャリエナはもう一口かじった。尻尾がゆれている。


 通りの向こうで、母親が子どもの手を引いて早足で通り過ぎた。子どもがアルファスをじっと見た。母親が子どもの頭をぐいと引っ張った。


「見ちゃだめ」


 アルファスは眼鏡を押し上げた。


「……えっと……早く食べましょう、ニャリエナ氏……」


「おいしいから、ゆっくり食べるニャン」


 店主が隣の店主に小声で言った。


「……衛兵に言った方がいいんじゃないか」

「ああ、あんな怪しい奴が、子どもの多い通りをうろついてるなんてな」


 背中に、嫌な予感が張りついた。


「ニャリエナ氏、急ぎましょう!」


「もう一口ニャン」


「急ぐんです!!」




 人通りの少ない路地に差し掛かった時、ニャリエナの耳がぴくりと動いた。

 路地の隅に、小さな子どもが座って泣いていた。膝を抱えて、しゃくりあげている。

 ニャリエナは鼻をひくひくさせた。少しだけ首を傾げる。

 それから、迷いなくすたすたと近づいた。


「あの子、不安がってるニャン。困ってるにおいだニャン」


「ちょ……ニャリエナ氏、待って……」


 アルファスも後を追った。


「どうしたニャン? なんで泣いてるニャン?」


 ニャリエナが話しかけると、子どもが顔を上げた。目は真っ赤だが、ニャリエナを見て少し落ち着いたようだ。


 アルファスも子どもの前にしゃがみ込み、できるだけ優しそうに見えるよう努力しながら、おそるおそる声をかけた。


「だ、大丈夫ですか……あのっ……ま、迷子かな……?」


 子どもが顔を上げて、アルファスを見た。

 額にへばりつく湿った前髪。汗と熱気で曇った眼鏡。ひきつった笑顔。


 一瞬の間。


 子どもは大声で泣き出した。


「うわああああああああん!!」


 アルファスの肩がびくっと跳ねた。


「ふぁっ!? あ、あの、その……泣かないでください……その……あわわっ……」


 通りがかった人たちが足を止めた。視線が集まってくる。


「おい、あいつ……」

「子どもに何してやがる」

「不審者じゃないか」


 ざわざわと人が集まってくる。距離がじわじわと詰まる。

 アルファスは立ち上がって振り返った。汗がふきだす。


「ち、違うんです……その……迷子を見つけただけで……あのっ……」


 そこへ衛兵が二人、走ってきた。

 アルファスを見るなり、迷わず両腕を後ろに回した。反応する間もなかった。


「ちょ、ちょっと……待って——ええっ!?」


 あっという間だった。

 ニャリエナも一緒に確保された。


「なんニャン! 離せニャン! ふーっ!」


 ニャリエナが威嚇する。


「獣人奴隷だ。こいつ、獣人を使って子供をおびき寄せて、攫ってたな!」


 知らん間に話が進んでいく。

 そのまま二人は詰め所へ連れて行かれた。

 



 壁際の椅子にアルファスとニャリエナは並んで座らされた。

 向かいに衛兵が腕を組んで立っている。影が落ちる位置だった。


「白状しろ。子どもに何をしようとしていた」


「し、知りません……その……本当に迷子を見つけただけで……し、信じて……」


「嘘をつくな」


 間髪入れずだった。


「その見た目で子どもに近づくやつが善人なわけがないだろ」


「あわ……あわわ……」


 アルファスの声が裏返る。


 そこへ、扉が勢いよく開いた。子どもの親たちが飛び込んできた。

 母親が泣きながら叫んだ。


「子どもを返して!!」

「うちの子に何をしたんだ!!」


 父親が机を叩いた。音が部屋に響く。

 アルファスは椅子ごと後退した。


「あ、あわわわわ……し、知らないです……あのっ……僕は何も……」


 衛兵が水晶玉を取り出した。机の上に置いて、アルファスに向けた。


「嘘をつくと光る」


 冷たい声だった。


「もう一度聞く。子どもに何をしようとしていた」


「し、知らないですってば……本当に迷子を見つけただけで……はいっ……」


 水晶玉は光らなかった。


 衛兵が眉をひそめた。


「勇者様は、優しい人ニャン! 子どもにひどい事なんて絶対しないニャン!」


 ニャリエナが声を荒らげる。


 やっぱり水晶玉は光らない。


「あ、これ絶対故障だわ」


 衛兵の一人が言うと、周りもうんうん頷いた。


 その時、扉が勢いよく開いた。


「犯人、捕まりました!! 子ども攫いの一味です!」


 全員が固まった。


「……は?」


 声が重なった。




 釈放はあっさりだった。

 書類を一枚書かされて、それで終わり。謝罪もなかった。


 出口に向かうアルファスの背中に、衛兵の一人が言った。


「まあ、紛らわしい見た目してるのが悪いよな」


 子どもの母親も続けた。


「誤解させる方が悪いでしょ、普通」


 なぜか、少し怒っていた。


 アルファスは何も言わなかった。

 眼鏡を押し上げて、黙って歩き続けた。


 外に出た瞬間、空気が少しだけ軽くなる。


 だが、ニャリエナは軽くなっていなかった。

 尻尾がぶわっと膨らみ、耳が逆立っている。詰め所の方を振り返り、声を張り上げた。


「違うニャン!! 勇者様は悪くないニャン! ちゃんと謝るニャン!!」


「……ニャリエナ氏……もういいですから……」


「よくないニャン!」


「……僕は……その……こういうの慣れているし……たはは……」


 そう言って、歩き出す。少しだけ、背中が丸くなる。


 ニャリエナはしばらくその場で睨んでいたが、あっかんべーをして、やがて小走りで追いついた。


 路地を曲がったところで、野良猫が一匹、アルファスの足元に擦り寄ってきた。ごろごろと喉を鳴らしている。


「猫も勇者様が好きニャン」


「……そ、そうですか……あはは……」


 もう一匹来た。さらにもう一匹。


 気づけば十匹くらい足元でごろごろしていた。

 アルファスは固まった。


「な、なんで増えているのでしょうか……あぅっ……」


「やっぱり勇者様はいい人ニャン。もふもふにはわかるニャン」


 ニャリエナが満足そうに頷いた。




 しばらく歩いてから、ニャリエナがアルファスに語りかけた。


「勇者様、やっぱり優しいニャン」


「……べ、別にそんなことは……はぁ……」


「わたしが慰めてあげるニャン」


 アルファスは少しだけ顔を赤くした。


「……あ、ありがとうでございます……はい……」


 ニャリエナがにこっと笑う。

 ゆっくりとアルファスに近づくと、耳元でささやいた。


「今日も《《アレ》》やってあげるニャン」


 どばふっ。


 盛大に鼻血が噴き出した。

 ニャリエナはそれを見てくすっと笑う。


 夕暮れの街を、二人で並んで歩いていった。


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