第8話 彷徨う野犬
カリビアが大扉を蹴破る。
玉座の置かれた荘厳な部屋、しかし壁が斜めに切り崩され紅い夕日の射し込む異様な部屋。その逆光に包まれた玉座に無作法に座り、片脚を組んでカリビア達を待ち受ける男がいた。
剃りこみの入った坊主に顔の傷。手配書の写真そのままの男、ジョン・マキャべーは口角を上げ、恐ろしいその目を見開いてカリビア達を見つめた。
「――来やがったな。
エドワードまでも掻い潜ったか。ったく、大人しくしとけば今晩にでも出てってやったのによ」
カリビアはつかつかとジョンの前まで歩き、手に持ったその旗をジョンに向けて突き立てた。
「貴方はここで終わり。降参するなら命までは取らないわ。
戦車の男は私の優秀なる用心棒によって直ぐにでも打ち倒されるでしょう。そしてここにも私の信頼する家族が2人いる。
わかる? 貴方は既にたった1人。部下を沢山従えてた様だけどここにはもう誰も訪れない。
西部の荒野にたった1匹彷徨う野犬。それが貴方よ」
冷たくそう告げるカリビアの貫くような視線にも億さず、ジョンはへらへらと笑い首を鳴らしながら立ち上がった。
「仲間と一緒に運良くここまで辿り着いて、勇者気取りか? お姉ちゃん。それなら、玉座で待ってた俺はラスボスの魔王ってとこか。
はは、知ってるか? 城の奥で待つ魔王はたった1人で、誰よりも強く、勇者の一味を圧倒するんだよ……。例えば、最初に全体攻撃で即全滅……とかな!」
突然、片手でバズーカ砲を構えたジョンは躊躇いなく目の前のカリビア達に向けてその引き金を引いた。撃ち出されたエーテル弾はカリビア達の目の前で大爆発し、玉座の間は瞬く間に砂煙でいっぱいになった。
砂煙が晴れ、はためく海賊旗を持ったカリビアが傷一つ無くそこに立っていた。
エーテル弾の爆風から彼女達を守ったのはワットの電磁パルス。爆発の寸前に彼の光線銃が一同を囲うように防壁を生成していたのだ。
「あ? 変なモン持ってんな」
「……そのエーテル砲。下で見た研究品のひとつだ。他者から奪った力で威張るような男には、僕の障壁は破れない……!」
「んだと……?」
ジョンの顔に青筋が浮かぶ。
彼は再びエーテル砲を構え、今度はワットに直接狙いを定めるが……
「――遅いっ!」
旗を持って疾走するカリビアが、既に彼の懐に潜り込んでいた。
彼女はその矛先を振り上げ、ジョンの手に持つエーテル砲を弾き飛ばそうとする。
しかし、すんでのところで反応したジョンが咄嗟にエーテル砲を強く握ったことで弾き飛ばすことは叶わず、2人の武器がギリギリと音を立てる鍔迫り合いの状態となった。
「はっ! そんなナリの女が力で勝てると思うのか?」
「……! くぅ……」
流石のカリビアも自分より体格の上回る男に真正面から競り勝つことはできず、エーテル砲の銃口がだんだんと彼女の腹部に突き当てられる。
「この距離じゃ防げねぇよなぁ。お姉ちゃんよぉ?」
ジョンが勝利を確信しながらその引き金に手をかけた。
しかし、カリビアは片手で取り出していたKrakenを地面に向け、旗を持つもう片方の手で自身の目を覆いながらその引き金を引いていた。
地面に着弾した弾から放たれた強力な光が2人を包んだ。
「ぐっ!? 閃光弾か! ……ぐはぁ!?」
怯むジョンから素早くバックステップで間合いをとったカリビアが旗を床に突き刺す。
それを支柱に大きく一回転したカリビアは、彼の脇腹に勢いよく踵を叩きつけた。
「――ポール!」
「了解!」
カリビアが目配せをし、ポールはAventureの引き金を引いた。
放たれたマグナム弾はよろめくジョンに向かって真っ直ぐに飛び、……彼の頬を掠めた。
「――外れたなぁ? 下手くそが」
ジョンがニヤリと笑う。そして箱頭のポールもまた、その液晶を光らせた。
「――code『束縛☆ベアハッグ』!」
マグナム弾から羽が展開され、弾はその場に停滞する。
そしてジョンの背後から彼に向けて、細い鋼鉄のワイヤーが何本も射出された。
「っ!? なんだこりゃあ!?」
ワイヤーはジョンを取り囲むように展開され、収縮とともにジョンの身体を縛り付けた。
両手毎胴体を縛られたジョンはワイヤーを引きちぎろうともがくが鋼鉄製のワイヤーはビクともしない。
「とどめだ、『ときめき☆スパークル』……!」
「ぐあぁぁあああ!?」
ポールは人差し指を突き刺したポーズでハニービーに再び指示を出す。
ハニービーから迸る電撃がワイヤーを伝いジョンに流れ込み、全身で電気を浴びたジョンが悲鳴をあげた。
全身から煙をあげ、力無く膝をつく。
「――終わりね。貴方の負けよ」
崩れ落ち、座り込んだジョンにカリビアはKrakenを突き付けた。
次にポールがAventureを、ワットがシールド光線銃を。
完全に勝負は決した様に見えた。
「か、は……。くそ、お前ら……。無茶苦茶すぎるだろ……」
ジョンはワイヤーに縛られたまま、吐き捨てるようにそう言った。
「……結局、この世界は弱肉強食だ。――弱ぇ奴は何もかも奪われる。
だから俺は力を求めただけだってのに……」
ワットはぶつぶつと呟くジョンを冷たく見下ろした。
「違う、今までさんざん奪ってきたのはお前だ。
罪無き人を襲い、傷付けた。だからお前はここで罰を受けるんだ」
ジョンはゆっくりとワットの顔を見た。そこには力無くもはっきりした怒り、いや、羨望の表情があった。
「スラムに生まれたガキの俺に罪はあったか? 俺の両親を目の前で殺し、辱めたクソったれに罰は下ったか?
奪わなきゃ奪われるんだよ……! 今までそうやって生きてきた。
俺達を守る正義の味方なんていなかった。自分で力を手に入れなけりゃ、何一つだって守れやしねぇ。
だから俺は力を奪うんだ。誰も俺に逆らえねぇように。もう二度と何も奪われねぇ様に……!」
「……? なにやら様子が……!?」
ポールが違和感に気付いた。そして、やがて全員が。
ワイヤーがミシミシと音を立て、ジョンの身体が震える。口から涎を垂らし、焦点の合わない目で虚空を見上げる。
肩が膨らむ。異様な筋肉の膨張が服越しにも明確に見て取れた。
「はは、そうさ。足りねぇ、もっと、もっと力が必要だ。
だから、目に映る全てを食ってやる。喰らって、裂いて、奪ってやる。
そうして腹いっぱいに溜め込むんだ。掻き集めた力を、あの硝煙にも負けねぇ様な力を。
奪って、奪って奪って奪って奪って奪ってウバッテウバッテウバッテ! ――ハハハハハ!」
狂気に歪んだ口元から鋭い牙が伸びる。鼻と口の周りが突出し歯は刃のように鋭く、大きく開いた口からは肺を押しつぶすような吐息とともに唾液がボタボタと零れ出ていた。
一回り大きくなった身体は、先程まで彼を縛り付けていたワイヤーをいとも簡単に振りほどいた。
人の体からすれば不気味なほど長くなった手足には引き締まった筋肉がつき、長く伸びた爪が氷のように冷たく光る。
瘦せこけた胴体、飢えた野犬のような抉れた腹とあばらの浮き出た胸が手足とは不釣り合いで、それが返って目の前の存在の異質さを際立たせていた。
ジョンと言う男はもはや、人間としての原型を失っていた。その超常的な存在にカリビア達はただ、言葉を失う他なかった。
「何、何なの……一体?」
もはや人ではない何かに変容したその存在が、暴力的な、しかしどこか悟りを開いたかのように平穏なその視線をカリビア達に向けた。
「あぁ、ようやく気が付いたよ……。俺はハナからこんな生き物だった。テメェの言う通り、ごみ溜めを彷徨い歩くくだらねぇ野犬だった。
胡散臭ぇ話だったが、こうゆうことかよ。はは、面白れぇモン寄こしやがるぜ、あの女」
ジョンはすっかり変わり果ててしまった自らの手を見つめ、1人呟き続ける。
「あの女? 一体何の話を……」
光線銃を突き付けながらワットが問いかけるが、ジョンにはまるで聞こえていないようだった。
「そうだよな、俺はこう生きてきたし、これからもこう生きていく。
荒野を孤独に歩く野犬のように、目の前の全てを食いちぎり、貪る。奪われる前に奪い尽くして、生き延びてやる……!」
刹那、ジョンが姿を消した。忽然と、唐突に。
「――へ?」
奇妙な声をあげたのはワットだった。
彼の前に舞っていたのは、真っ二つになった光線銃。
――そして、それを握っていた彼の右腕。
ボト、と音を立てて彼の目の前に落ちた右腕から赤黒い血がとめどなく溢れ、血の池を作った。
呆然と立っている彼の靴が、広がる血を吸って赤く滲んだ。
ワットは、震える左手を反対の肩に持ってくる。そこにあったはずの右手は無く、代わりに肩をおさえた左の手のひらにべっとりとついた血を見ながら、彼の止まっていた思考が再び動き出した。
「う、うわぁぁあああああ!!」
ワットが叫び声を響かせながら、肩をおさえ、蹲る。
「――っ! ワット氏!」
「チッ、この野郎ぉ!」
ポールがワットの方に駆け寄り、カリビアはいつの間にか背後に立っていたジョンに振り向き怒りの視線を突き刺した。
ジョンもまた、ヘラヘラと笑いながら振り向いた。自身の手の爪にこびり付いた血を、その舌でゆっくりと舐めとりながら。
「はは、こりゃあいい。こんな姿になったってのにまるで違和感なく身体を動かせる。そりゃ当然か、俺は元々こんな存在だったんだからな。
荒地を彷徨う飢えた犬。上等じゃねぇか。理不尽に殺されるくれぇなら、理不尽に嚙み殺してやる! 豚共がぁ!」
ジョンの咆哮が、部屋一帯に響き渡った。
◇
[脅威度クラス更新申請]
クラスⅡ Fang → クラスⅢ Hamal
[対象]
盗賊頭ジョン・マキャべー
改 魔人「ストレイドッグ」
[申請概要]
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当該個体は数百人規模の盗賊を率いる頭目として危険視されており、『褪せ染まる硝煙』によってその無力化が試みられました。
その結果完全な無力化には至らなかったものの、当該個体の率いる盗賊団の構成員の殆どが死亡。当該個体も完治不能の重症を負うことになりました。
その後しばらく消息が途切れましたが、3日前の観測によってデフォイ王国に存在を確認。綿密な観測を経て、個体は再び配下を従え略奪活動を継続している事が判明しました。
更に、今回の観測によって対象の容態の大きな変化を確認。関連性の深い観測資料*1と照らし合わせ、当該個体を新たに魔人「ストレイドッグ」と認定しました。
その武力規模は無力化作戦前を上回り、何者かの技術援助を受けている可能性が示唆されます。現状判明している技術規模、武力規模から鑑みて、脅威度クラスの上昇が妥当であると判断します。
*1 Hamalクラスイベントファイル「魔人化」を参照
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[担当]
ナブラ観測局 西部第23支局
六分儀 コロンバ
――申請は承認されました。




