18話(最終話) 鶴が踊るは誰が為に
護衛の彼ら、質実剛健野郎と、ベテランのいぶし銀です(ホストはデート中で不在)。
キグナスバーネの小さなお姫様、コラヴィア様。
軍団長から、あの方の護衛、その席は三、と伝えられた瞬間、俺たち兵士の間に緊張が走った。
僅か三つしかない、限られた席。
血で血を洗う熾烈な争いになるかと思ったが、もうすでに決定されていて、剣と魔法の腕前だけでなく、臨機応変な状況判断、経験等、総合的な実力でもって選別された、とのこと。
軍団長から、今から名を呼ぶ、騒ぐな、呼んだ後も騒ぐな、大人しくしていろ、待機だ、名を呼ばれた者を闇討ちしようものなら、謹慎処分も考える、とまで言われたので、仕方なく柄から手を放して、無言で耳を傾けた。
俺の名を呼ばれて、周囲からの殺気で夢ではないと実感できた。
あの方は小さな頃から、下の者たちに積極的に声をかけていた。門衛、巡回兵、召使い、誰かれ構わず近くにいる者に、格好良い、かわいい、綺麗だと、称賛の言葉が途切れることは無かった。
それでも。
骨みたいな白い髪、墓場の草影を思わせる昏い暗緑色の目、愛想の一つも口にしない無骨者。そんな、どこにも褒める要素の無い、剣を振り回すしか能のない俺を前にしたら、さすがに無言になるだろう、と思っていたら。
薪小屋の襲撃犯を撃退して、二度と繰り返すことができないよう殲滅してきたその帰り。血と煤に塗れた俺を見て。
――質実剛健とはこのことね、なんてカッコイイの。
輝く黄金の髪の、宝石みたいな青い目をした、人を斬ったことなんて一度も無いような貴族の少女。
頭があって、手足が二本ずつあって、服を着て動いて、意味があるような無いような何かを囀っているのが人だったのに。
俺は生まれて初めて、「人」を綺麗だと思った。
コラヴィア様は屋敷の奥深くに住まう、まさしく深窓の令嬢だ。領兵の俺が会う機会なんてほとんどなかったが。
一度目。俺は賊の討伐からの帰還、向こうは馬の様子を見に来たという偶然での出会い。
質実剛健、それが俺に贈られた初めての言葉だった。
二度目。俺は屋敷の庭の巡回警備が仕事で、向こうは散策という、奇跡の出会い。
寝ぐせが可愛いと、今後一生、絶対に言われることの無いだろう言葉が、俺に贈られた。
三度目。コラヴィア様が登城するための護衛として選ばれた故の、必然の出会い。
髪がハネてなくて格好良い、と。まさか覚えられているとは思わなくて、心臓に不意打ちを喰らった。
城では、咄嗟に引っ掴んだ後、落とさないよう慎重に小脇に抱えた。
背後からの追撃や、横合いからの襲撃に対応できるよう利き腕は空けておきたかったのもあるが。
縦抱きして自力で掴まってもらうなんて、そんな恐ろしいことは絶対にお断りだ。
抱えた時に思ったが……細い、細すぎる、力を入れたら折れそうで怖い。腕なんてもっと細い。こんな柔い腕、掴まった所ですぐ外れる、爪なんて簡単に剥がれないか。
そもそも、掴まってると思っていたら、ふと気づいた時には落ちていたという、とても恐ろしいことがあり得そうだから、自力で掴まってもらうのは却下だ。
俺が落とさないようしっかり……卵を掴む感じで慎重に運ぶのが一番だと判断した。
領主邸に無事に戻ると、しばらくして若様、いや、新しくキグナスバーネ伯爵に就任した、若きご当主様に呼び出された。そして敵を嵌める、その現場に赴くコラヴィア様の護衛を命じられる。
なんでわざわざコラヴィア様ご自身が? と不思議に思って聞いてみたら――どう聞いても、自分の誇りのためと嘯いて、脅されている少女を救うため、元婚約者を庇うため、としか思えない。
そんなことをしたら、キグナスバーネ伯爵家は後ろ指を指されることになるだろうし、何より自分の評判はガタ落ちだろうと思ったが。伯爵家に関しては、後々キグナスバーネ侯爵家になることで、家名への冷評は覆されるから問題ないと。
それなら。
コラヴィア様の名誉は?
婚約者から面罵されたという醜聞は?
浮気相手を私刑に処すために連れ帰るという悪評は?
ご当主様は、嫁に出さず婿を取るから問題ないと断言された。
だから。
事が終わった後、速やかに、コラヴィア様を連れて王城から撤収するようにと、命じられた。
後始末は家が引き受けるから事後処理の相談は不要、大捕り物の労いの言葉も無用。お褒めのお声がけ、一休憩の茶の席も、すべて黙殺して良し。
決して引き止められぬよう、コラヴィア様を守り通して必ず伯爵邸へと戻れと、固く命じられた。
四度目。護衛一人一人に、男振りが良いだの、オシャレだの、爽やかだのとお声がかけられる中。
俺には、頼もしい、傍にいてくれて心強い、と告げられた。
俺をいいように使ってやろうと――まかせた、お前ならできる、今回は楽ができるな――それらの言葉は嫌になるほど言われたことがあるが。
心強い、なんて。傍にいて嬉しいなんていう言葉をもらったのは、初めてだった。
そして当日の、馬車留めでの魔法。
ご当主様の御命令を、理解した。
見たことも無い、鉄を砕く攻撃魔法がいとも容易く披露された。学は無いが、戦場に長く身を置いているから俺でもわかる。これは危ない、狙われる。
用の済んだコラヴィア様が馬車に乗れば、許可を得ずに出発する。馬車留めの出入り口に詰める兵士たちを、俺は先んじて牽制した。
王城から粛々と出る俺たちを止める者はおらず、出たら出たで、どこからか姿を現したキグナスバーネ伯爵家の領軍兵士が馬車の後ろにつく。
追加の護衛、十二名。最初の十二名と合わせれば、ちょっとした兵の行軍だ。これならば、そうそう手は出せまい。
その頃になって、ようやく馬車留めの出入り口が騒がしくなったが。今さら王城からのこのこと姿を現し、引き止めよと命令を出しかけた身分の高そうな奴は、俺たちを見て諦めたように手を下ろした。
追っ手が来るかと背後を窺っていたが、どうやら強引な手段を取るつもりはないらしい。
安心して前を向く。壊れやすい卵の運搬は、今日はしなくても良さそうだ。
その日で護衛任務は終わり、あれから、俺は元通りの領兵の通常勤務に戻った。
偶然、奇跡、必然の三度の出会いを経ての、四度目――俺は運命なんて信じない。四度目の言葉は、俺が今まで積み上げてきたすべてで贖った幸運だ。
だから、五度目は無い、そんなことは分かっている。
分かってはいるが。
貴族の令嬢の外出には、護衛がつく。コラヴィア様だって、外出ぐらいする。ならばその護衛、俺がなったってかまわないだろう。
だが、それを決めるのはご当主様だ。
俺ができることなんぞ、力をつけて目に留まり、希望を申し上げることぐらいだ。
目に留まるかどうかなんて、わからない。
希望が通るかどうかなんて、わからない。
それでも。
あの美しい人を、諦めることはできなかった。
訓練場での乱戦稽古――刃を潰した模擬剣で、二分隊二十名での打ち合い。毎回、最後まで立っているのはそれなりに苦労するが……。戦働きで武功を上げることができなければ、訓練で強さを示すしかない。
地味で結果が出るのかわからないが、今の俺には他に術がない。
「おい、小僧、ちょっとこっち来い」
馴染みの爺が、俺を呼んだ。
老いてなお剣の道に身を置いている、領軍の古参兵だ。長く領軍に身を置いていることから、領主直臣の軍団長とも親しい。
俺は切りかかって来た剣を軽く弾き返し、そのまま乱戦から離脱した。
「おう、今日も元気に飛び跳ねて、派手に踊っているな」
目の前にやってきた俺を、頭の天辺から足の爪先まで、爺がとっくりと見やる。
隠し武器がないか探るような視線に思わず拳を握りしめたが、次の言葉でそんな気は吹っ飛んだ。
「ご領主様が、お前をお呼びなんだが……。
悪いことは言わん、井戸で水かぶって、身ぎれいにしてから行け。それと、洗い立ての隊服があれば、それを着ろ。
ご領主様も仕事が一段落してから、とおっしゃっていたから、それぐらいの時間はある」
何の用だ、とか、礼儀なんぞ知らん、とか、一兵士の俺が貴族のご当主様にお会いしていいのか、とか、それらをぜんぶ飛び越えて。
俺が思ったのは、千載一遇のチャンス、だった。
「礼を言う」
短く口にして、その場から駆け出す。
井戸? 服?
とりあえず。
あの美しい人に会う、そのためになら、どんなことでもしてみせよう。
ご領主様のお呼び出しが何かわからないが。
どんな無理難題を、命じてくれてかまわない。屍を積み上げて山を築き、流れた血で河を作るも厭わない。
だから、もし、お役目を果たせたならば。
褒美に、五度目の言葉の、その機会を願っても構わないだろうか。
~・~・~・~・~・~
四十路の古参兵は、長い領兵人生の中で、それなりに人脈を築いてきた。だから、聞かずとも聞こえてくること、見ずとも見えてくることがある。
事務方、設営方、糧食隊、色々な方面から少しずつ、あの領軍一の腕前の若造の、普段の言動から浮いた話まで。それはもう、根掘り葉掘り、「上」の方が集めに集めていたことを。
だから今日、若……ご領主様が呼ぶよう申し付けた理由が――古参兵の彼には、手に取るように分かった。
とうとう重い腰を上げられたんだな、と。
次いで、思いついたことは。
執務室前の警備担当の兵士。たしか貸しがあったはずだから、それを今日、返してもらおうか、ということだった。
古参兵「ご領主様のお話を聞いたら、どんな顔をするかねえ?」
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
これにて、完結です。
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(小ネタ)
ジャンルに迷い、いっそ恋愛エンドにしてジャンル恋愛にするか、と迷走した残骸が、これです。丹頂鶴の求愛ダンスは有名ですし、サブタイも名前もそれっぽくしたのですが、ええ。
質実剛健野郎の出番をもう少し増やそうかとも思いましたが、主題ではないしな、と思ってあきらめました。
ジャンルは――話の要素に、婚約破棄(≒追放)もあるし、もう遅いもあるし、プチざまあもあるので、ハイファンタジー! で、たぶん、あってるはず(小さな声)。




