第三十七話『関わり』
「ごめん、ダイキ」
「謝ることはないさ。もう大丈夫?」
俺の隣に座って涙をぬぐう。
大声を上げることも、笑うことも、泣くこともできるこの世界。
ゲームと言い切ってしまうには必要以上の要素が備わっている。
だけどどんなにここがリアルであっても、俺達の生活は現実世界に根ざしているのだ。
問題の原因が現実世界にあるとき、どんなにここで足掻こうがゲームはリアルを変えてはくれない。
「もう、平気。ごめんね、わけわからない女だって思われちゃったかな」
「いいさ。誰にだってそんなときがある、かは分からないけど。気持ちが弱くなるとき、そんなときはあると思う」
「うん」
「必要がないなら泣かない。でも泣く必要があるなら、人は泣くんだと思う。たとえ理由がなかったとしても」
俺が最後に泣いたのは……思い出せないな。
ラブストーリーとかコメディとか、ハートフルな映画を見たりとかそういうのをカウントから外す。
そうすると泣くっていう行為を必要としてしまうような、そんな生活を送ってないことに気付く。
部活に入っていないから、勝利の喜びや敗退の悔しさをだれかと分かち合うことはない。
恋をしないから、切なさや失恋で枕を濡らすこともない。
強いて言えば、リサがみんなと友達になって、それをみんなも受け入れたあのとき。
そしてイェリコが別れを惜しんで強がりの涙がこぼれたとき。
それらの時間は、とても大事で暖かいものだと感じた。
「こうやって人と話をする時間が、私にはとても少なかったと思う」
「友達、少ないんだったな。家族は?」
「上手くいかなかった。お父さんはだいぶ前に死んじゃって。お母さんとは別に仲は悪くないけど、こういう話をするような関係でもなかった」
「そっか。俺、能天気に高校生してるから、気持ちが分かるなんてとても言えないけど。辛いね」
「辛かったの、かな。失恋して、その逃げ場をRC3に決めて。でもね、失恋のダメージなんてたいしたことなかったの」
それなら何が彼女を悲しくさせているのだろう?
「実はたいして好きじゃなかった、とか?」
「そうなのかもしれない。真面目な先輩だったし、色々教えてくれたから。恋愛経験が少なかった私はころっとやられちゃったのかも。だけど部室で女の子とキスしてるの見かけちゃったときにね、その人のことどうでもよく思えちゃって」
「それはタイミングが悪いな」
「そうだね。だけど冷静になれて良かったのかも知れない。結局先輩の何が好きだったのか、もし付き合うことができたとしても何がしたかったのか、今でも全然分からないよ」
言葉ではそう言いながら、胸の中では先輩のことが少なくないウェイトを占めているのかもしれない。
でもそれはそれで引っかかる。
「しばらくRC3にログインしなかったのは? 失恋はずいぶん前だし理由じゃないよね?」
「うん、それは関係ない。理由は……。ごめん、まだそっちの整理ついてないから」
「分かった。とりあえず今は落ち着いてくれればいいよ。話したくなったら話してくれればそれでいい」
やっぱり理由はそこにある気がする。
だけど話したくないことを問い詰めても仕方がない。
問い詰めて彼女の中に一歩踏み込めるほど、俺はまだアルアさんのことを理解できてはいないんだ。
「ありがとう、ラージウッド。もう大丈夫。行きましょう」
「ああ」
『ダイキ』とさっき俺を呼んだ彼女が、今は『ラージウッド』と呼ぶ。
多分、いつもの状態に戻ったのだろう。
普段どおりの足取りで、チームハウスに戻る。
その道中で言葉が交わされることは無い。得体の知れない嬉しさと悲しさが感覚を廻る。
一緒に居ることが出来る心地よさと、着地すべき場所が見つからない不安。
俺が彼女に感じるもの、それは両極端の属性がいりまじった、言葉にできない気持ち。
それが何であるのか、答えは出ないし出す気もない。
いつかきっと、分かる時が来ると信じたい。
ーーー
チームハウスに戻ってからのアルアさんは安定していた。
雰囲気を乱したことを謝罪するも、それを咎めるメンバーは誰一人いない。
それどころか互いに積極的に関わりを持ち、親交を深めている。
男の俺には分からないことも、女性メンバーなら分かることがあるのだろう。
「カイ、ちょっと付き合ってもらえるか?」
「ええ、いいですよ。川沿いを少し歩きましょう」
外に出ることをメンバーに告げ、街を走る川を目指して歩く。
川沿いは整備されていて、散歩には絶好の場所だ。
夜ならば人通りも少ないし、リアルでもそうそう遭遇するわけではないが、通り魔なども仕様上存在しないのだから安全。
ちょうど時間がとれたんだ、気になっていることを聞いてみるか。
「アイカさんと付き合ってるのか?」
「やっぱりそこですか。ええ、付き合ってる、と言えるかは分かりませんが気持ちは伝えました」
「そっか。なんとなく仲が良くなってるなって思ってたんだけど。女子には丸わかりだったみたいだな」
「そうでしょうね。普段彼女は感情の起伏が小さいですから、変化があればそこが際立ってしまうんでしょう」
「そういう関係になれたこと事態は喜ばしいことなんだがよ。何でアイカさんなんだ? 俺にはよく分からねえなあ」
俺とカイは親友ではあるが、付き合った時間はほんの数年だ。
その出会いは教室だった。
中3の頃、クラスへ転校してきた一人の少年――九浦 櫂。
転校してきた時期は最悪だ。友達グループは既に出来上がっているし、高校受験を控えた年でもある。
外見のよさに最初の頃こそ女子が騒いでいたが、次第に彼への興味は薄くなっていた。
男子も真面目なヤツは勉強、そうじゃないヤツは遊びに夢中で、大人しかったカイを誘うようなクラスメートはいなかった。
そんな彼を、俺はゲームに誘った。
自分で言うのもなんだが勉強ができたほうだし、部活にも入っていなかったので当時の俺は暇でしょうがなかった。
家庭内でも妹のことがあったり、俺自身が少しイライラしていたこともあってネットゲームは避難場所として最適だったのだ。
ゲームといっても色々あるが、ネットゲームの場合、大抵は一緒に行動できる仲間がいるほうが都合がいい。
そこで成績が悪くなく、いつも速攻で家に帰る彼を捕まえて自宅に誘って、一緒にゲームを始めた。
受験を控えているにも関わらず、夢中になって二人で楽しんだ。
カイは上達が早く、すぐに俺の相棒として活躍できるようになる。
「ダイキは、中学生の頃に僕のことをほとんど知らないままゲームに誘ったでしょう?」
どきりとした。ちょうど当時のことを振り返っていたのだから。
「あのときと似てるかもしれません。何も知らない僕をゲームに誘うダイキに、僕自身は興味を持ったんです。浮いてるクラスメートに対する同情なのか、善意からくるお人よしの結果なのか。僕自身は一人でいることに慣れてましたから、ダイキの誘いに乗る必要は、実のところ無かったのです」
「おいおい、悲しいこというなよ」
「はは。でも今はとても感謝しているのです。あのときのダイキの行動が、僕の人生の分岐点だったんだと思うのですよ。一緒にやったゲーム、想像以上に楽しくて燃えましたからね」
ゲームの中の彼は、教室で静かだった彼と表面上はそう変わらない。
だけど武器を手にし、互いの背中を守りながらモンスターと戦うカイには闘志のようなものを感じたし、意外と負けず嫌いな性格からくる向上心は、俺にとっても刺激となっていたのだ。
仲間であり負けたくないライバル、そんな関係性は俺の乾いた日常に投下された爆薬の燃料だった。
「話を戻しましょうか。私はアイカさんに、自分と似た部分を感じたのです。それから興味が沸いてきて、もっと知りたいと思うようになりました。これが世間一般でいう恋であるならば、僕は彼女に恋をしたのでしょう」
「似た部分、か。それが分かってどうするんだ?」
「僕の中にある、これまでずっと考えてきた疑問の答えが、彼女と一緒なら見つかる気がしたのです」
「疑問?」
「大雑把に言えば、幸せとは何か? ということです」
これまでの付き合いで変わったところがあるということは知っているし、言葉を端折ってしまうところがあるから理解するのに時間がかかるのも分かっている。
だがだめだ、今回も本当に分からねえ。
「難しいことは俺には分かんないけど、一緒にいることが嬉しいとか、癒されるとか、そんなんじゃねえのか?」
「感覚だけの話で言えば、それもあるでしょう」
「もういいよ。とりあえずカイはアイカさんが好きで、恋人としての関係を求めてるってことでいいんだな?」
「そうですね。それでいいです。でもダイキのほうから恋話をふってくるなんてめずらしいですね」
「そうだな」
恋話は嫌いじゃないんだが俺は語れるネタが無いからな。
人の『だれだれちゃんが好き』とか聞いておきながら、『俺、好きな女子なんていねーよ』とか寒いにも程があるし。
実際のところ、女子を見て可愛いな、とか思うことは俺だってある。
でも仮に恋に落ちて、告白して、付き合えることになったとして。
その後に何をどうすればいいのか全然分からない。
俺自身は今の日常がそこそこ気に入ってるんだから、悩んだり悶々したり、そういうのを無理に食い込ませる必要は無い。
必要は無い、はずだったんだ。
「でもさ。似てる部分が無い、だからこそ惹かれるってこともあるよな」
「それはそうでしょう。それが無ければ多分今頃ダイキとは友達にはなっていませんよ」
「人の好き嫌いとか、内面とか、感情の理由とか。そういうの考えるの面倒だ」
「それが楽しめるようになるといいんですけどね。人として生きる以上避けられないことなのですから」
カイ、お前は俺と同じ年だろう。
どうしてそこまで、人と関わろうなんて思えるんだ?
中学校から高校へ上がったときの変化、その原因は何なんだ?
あれだけ大人しかったお前が、今では美人度だとかお食事会だとか積極的に行動しているのは何故だ?
「まあ、こういう話を僕にもちかけた理由はだいたい分かります。アルアさんのことでしょ?」
「……ああ。追いかけたら泣かれちまって、理由を聞いたが彼女自身も分からないって言うんだ。俺、どうするべきだったのかなって」
「うーん。それを聞いても、僕にも分かりませんね。だけどダイキ、あなたは彼女の領域に入ろうとしています。好奇心なのか、それとも好意なのか。出発点は色々あるでしょうが、他人のことを考えているんですよね」
「そう、だな」
「他人のことを考えること、それは他のみんなだってそうです。あなたもそのことをもう一度考えて見てはどうですか? あなた自身も、他人からの対象にされているのかもしれませんし、それが考えるヒントになるかもしれません」
どういうことだろう。
俺がアルアさんのことを考えるみたいに、俺のことを考える人がいるということ、なのか?
仮にそうだとしても、それが分かって俺がどう変わるというのだろう。
俺には、よく分からない。
「考えはまとまらない。だけど分かっていることがある」
「何でしょうか?」
「俺、この世界でみんなとやるゲームがすげえ楽しいんだ。いつかは終わる夢だってことは分かってる。みんなリアルがあるし、いつまでもゲームをやるってわけにはいかない。でも、まだこの世界にいることが許されている間は、楽しくやっていきたいし、みんなにとってもそういう場所であって欲しいって思うんだ」
「ダイキらしいですね」
「子供っぽいかもしれない。だけどリアルで何一つ熱を感じない俺が、唯一燃えることができる世界なんだ。それを分かち合えるみんながいる。それを失いたくない」
ときどき、この世界がリアルになればなんて妄想するときがある。
そしてそれが実現するはずがないことは分かっている。
別にリアルが嫌でここへ逃げ出しているわけじゃない。
比較の問題であって、ここがリアルより楽しい、それだけなのだ。
いや、ちょっと違うか。
この世界に魅力がある、それは事実。
だがそれ以上に魅力なのは、ここが大事な仲間と会うことができる場所、ということなのだ。
もしリアルでも出会えているのならば、ゲームである必要はなかったのかもしれない。
でも現実では、そんなきっかけなんてありゃしない。
親友は頷きながら、俺の考えを聞いてくれる。
正しいか正しくないか、そうじゃなく過程が大事で大切なのだ。
「しょうもない話に付き合わせて悪かったな」
「大丈夫ですよ。リアルじゃ馬鹿話ばっかりしてますからね、新鮮で楽しいもんです」
「そうか。……ありがとな」
「いえ。ところで恋人作り、頑張ってくださいよ? せっかく目標を立てたんですから」
「前向きに検討するよ」
「ダイキのそれは『適当でいっか』と同義じゃないですか。まったく……」
ゲームではシナリオ通りに仲間が加入し、脱退する。
言わば『運命』のようなものが定められていて、そのレールから脱線することは許されない。
でもこの世界では人間がそれぞれに意思をもっている。
出会いがあれば別れもあるが、それは確定ではない。
そんななかでみんなと出会えたんだ。
自身の恋心よりも、今はみんなとの時間を大事にしたいと、俺はそう思う。




