LESSON*3 水曜日
「きょーちゃん! 来てくれてうれしいわ!」
「こんにちは、オーナー」
水曜日の放課後。
連れていかれたのは、市街地の靴屋だった。
黒を基調にした店内は、おちついた大人の空間だ。
そしてまた、オネェ友達――もとい、靴屋のオーナーを紹介される。
私たちより少し年上の、中性的な顔立ちの男性だ。
「スェードブラックのアーモンドトゥパンプス。あるかしら?」
恭介が、なにかの呪文を唱える。オネェ用語か?
「あらすごい。昨日、入荷したばかりよ」
通じている。さすが、オネェ。
このオーナー、ずっと聞いていたくなるほど、超絶にいい声をしている。
奇跡のイケボが、オネェとは。
なんだかとっても残念だ。
「サイズのご指定は?」
「Mのローヒール。あの子、どんくさいから」
「りょうかい。持ってくるから、そこに座って待っていて」
オーナーが、奥に消える。
店内に置かれたソファーに、恭介と座る。
「アリサ。あんた、足のサイズは?」
「24.5cmだよ」
「……おもったより、でかいわね」
怪訝そうな顔をした恭介が、私の足に視線を落とす。
「ちょっと見せなさい」
言うが早いか、恭介が私の靴をスポンと脱がせた。
「恭介!?」
しゃがみこみ、私の足を確かめるように触る。
え、まって。
なんかすごく、恥ずかしいんだけど。
一日歩いた足だし、くさかったらどうしよう。
「幅広で、甲が高い。足自体は、24cmも無いわね」
「あ、うん。はいる靴ってなったら、サイズを上げるしかなくて」
「そこは妥協しないで、合う靴を探しなさいよ」
恭介があきれる。
「ほら、変なとこが擦れてるじゃない」
足の親指を撫でられ、ビクリと肩がゆれる。
足を引くが、恭介にがっちりつかまれていて、かなわない。
「恭介! くすぐっ……ははっ、あははは!」
こらえきれずに、声を上げて笑う。
「お取込み中、失礼するわ。はい、彼女の靴」
オーナーが、にこにこと笑いながら立っていた。
「ありがとう」
なぜか恭介が受け取る。
箱から靴を出して、また私の前にしゃがみこんだ。
「自分で履くよ!?」
「うるさい」
「……はい」
するどく一睨みされ、私は口を閉じる。
恭介に靴を履かせてもらうあいだ、オーナーが微笑ましそうにこっちを見ていた。
なんというか、とっても、はずかしい。
「サイズは良さそうね。アリサ、少し歩いてみて」
「うん」
ヒールに慣れてないから、ぎこちなくなる。
それを見て、恭介がため息をついた。
「店長、このまま履いて帰るわ。練習させなきゃ」
「じゃあ、履いてきた靴を袋に入れておくわね」
「助かるわ、ありがとう」
オーナーが、履き古しの靴をキレイなショップの袋に入れてくれる。
なんだか、もうしわけない。
それを当然のように受け取ったのは、恭介だった。
「アリサ、手」
「て?」
差し出された手におてをすると、恭介がそれをつかんで眉をよせた。
「あんたの爪、きったないわね! 明日、ネイルサロンに行くわよ」
そういうと、手をつながれる。
「ローヒールのくせに、ふらふらね。しかたないから、支えてあげる」
「だって、ふだんヒールなんて履かないし」
「知ってる。オーナー、ありがとう。またね」
「はーい! きょーちゃんの彼女も、またね」
ん? いま、恭介の彼女って言った?
首をひねるあいだに、恭介に手を引かれて店をあとにした。
「否定しなくてよかったの?」
「なにが?」
改めて問われると、口にするのがためらわれる。
「……なんでもない」
「そうね。あんたはヒール靴に慣れることだけを考えなさい」
「……はい」
私の歩幅に合わせて、恭介はゆっくりと歩く。
二日連続でつながれた手から、恭介の優しさが伝わってくるようだ。
「送ってあげるんだから、コーヒーぐらい入れなさいよ」
「はーい」
「まったく、世話の焼ける」
そう言いながら、彼はどこか楽しそうな笑みを浮かべていた。
その笑顔と、つないだ手のあたたかさは、家がもっと遠ければいいのに、と思うほどだった。




