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七〇式郵便対獣砲~ガンランス 北の地にて、斯く振るわれり~

 北海道において、郵便の敵といえばまず(ヒグマ)であった。


 ソ連軍などは羆よりも遥かに強大ではあったが、羆ほどに日常的に遭遇する事は無い。

 だから北海道において、郵便の敵といえばとにかく羆であったのだ。


 羆は郵便輸送や配達に従事する郵便局員や郵便防衛庁の部員の前に度々立ちはだかり、そして運が良ければそのまま立ち去ってくれた。


 しかしながら、もし羆が気紛れを起こしたり、人間側の不注意によって羆を刺激してしまった場合、それによって起こりうる事態は極めて破壊的である。

 そして郵便輸送にとって致命的な事に、羆は熊の中でも好奇心や執着心が強く、郵便配達員が抱える手紙や小包に興味を持って近寄ってくる事もあるのだ。ましてや小包の中身が臭いの強い食品であれば、その小包の運命は決まったような物だった。


 この為北海道では、羆の目撃情報が齎されると全ての郵便輸送で、護衛の為に最低でも郵便戦車が一両と一個小隊規模の郵便防衛庁部員が随行する事となっていた。


 彼ら郵便防衛庁の防衛部員が携行する火器としては、主に六四式郵便小銃、そして大型猛獣対策として少数ながら購入されたアメリカ製のM14郵便小銃があった。

 さらに急速に配備が進んでいる六二式郵便戦車には主にエリコンKA20mm機関砲が一門と、対戦車無反動砲もしくは最新の六六式郵便戦車ではフランス製のENTAC対戦車ミサイルが二門を搭載している。


 だが、これだけの武装をもってしても羆に対抗するのは至難の業だった。

 これらの装備は基本的に野戦を、中長射程での戦闘を前提として設計されていた為に、森や茂みから突如として至近距離に現れる羆への対処に難があったのだ。


 最も大威力な火器を搭載する郵便戦車は砲塔の旋回速度が不足して至近距離を素早く動く羆に照準を合わせるのが困難であり、また随伴部員への誤射の危険から無闇な発砲も出来ず無用の長物と化した。

 そして大型猛獣対策であったM14郵便小銃も、六四式郵便小銃よりはマシとはいえ羆相手には威力不足なのである。それに加えて羆に至近距離へ迫られると同士討ちの危険から下手に発砲も出来ないという問題もあった。


 この為に一部の郵便局では、第二次世界大戦中の旧軍がソ連から、朝鮮戦争中の連合軍が中共から鹵獲したPTRD(デグチャレフ)1941(対戦車ライフル)を取寄せるなど対羆装備の拡充に努めていたが、これは弾薬供給の問題もあって運用に難があった。


 こうなると残された手段は一つしか無かった。


 そうして定まったのが以下の“羆対処マニュアル”である。


『常に着剣して羆との遭遇に備え、いざ羆と遭遇したならば羆よりも先んじて攻勢を発起。羆が振るう腕に怯む事なく銃剣による刺突を敢行し、羆に銃剣を突き刺したならば即座に、その郵便小銃による全自動射撃で弾倉内の全弾を羆へ撃ち込むべし』


 簡潔に云えば、羆への銃剣突撃である。


  (撤退?それは遅配と) (同義であり断じて) (容認できぬのだ。)


 確かに羆は銃剣突撃の大敵である機関銃を持たないし、下手に逃げるよりも攻めに出た方が負傷者を回収する事も容易で、結果的に被害を最小化出来る。

 さらに、もし羆を仕留め切れなかったとしても、銃剣突撃に見舞われた羆は人間への恐怖心を覚え、人里に降りなくなるとも考えられるなど副次的効果もあり非常に効果的だったのだ。


 だが、やはり銃剣突撃である。

 他よりマシとはいえあまりにも危険性が高く、そして銃剣による刺突を加えたとしても通常の各種軍用小銃弾だけではやはり威力不足で、大型の羆を相手にするとなると銃剣刺突射撃を最低でも5回は成功させなければ羆は倒れなかった。


 そして欲されたのが強力な対羆銃である。


 要求はただ簡潔であった。


 一つ、防衛部員個人で扱える重量である事。


 一つ、一発で羆の成獣を打ち倒せる大威力火器である事。


 一つ、着剣可能である事。


  (彼らの脳内には戦法を) (変えるという発想は) (無かったようだ。)


 そうして開発が始まったこの銃は、先に上げたように郵便防衛庁で運用実績のあるPTRD1941を元にして、対羆威力と弾薬供給を鑑みて、使用弾薬を郵便戦車が搭載するエリコンKA20mm機関砲と同じ20×128mm弾に適合させる事になった。―――となるともはや砲である。

 20×128mm弾はPTRD1941が放つ14.5×114mm弾の2倍もの威力を誇り、その為に反動も強烈である為に、反動を受け止める銃床のリコイルバッファは強化され、PTRD1941ではレシーバー上側にあった装填口は強度確保の為に塞がれ、下側の排莢口に装填口を兼ねさせる事となった。


 また、羆への刺突射撃では二脚(バイポッド)は当然ながら不要なのであるが、もしソ連が侵攻して来たときにはすぐ対装甲車用に転用できるようにと念のため残される事となった。


 そしてこの対羆砲は完成した。

 元の銃(PTRD1941)からして構造が簡素であり、これにエリコンKA20mm機関砲の砲身を組み合わせるべく各部を強化しただけのようなモノであった為に、設計開始から僅か22日間で完成したのだ。


 その名も“1970年式郵便保護対獣砲”である。


 重量は28.2kg、全長に至っては2.1mにも達し、これは後にも先にも郵便防衛庁で採用した個人用装備としては最大のモノとなった。

 レシーバーに組み込まれたエリコンKA20mm機関砲の砲身には軽量化の為にフルート加工が施され、先端には反動を抑える巨大なマズルブレーキと、対羆砲として要となる銃剣もとい砲剣が取り付けられていた。

 この砲剣は砲身先端の上側に、ソ連のシモノフ騎兵銃(SKS)のように折り畳み式に取り付けられており、これはこの巨大な砲を弾薬手と持ち運ぶ際、折り畳んだ砲剣の柄が弾薬手の為の持ち手を兼ねるようになっていた。


 この七〇式郵便対獣砲は予てからの要望通り北海道の郵便局の防衛部員らにまず配備され、次いで東北地方などツキノワグマとの遭遇例の多い地域の郵便局にも配備される事となり、M14郵便小銃やPTRD1941を次々に置き換えていった。

 そしていざ羆に対して七〇式郵便対獣砲でもって砲剣突撃を敢行してみれば、着剣時には2.6mにも及ぶ全長のお陰で羆が振るう腕の被害半径の外から砲剣を胴へ突き刺す事すら可能で、そして引金を引いてみれば―――


 ドカンという轟音と共に、羆の胴体に大穴が開いた。当然即死である。


 こうして北海道やその他の地域での熊による郵便物への被害は激減し、また後に七〇式郵便対獣砲の発砲音だけでも熊が恐れを成して退散する事が分かると、熊が悲惨な目に遭う事も少なくなった。


  (どうも最初から郵便) (戦車の20mm機関) (砲をぶっ放していれ) (ば良かったらしい。)




 だがこの七〇式郵便対獣砲は、日本国内よりも海外に大きな影響を齎した。


 何しろ1970年にもなって外見が対戦車ライフルそのものの兵器を制式採用し、それを北海道では小隊あたり二門も配備しているというではないか。

 それに付いてる銃剣は銃剣突撃大好きなジャップ共だからと納得出来るのだが、どう考えても1970年にもなって対戦車ライフルというのが理解出来なかったのだ。


 確かに近年各国で配備が進んでいる戦後第二世代主力戦車などは機動力の為に装甲を減じたモノも多いが、現代の対戦車兵器といえば重量10kgにも満たない携行対戦車ロケットである。

 それなのにどうして重量28.2kgもの対戦車ライフルを大量配備したのか。


 しかしながら、携行対戦車ロケットより簡素でかつ日本製という事で欧米製の兵器より安かった為に、仮想敵国が高性能な戦車をあまり保有していないような国では好評だった。


 そんな国の一つがアルゼンチンだった。


 この当時、日本において兵器の輸出を制限する法は存在せず、共産圏へこそ通産省が認可を出していなかったが、それ以外は頻繁に輸出が行なわれていたのだ。


 その結果は1982年3月19日に勃発したフォークランド紛争で現れた。


 アルゼンチン軍はイギリス軍の上陸用舟艇やそれによって揚陸されるであろう装甲車に対抗するべく七〇式郵便対獣砲(アルゼンチン軍制式名称FAAB(対装甲車銃))をフォークランド諸島に多数揚陸させたのだ。

 しかし、これらを扱うのは徴兵から一年足らずの新兵が主体という事や、アルゼンチン軍の戦術の稚拙さもあって、本来の目的であったイギリス軍の揚陸阻止には大して役に立たなかった。のであるが、これからがアルゼンチン軍のFAAB(七〇式郵便対獣砲)の本領発揮であった。


 彼らアルゼンチン兵らはどこから持ってきたのか狙撃スコープを調達してFAABに取り付け、それで長距離狙撃をやり始めたのだ。

 これにイギリス陸軍はとことん苦しめられた。なにしろこれに対抗出来る兵器がロクに無かった。かつてのボーイズ対戦車ライフルやQF3.7インチ山岳榴弾砲なんて第二次大戦後に退役して処分済みである。

 この為にイギリス陸軍はFAABに対抗するため最新のミラン2対戦車ミサイルを引っ張り出してもみたのだが、それでも事態は好転しなかった。

 なにしろミラン2対戦車ミサイルの最大射程は2,000mなのに対し、FAABが放つ20mm砲弾の最大射程は6,800mである。そしてミラン2のミサイル誘導方式は着弾まで照準器の中央に目標を捕らえ続けなければならないのだが、ミラン2を最大射程の2,000mから発射した場合の着弾までの飛翔時間は約10秒。


 つまりイギリス兵は、ミラン2を発射すると同時に盛大に発射音を響かせて自身の位置をアルゼンチン軍に露見させ、それから10秒間もの間、これでもかと飛んでくるFAABの20mm弾の恐怖に耐えながら照準器の中央にアルゼンチン軍のFAAB射手を捕らえ続けなければならないのである。

 しかもFAABは重いとはいえ曲がりなりにも個人用火器。アルゼンチン兵は自身の分が悪いと判断するとFAABを担いでさっさと引き上げて隠れてしまうのである。


 こんな分の悪いチキンレースがあってたまるか。


 さらにアルゼンチン軍は対空射撃にもFAABを用い、イギリス軍のSA341ガゼル汎用ヘリコプターを度々撃墜し、さらにある日にはアルゼンチン軍の浸透コマンド部隊がFAABでCH-47チヌーク輸送ヘリコプターを撃墜。

 なんとこのCH-47チヌーク、イギリス軍がフォークランド諸島へ派遣した4機の内の最後の残存機であったために、これでイギリス軍は輸送ヘリコプターを全て喪失。これ以降、イギリス軍は終戦まで兵站兵員輸送に苦渋することとなった。


 だがしかし、結局の所アルゼンチン軍は所詮新兵の集まりであった。

 局地での戦闘では目覚しい戦果を上げる事はあっても全体ではイギリス軍に押されに押され、最終的には7月16日のポートスタンレー陥落によりイギリスの勝利で決着したのであった。




 そしてこの戦争で活躍したFAAB、七〇式郵便対獣砲は世界にその名を轟かせ、これ以降各国で長距離狙撃銃や長距離狙撃銃への対抗兵器の開発が促される事となった。


 もちろんそれに着ける砲剣だとか銃剣だとかはどこの国も真似しなかったのだが。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] こう聞かされると実際の羆対策が気になるな。 保護銃も廃止されてるし(そもそも想定外だろうが)
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