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俺はラノベが大嫌い  作者: 壬生京太郎
第二部:魔王子襲来編
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第五話『英雄の死(バッドエンド)』

 八時三十分のチャイムを控えた校門前。

 夏の日差しはもう高い。

 俺たちの横を遅刻間近の生徒たちが急ぎ足で通り過ぎていく。

「はいはい、駆け足!」

 なんて先生の手を打つ音なんかも聞こえてくる。

 独特の慌ただしい雰囲気の中、俺とルシファーだけが時間の流れから取り残されたように対峙していた。


 画面の中、シーツの上で両手を拘束されている読に俺はぞっとした。

 知っている。

 この手口、スマホが普及してから増加している、もっともたちの悪いいじめだ。

 裸や、ひどい時には暴行のシーンを撮影してネットに拡散する。

 女の子の場合、男がパンツ脱がされるのとはわけが違うんだぞ。

 いじめというのも生ぬるい。はっきり言って犯罪だ。


『ソードくん? 心配しないで。私、大丈夫だから』

 言いながらその肩が小さく震えているのが分かる。

『だってほら、私、この体じゃない? こいつらもきっと萎えちゃうわよ。だから絶対……きゃっ!』

 画面外から伸びた手が、夏でも長袖の読のブラウスに手をかける。

 ボタンが弾け、白い下着が小さく覗いた。

 ぶれる画面が生々しい。


「読っ!」


 ルシファーは俺からスマホを取り上げると、勝ち誇ったように笑った。


「どうしたんだ、ソード。すごい食いつきじゃないか」

「貴様……!」

「安心しろソード。俺の目的は彼女でなければお前でもない。こいつらには手を出さないように言ってある。ただし、三十分経っても俺から連絡がない時は好きにしていい、とね」


 つまりここでこいつを倒しても、三十分以内に場所を特定できなければ読は助からないということだ。

 さすが魔王子、こういうことには知恵が回る。

 怒りで奥歯がガタガタ言うぜ。


 最後の生徒が俺たちの隣を駆けていった。


「なあソード、よく考えてみてくれよ」

 ルシファーは急に猫なで声で、俺の肩に手を置いて、囁くようにこう告げた。

「俺は別にこの世界には興味がない。聖剣を手に入れたなら向こうの世界に消える。お前と戦うつもりはないし、この世界も平和なままだ」


 確かに今、読を救う手段はない。

 俺が意地を張らなければ、何も問題ないんじゃないのか?


 ……いや。

 

 俺は乗せられそうになっている自分に気付いた。

 確かにこの世界にとってはそうかもしれない。

 だが、向こうの世界の住人はどうなるんだ。

 これは、奴の手口だ。


「ソード、俺は思うんだ」

 ルシファーは、そんな俺の葛藤を見通していたかのように甘言を繰り返す。

「お前は自分のために戦っているのではない。かといって、人類のために戦っているのでもない。今のお前は、大切な人たちのために戦ってるんじゃないのかってね」


 確かに俺は天秤にかけている。

 読と、俺を追いやったあの世界の住人と。


「お前は彼女を選択すべきだ。お前と、お前自身の正義のために」


 あの世界の住人のために読を見捨てたとして、俺は、後悔せずにいられるのか?


「けど……」

「あまり俺をイラつかせるなよ、ソード」

 ルシファーは少し焦れた様子で、スマホを出して通話モードにした。

「この場ですぐ命令したっていいんだぜ」

「やめろ……っ!」


 ダメだ。

 手が、見つからない。

 最善の策は、奴の言うように、聖剣を渡して行かせてしまうこと――


「ひざまずけよ」


 ルシファーはネズミをいたぶる猛禽のような目を俺に向けた。


「配下が王にするようにうやうやしく。やったことくらいあるんだろ」


 言って、スマホを耳に当てる真似をする。


 どうしようもない。

 ここで俺が見栄を張って、得られるものは何もない。

 俺は、冬眠から覚めたばかりの灰色熊のようにゆっくりと、逡巡しつつも膝をつく。


 ルシファーは満足そうに笑った。


「不破、新蔵院、どうした。ホームルーム始まるぞ」

 校門で遅刻者を取り締まっていた先生が、通りがかって声をかける。

「いえね、彼、具合が悪いらしくて。俺が保健室に連れていきます」

「そうか。頼むぞ、不破」


「さて……」

 ルシファーは舌なめずりでもしそうな顔で俺を見下ろした。

「言え。聖剣を差し出すと。お前が呼べば来るんだろ」


「でき……ない!」


 俺はかぶりを振った。

 ダメだダメだダメだ。

 手はない。

 でも、聖剣を渡すこともできない。

 これは意思表示でも何でもない。

 ただの悲鳴のようなものだ。


「いい加減にしろよ」

 ルシファーは、俺の横っ面に蹴りを入れた。

「『どちらかなんて選べない、俺はすべてを守ってみせる』ってか? いつの時代の話だよ。今じゃ物語だってもう少しシビアだぜ。だから何にも縛られない、俺みたいなのが最強なんだよ」

 ルシファーが俺の髪を掴む。

「お前は負けたんだ」

 ああ、俺は、負けた。

「さっさと渡せ。あの女がどうなってもいいのか」

 読……

 俺は思考すらままならないぼんやりとした頭で、ただその名前を思い出していた。


「ソードさま!?」


 不意にニムエの声が響く。

 見れば、校門の格子の向こうから、重箱の包みを抱えたニムエが立っている。


「ニムエ、どう、して……」

「精霊? ……そうか、貴様が聖剣の!」

 ルシファーは歓喜の声を上げた。

「聖剣のありかさえ分かればもうお前に用はない」

 ルシファーはその手に細身の剣を呼び出すと、躊躇なくそれを俺に突き立てた。

 刃は、完全に俺の心の臓を貫いていた。


「ソードさまああああああっ!」


 ニムエが悲鳴を上げる。

 落ちた重箱の中身は、弁当だった。


『私、ソードさまを不幸にしてる』

『そうですよね、あの女が幸せにしてくれますものね――』


 ああ。

 俺はなんて。

 愚か、な。


 ニムエが倒れた俺を見つめ、呆然と呟く。


「私、何もできなかった。また私、なにも……」


 涙こそ流れているが、その面持ちからは感情が欠落してしまったようにも見える。

 まるで作り物のように。

 あの表情豊かだったニムエが。


「心配するな。お前の使い道は俺が決めてやる」


 ルシファーが、ニムエの濡れた頬を撫でた。

 光が巻き、少女は輝きの中に消える。

 代わりに荘厳な装飾が施された黄金色の剣が、ルシファーの手の中に現れた。


「お前は俺のものだ」


 その声は歌うように上機嫌だった。

何らかの理由でここで更新途絶えたらこのままバッドエンドだよなあ……などと思いつつ。

まだ続きます。

ここしばらく辛い展開が続いてますが、逆転のための布石と楽しんでいただければ幸いです。


あと登場人物たちのイラストをいただいたのですよ。

活動報告の方にアップしていますので、併せてご覧いただけると嬉しいです。

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