第三十六話『無理解』
「ふう、疲れたけどいい狩りだったな」
ランチを終えた俺達五人のパーティはグラス平原より1ランク上の狩場でレベル上げをしていた。
ピノンさんとミルはスキルレベルが高いといっても、ベースレベルがまだ40に到達していなかったのでその差を解消しようというわけだ。
メンバーとレベル差があると行動に支障がでるからな。
もちろんみんなでやるのが楽しいのであって義務感でやってるつもりは全くない。
それにしても古代編は基本的にプレイヤー能力が高いみたいだな。
スキル選択が中世に比べて不自由な分、威力が強力。
世界観においても神様だとかそれに近い存在が設定として存在しているらしく、そういった力を宿したアイテムもあるみたいだ。
ただ集団よりも『個』に焦点を当てているようなゲームデザインらしい。
具体的にどういうことなのかは分からないが、ピノンさんの汎用っぷりを見るとなんとなくは察することができる。
古代編は武器を選ぶのではなく、まず初めに『色』を選ぶのだそうだ。
赤は炎、緑は土、黄色は風、青は水という感じ。
要は属性をまず初めに選んで、そのあとで武器を選択するってことだな。
色を決めたら次に『形』か『数字』を選択する。
これは古代編のプレイヤーでもよく掴めていないらしいが、スキル傾向と特性が決まるのではないかと言われている。
例えば『三角』や『3』を選択すれば三角形状の範囲攻撃や三連撃スキルを覚えたりする。
単純な例だとこんな感じだ。
ピノンさんの場合、緑を選択してあるから土属性の魔法、そして精霊術とかいうのが使える。
形は『長方形』で数字は『2』。
武器は通常の杖と打撃もこなせるバトルスタッフ。
魔法と物理攻撃の両方を扱う以上、ステータスも筋力と知力に振ってあるいわゆるハイブリッド型。
不足しがちなほかのステータスを、自身に精霊をおろすことで一時的に補っているらしい。
大器晩成型らしく、それ故適正レベルでのペア狩りはきつかったみたいだ。
ミルは黄色で風属性。
形は『丸』で数字は『1』。
通常の弓と、魔力を矢に変えるマジックボウを武器として装備してある。
彼女もまた器用さと知力のハイブリッド型だと言える。
ピノンさんと違い接近戦はこなせないが、その分は精霊を召喚し戦わせることでカバーしている。
リサほどではないが【気配察知】スキルがあるので敵との間合いを上手く取っている。
ってまあ古代編に行くことは無いんだろうけど逆はありえるからな。
彼女達みたいに中世編にやってくる人達と協力や対人戦をする可能性はゼロじゃない。
知識はあるにこしたことはない。
こんな風にゲームのことを考えながら戦利品を露店で捌く俺。
ゲーム中じゃ思考がRC3一色だな。
「これをちょうだいな」
おっとお客さんか。
基本的に露店出しても人が来ない時間の方が長いからな、暇な時間が多くてぼけーっとしちまう。
「お! お客さん御目が高いね。それは最新作の香水……ってアルアさんじゃないか!!」
「やっほー。元気してた?」
「いや、それはこっちのセリフだ! アルアさんこそどうしてたんだ? てっきり近未来編に帰ったのかと」
「ちょっと色々あってね、ゲームに入ってなかったの。そっちはどうなの?」
「色々あったよ。こないだなんかは……」
帰ってきたアルアさんに近況を報告する。
久しぶりに会えた嬉しさもあって、言葉が弾んでしまう。
頷きながら聞いてくれる彼女はやっぱり美人だなって思うけど、それはどうでもいいんだ。
男とか女じゃなくて、会話をする楽しいっていうか。ゲーム好きっていう理由もあるんだろうけど。
いや、それだけじゃないか。
真面目な話をするときも馬鹿にしないで聞いてくれるし、逆に俺に話をしてくれる。
「PK、か。大変だったね。私かアイちゃんがいればそのダノンってヤツの頭にさ、見通しがよくなる風穴開けられたのに残念!」
「そんなグロい仕様はない……。そういえばアイカさんから何か聞いてない?」
「アイちゃんから? うーん、特に何も。何だかんだでこのゲーム楽しんでるみたいだしね」
そういえばアルアさんもピノンさん達みたいにペアでやってたんだよな。
ピノンさん達の場合はお互いがリアルで知り合いで、ミルが病弱だから自由に動き回れるVRMMOを一緒に遊ぶことにしてるみたいだ。
アルアさん達に関してはよくわからないんだよな。
偏見かもしれないけど、外見上はカフェとかにいそうなお姉さんって感じでゲームとかしそうな雰囲気じゃないし。
「どうしてアルアさんはアイカさんとゲームするようになったんだ?」
「私達、外見上はゲームしそうなキャラに見えないしね。ふふ、気になる?」
「……まあ」
「別にたいした理由ないんだけどね。私が失恋して、その気を紛らわせるためにRC3を今年の夏はとことんやるって決めたの。それを話たらアイちゃんが付き合ってくれるっていうからさ。自由な時間って今年くらいまでしかないだろうしね」
「失恋、してたんだ」
「そそ。勝手に好きになって、気が付いたら相手に彼女ができててっていう情けない話よ。何が部内恋愛禁止よ、あんたらが一番破ってるじゃないっていってやりたかったわよ」
話が飛んでいるが、どうやらアルアさんは何かの部活に所属してて、好きになった相手はその部活のメンバーだったってことかな。
「何の部活に入ってたんだ?」
「武道系の部活をちょっとね……。あ、意外って顔してるな。こうみえても私、同世代のキャピキャピした雰囲気が苦手なのよ。だから友達がめっちゃ少なくてさ」
武道系の部活に入ってるのは意外ではあるけど、日ごろの訓練の様子で経験者だってのは分かるし、それに彼女の動きを見れば納得できる。
だけど人付き合いが苦手っていうのは本当に意外。
ちょっと変わってるけど、きさくに話かけてくるし、明るいし、会話も楽しいんだけどな。
俺の知らないアルアさんがあるってことか。
「まあ私のことはどうでもいいんだけど。アイちゃんもちょっと学生の中で浮いてたからさ。興味湧いちゃってアタックかけたのよ。そうこうしてるうちに仲良くなってたってわけ」
「アタックって。まとめると、友達と一緒にゲームやるっていうシンプルな話だ」
「特別な何かを期待してたの? ないない、普通の女子大生だから、私達」
「はいはい」
おっとだいぶ時間が経ってるな。そろそろ戻るか。
「なに、もう店じまい?」
「ああ、みんなのところに帰らないと。ってアルアさん、俺、チーム作ったんだよ」
「おー、とうとう設立したか。RC3中世編をガンガン攻略してかないとね」
「もちろんだ。前も聞いたけど、アルアさんも入らないか? アイカさんも既に加入してあるんだ」
「え、アイちゃんが……? そっか。うーん」
無理に誘う気はないけど、友達のアイカさんが加入してるし断る必要もないと思うんだけどな。
やっぱり近未来編にそろそろ帰るのか?
「わかった。途中で抜けるかもしれないけど、それで良かったら入るよ」
「本当!? いや、それでもいいよ。俺はアルアさんが少しでも一緒にいてくれればそれで嬉しいよ」
「あらあ、いいこと言ってくれるじゃない。何もでないよ?」
「何もいらない。じゃ、チームの拠点あるし早速行こう!」
良かった、一時的なものになるかもしれないけどアルアさんが来てくれる。
何だかんだでゲーム内じゃ付き合いがあるほうだし、一緒に活動できると心強い。
「ところでチーム名、何にしたの? シリーズにちなんで"シャイニングシャドウ"とか付けてないでしょうね」
「そんなマニアックな名前つけねえよ……。"ギャザリング・アケイシャ"、略してGAだよ」
「ふむふむ。……ラージウッドらしいね」
「すぐ分かるアルアさんがすげえ」
店じまいを済ませ、アルアさんと二人、見慣れた露店通りを歩く。
ミルが言っていた『第二のリアル』って言葉、今ならすごく良く分かる。
俺にとってはこの仮想世界の露店通りの風景さえも、もはや日常と同化して、あって当たり前のものに変わっている。
「作られた営み、よね」
「え、ああ。まあ、そうだな。プレイヤーだけしかアクティブに動く人間がいないから、そう見えるかもな」
「借り物の世界をちょっと間借りして、好きなようにやる。リアルとこっちの境って何だろうね?」
「アルア、さん?」
「はは、ごめんごめん。んじゃチームハウスとやらに行きましょうか。リーダーさん!」
アルアさんは俺以上にこの世界に愛着を持っている。
少なくとも今日再会するまではそれを強く感じていた。
今の彼女は、この景色を第三者のような、少し離れた地点で見ているように思ってしまう。
人には気分ってもんがあるし、変化だってする。
そんな日があってもおかしくはない、か。
全然たいした中身の話じゃない。それなのにどういうことだろう。
こんなにも、隣を歩く彼女の顔が視界に入るたびに、心にざわっとした焦りのようなものを感じてしまうというのは。
ーーー
ハウスのドアを開ける。カランカランと音がなった。
「着いたよ。一応二階建てで今のところ一人一部屋の割り振りができる。メンバーが増えたら相部屋になるだろうけど当分はそんなことになりそうもないし自由に使ってくれ」
「プレイヤーが購入できる建物にしては立派なのね。近未来編だとマンションでも買えるのかしら」
「どうだろう。まあレンガブロックの家だと雰囲気にそぐわないだろうし、アルアさんの言うとおりなのかもしれないな」
フロントを抜け、ロビーへ案内する。
狩りを終えてのんびりしているメンバーが集まっていた。
「アルア!」
「やっほー、アイちゃん」
「……。やっほー、じゃありません! リアルでも携帯にでないし、何かあったのかと心配していたのです。アパートにでも押しかけようと思っていたんですから」
「ごめんごめん、ちょっと色々あって。そんなわけで私もチームの一員になったから、みんなよろしく!」
「なにが『そんなわけ』なのですか……。分かりました、あなたとまた一緒に行動できる点を今は素直に喜んでおきましょう」
露店で捌いたアイテムの代金を分配し、報告会が終わり次第みんなにアルアさんを紹介する。
アイカさんから聞いてる人もいたので全く知らないプレイヤーではないだろうし、同じ女性だから警戒する必要も少ない。
すぐ打ち解けてくれるだろう。
(ちょっと、アミ先輩!)
(ん? リサ、どうしたの?)
(何ですかあの人。めちゃくちゃ美人じゃないですか。なんであんな人がゲームやってて、しかもダイキ先輩の知り合いなんですか!?)
(ははは……。アイカさんが言うようにちょっと変わってるけどいい人だよ。残念な人って言われちゃってるけど……)
(そんなにのんびり構えちゃっていいんでしょうか……。注意しとかないと、少々残念なくらいではあの魅力に影が付くことはないですよ)
(注意?)
(いえ、なんでもないです……。また女性のメンバーが増えるんですね)
アミとリサが何か小声で相談してるな。
他のメンバーがいるときは学年の違いもあってアミ先輩、って読んでるけど、二人のときは名前で呼び合ってるみたいだ。
仲良くできる友人が増えて良かった良かった。
「ところで、活動方針はどうなってるの?」
「レア、ボスモンスターを討伐しつつレベル上げだな。あとは”ブラック・ナイツ”対策とイメージ改善に取り掛かろうと思う。ちょっと聞いてくれ」
主な活動は狩り、それは特に変わらない。
だけど今は以前と違い、明確な敵対勢力があるから油断できない。
もし狙っているモンスターの情報が分かれば、横槍やPKを仕掛けてくる可能性があるし、強力なモンスターを討伐した後にでも襲われれば返り討ちなぞできるはずがない。
できるだけフルメンバーで行動し、比較的人気のないモンスターを狙う。
そうすることでこちらの目撃情報をできる限り減らすのだ。
イメージアップ戦略としては、ボスモンスターやレアモンスター討伐の際に既に他人が交戦中の場合、必要性を確認したうえで手助けするという内容だ。
もちろん報酬は受け取らない。
地道にやることで俺達がいつもMPKをしていて、ボスを独占している集団。そうじゃないと分かってくれる人が増えるはずだ。
まあダノンらのやり方の被害に合うのはおいしい狩場と上位狩場のプレイヤーだ。
高レベルのプレイヤーにはどっちが悪であるのか身をもって体験しているだろうし、必死にイメージアップする必要もそこまではない。
むしろボス狩りなどで実力や評判が広まって、加入者が増えても面倒だ。
過剰評価しているつもりは無いが、女性が多く華やかなギルドなんて珍しいし、そのうえドロップがおいしいボス狩りをしているのだ。
メンバー募集なんてかけようものなら人が多く集まってしまうのは目に見えている。
ゲームとはいえ戦場を共に駆けるのならば、その心が分かっているプレイヤーと一緒に冒険したいと思う。
「……1つ聞きたいんだけど」
「ん、アルアさん、何か分からないことあった?」
考えているのか、引っかかるところがあるのか、彼女の表情が硬い。
「赤い魔物は? 3匹目倒したの?」
「いや、まだだ。まだ王のところにも行っていない」
忘れていたわけじゃない。
自分個人で最も関心があるのが赤い魔物の討伐、そしてフラグの進行状況なのだ。
だが前回のファイアドレイクではかなり苦戦したし、俺は親友を守りきることができなかった。
そして”ブラック・ナイツ”が次回は介入してくる可能性がある。
今は力を付けないといけない時期なのだ。
俺はそういう風に考えていたのだが……。
「何やってるのよ!? ラージウッドはクエストが気にならないの? この中途半端に作られた世界のことを知る手がかりになるかもしれない、そんな目標を忘れてしまっていいわけ!?」
「いや、忘れてないよ。ただあれを進めるには力がいる。アルアさんなら分かるはずだ。あのとき以上の敵がでてくると想定した場合、今の俺達じゃ勝てない可能性が高いっていうことが」
突然の詰問にびっくりしたが、今の俺はリーダーやってるんだ。ある程度全体を考えて行動をしている。
「アルアさん、落ち着いてください。ダイキは仲間のことを考えて、できるだけ勝率を上げて戦いに臨みたいと言っているのですよ。クエストの仕様が分からない以上、もし失敗すれば進行できなくなる可能性も無いわけじゃありません。情報が少なすぎるのです。だから可能な限り準備しようというのは、自然な流れじゃないですか」
「カイの言うとおりですわ。PKの可能性、そしてデスペナを受けてしまう際のことを考えると万全な体勢で戦うべきです」
「アイちゃん……。そっか、そういうことか。ごめん、新参者が口出すべきことじゃなかった、ちょっと頭冷やしてくる」
そういってアルアさんは俺が制止する間もなくハウスを出て行ってしまう。
「みんなすまん、ちょっと機嫌が悪いみたいなんだ」
みんなは新人の突然な発言にびっくりはしているものの、それを不快にまでは感じている様子ではない。
年長者(だと思う)であるピノンさんがゆっくりと立ち上がる。
「ラージウッドさん、早くアルアさんを追ってください。これもリーダーの役目でしょう? 彼女のことはアイカさんから聞ければそれでいいです。仲間なのですから、大事にしてあげてください」
「すまない、行ってくる!」
全力でハウスを出て、街を駆ける。
時間は夕暮れ、時期に夜がやってくる。
一体どうなってんだ。さっきのやりとりなんて喧嘩ですらないぞ。
アルアさんがこのゲームに強い執着を持っているのは分かる。
だけど集団の雰囲気を壊してまで、こだわるところなのか?
以前までの雰囲気じゃそこまでするような感じじゃなかった。
やっぱり何かあったのか?
だめだ、俺が考えたくらいじゃ理由が皆目検討がつかない。
そりゃそうだろう、俺はリアルのアルアさんを何一つ知らない。
でも、そんな俺でもどこに向かったのかは分かる。
ゲームで一番長く一緒にいた場所は、あそこしかない。
全力で駆け抜ける俺へ、すれ違うプレイヤーの好奇の視線が投げかけられるがどうでもいいことだ。
早くあの場所へ行こう。
ーーー
空の橙色に藍色がまざりはじめた頃、訓練所を訪れるプレイヤーなんているはずが無かった。
だけど普通からちょっとずれてる俺達にとっては、そこは大袈裟に言えば聖域とも言える大事な場所。
「やっぱりここにいたのか、アルアさん」
「やっぱりここにきたのね、ラージウッド」
言葉を交わすが視線はこちらを向いていない。
変わらず綺麗な顔をしているが、その表情はこの世界を捉えているのではなく、何か先の見えないモノを見つめているようだ。
「どうしたんだよ、何か不満があったのか? チームはできて日が浅いし、不都合があったのなら遠慮なく言ってくれ」
「……」
返事はない。
確かにここには俺とアルアさん、二つの存在がある。
だけどその存在感は、夜の中に微かに揺らめく影のように、頼りなく希薄だ。
「だまってちゃ……分からないよ」
「……なんで」
ようやく彼女が口を開く。
怒っているのか悲しんでいるのか、それすら分からない。
感情の変化の理由も分からない。
何もかも分からないのだから、彼女の言葉がなければ俺は言葉を選択することなんてできやしない。
「なんで王のところに行って、調べないの? 準備はその後でもきるでしょ」
「ごめん、なんとなくアルアさん抜きで行きたくなかったんだ」
「……」
正当性だとか、言い負かしだとか、結果はどうでもいい。
今は過程が、心の中身が重要なのだ。
彼女が話すのを聞く、それだけが俺にできること。
「一目で分かった。アイちゃん、クーラと付き合ってる。いや、付き合ってるかどうかまでは分からないけど、少なくない好意を彼に抱いている」
「それは、そうかもしれないな。俺も確認はしてないけど、なんとなくそんな感じだとは思ってる。でもそれは本人達の自由じゃないのか?」
実はアルアさんはカイのことが好きだった、それなら今の発言やあの場所の雰囲気が落ち着かないのも分かる。
けど、そんな風には見えなかったんだよな。
どっちかというとカイとはあまり接点を持たないようにしてるようにも見えたし、カイもアルアさんの全てを好意的に見ていたとは言いがたい。
じゃあ原因はアイカさんの方か?
でも大学生にもなって、友達が自分より男を選らんだ、なんて言わないだろう。
「アイちゃん、もう私と一緒に近未来編行くこと、ないだろうなあ」
「落ち着いたら、みんなで行こうよ。グロいの苦手な子もいるだろうけど、俺、説得するしさ」
「……」
また訓練場を沈黙の闇が包む。
彼女は俺を見ようとしない。
その仕草が俺の心を、感情を掻き毟る。
好きとか嫌いじゃない、よくわからない。
だけど言いようのない不安が俺に纏わりついて離れようとしない。
「何か、あったんだろ? 俺、まだ高校生だし頼りないかもしれないけど、聞くことだけはできるから。良かったら話してくれよ」
言葉には力がある、俺はそう信じて生きてきた。
国語や英語の時間が好きなのも多分影響している。
人を傷つけることも、逆に助けることも、不幸にすることも、反対に幸せにすることもできる、不思議な力。
だけど今、思い知らされるのだ。
言葉が届かない、とても深い闇の領域が人にはあるということを。
肯定でも否定でも、喜びでも悲しみでもない。
全てを無かったことにする、沈黙のカーテンが、ここにかかっている。
「どうして応えてくれないんだ!? 人一人ができることなんて、確かに小さいかもしれない! だけど、可能性を最初から全部否定するなんて、あまりにも悲しいじゃないか! アルアさんは、もっとポジティブで、大事なことを俺に教えてくれたんじゃなかったのか!?」
沈黙のカーテンを払って、アルアさんの華奢な両肩を掴む。
力は込めない、込められない。
彼女の肩は、震えていた。
その振動を感じた次の瞬間には、彼女の体が回転し俺を正面に捉え、両腕を体に絡ませる。
「!? アルア、さん?」
「ごめん、ごめん……」
俺に抱きついたまま、静かに涙を流す。
理由が一切分からない、けど俺も引きづられて涙が出そうになる。
言葉が見つからない。
繕いの言葉じゃだめだと思う。でもかけるべき言葉が、心からは湧いてこない。
「私にも……。私にも分からないの! ごめん、ごめんね……」
「……」
今度は俺が無口になる。
優しい言葉をかけるべきだったのか、それとも力強く抱き返すべきだったのか。
それは後になってもずっと分からないだろう。
俺は俺で、彼女ではないのだから。
彼女が感情をぶつけてくれる。
それは素直に嬉しかった。
だがその嬉しさと同等の悲しさを、俺は彼女に植え付けられて、長い間引きずっていくことになる。
何も分からないけど、彼女が落ち着くまではとりあえず体を貸そう。
そしていつか、言葉が通じる日が来るのだと、俺は願い信じるだけだ。




