第2話 拳を奏でる武術家
4人乗りの小さな車。
駱駝色のクラシックなデザインをしたカリビア達の『船』は枯れ木や枯れ草の広がる荒野の一本道を、たった一台のんびり走っていた。
『お送りしたのは「ドッペルゲンガー♡偶像ちゃん」で「Lie? Lie! 楽々」でした〜』
ラジオのご機嫌な声が車内に響く。
ポールは運転席でハンドルを握り、助手席のカリビアが頬杖をつきながら窓の外を眺める。 そしてリンランはジョーンズ・ロッカーに居た時と同じように後部座席に寝転がって小説を読んでいた。
会話こそ無いものの、ラジオが軽快な音楽を流し各々が気兼ねなく過ごすその様子は、彼らの互いへの信用の深さをこれ以上なく物語っている。
「……ん?」
会話の口火を切ったのは運転をしているポールだった。
「どうしたの?」
「ふむ……、何やら道が変ですよ」
直後、平坦だったはずの道から凸凹ばかりの道へと入ったカリビア達の車は突然ガタガタと揺れ動いた。
「……チッ、なんだよ?」
後部座席に寝転がっていて衝撃をもろに受けたのか、リンランが不機嫌そうに起き上がった。
「ここら辺、地面に亀裂が入っています。それで道路も歪んでしまってますね」
「最近できたってことかしら……。地殻変動でもあったの?」
「――ハッ、如指諸掌の理屈だな。あれを見てみろ」
リンランは窓を一瞥し、地面に入った亀裂の中心を指差した。
「一点から広がるように亀裂ができてるだろ。硝子に鉛弾をブチ込んだって風にな。
自然にできた歪みじゃない。瞬間的に強い力を一箇所に加えた跡だ」
「そんなの…、誰が何の為に――」
カリビアはそう言いながら答えに気が付いた。亀裂の間に呑み込まれるように堕ちた数多くの残骸を見つけたのだ。
「戦車の残骸、これだけの数なら一国の全戦力に匹敵するわ。
なるほど、文字通り国を挙げてアレを捕まえるつもりだったのかしらね」
「《白》の女王にとって見りゃ蟻の群れを踏み潰すのとさして変わらなかっただろうな。
正に鎧袖一触だ」
「蹂躙の跡地ってワケですか…。
ひえー、聞くだけでも身の毛がよだちますね」
顔面の液晶パネルに怖がった表情の顔文字を浮かべながら、ポールがおっかなそうにそう答えた。
ガタガタと揺れつつ進む車はやがて、大きな外壁に囲まれたかつてのデフォイ王国の前に到着した。
王国という政治形態は、決して文明の停滞した中世の国のみに採用されているものでは無い。
デフォイ王国は小国ではあったものの、その外壁は鉄筋コンクリートで固められ、二重になった外壁の内側には一定の間隔で監視塔が設置されている。
その王城も、城と言うよりはむしろ巨大ビルがいくつも幾何学的に繋がった複合施設に近いものだった。
今日に至るまで、王国に及んだ多くの危機を食い止めたであろう頑強な防壁。
カリビア達の目の前にあるその壁には、いまや障子を貫いたかのような穴が空き、竹を切ったかのように斜めに切断された旧王城が良く見えた。
一度webニュースで画像を見たとはいえ、実際に目にしたその現実離れした光景に3人は言うべき言葉を見失ったまま、ポールがただ車を走らせた。
本来巨大な門であったり、検問所があったであろう外壁の正面には巨大な穴が空いていた為に、カリビア達の車はただそこを素通りするだけで容易く入国できた。
しかし、外壁を越えて直ぐの所で、路地裏に隠れていたであろう小型トラックが飛び出しカリビア達の行く道を塞いだ。
「よーし、止まれ。顔面に風穴を増やされたくなきゃ大人しくしな」
物騒な物言いとともに、トラックから筋肉質なスキンヘッドの男が降りてくる。
続いて、口元をバンダナで隠し、アサルトライフルを持った2人の男が降りてきて前の座席のカリビアとポールに銃を向けた。
「外から来たな、身分を明かせ」
「……個人経営の行商人よ。この国に寄ったのは久々だけどだいぶイメージチェンジしたみたいね?」
スキンヘッドの男の問いに、カリビアがしらを切ってそう答えた。
「近頃の行商人はニュースも見ねぇらしいな。
この国はいまやジョン・マキャべー親分の私有地になったのさ。お前らは不法侵入って訳だ。
何、積荷と有り金を差し出せば穏便にUターンさせてやるよ」
下卑た笑みを浮かべながら話す男の話を聞いているのかいないのか、カリビアはひそひそとポールに問いかけた。
「無理やり突破できない、ポール?」
「いやぁ、僕の『マリアンヌ』に怪我させたくありませんよ」
「じゃ、俺がやろうか、カリビア」
運転席と助手席の間からひょっこりと顔を出したリンランがそう言った。
「そうねリンラン。任せられる?」
「楽勝。……雪に白湯を沃ぐ様にな」
リンランが素早く、開いた窓から飛び降りた。鼠を見つけた猫のようにその口角を吊り上げながら。
「おい、勝手に降りるな!」
スキンヘッドの手下と思われる男の1人が手にしている銃の銃口をリンランに合わせながら近寄った。
「大人しく席に戻れ、コスプレ女!」
自身の特異な耳と尻尾をコスプレと揶揄されたリンランは、大きな丸眼鏡越しにただじっとその男を見つめた。
その表情は鉄のようで、男達の誰一人として彼女の感情を汲み取ることはできない。それはただ波ひとつ生じない凪のようでもあり、その瞳の奥に炎の揺らめく静かな激情のようでもあった。
その口角はしかし、まだ僅かに上がっていた。
「……っ!」
銃を向けた男の中で得体の知れない恐怖が芽吹く。そしてその僅かばかりの怯えが男の緊張の紐をほんの一瞬揺らめかせた。
次の瞬間、銃口の先に彼女は居なかった。
風に靡く草木のように、あまりにも自然にリンランは身体を捻り、目の前の男に背を向けて肉薄した。
そして背後にある男の額、背丈の差によって彼女より二回りほど上にある男の額を、リンランは左の裏拳でゆっくりと撫でるように一度だけ叩いた。
――カン、と甲高くも、美しい音色が響いた。
まるで木琴を叩いたかのような、優しく柔らかい音だった。
額を叩かれた男は、まるで何が起こったか分からないかのようにキョトンとした表情で立ち尽くしていた。
そして直ぐに、意識を手放した。
立板が風に吹かれるように、男はゆっくりと仰向けに倒れた。
どさっと倒れる音、そして柔らかな音色の余韻のみがその場に残った。
「……今、何をした?」
スキンヘッドの男は唖然としながらそう呟き、リンランは眼鏡を上げながら嗜虐的な笑みを浮かべ答えた。
「『峰琳の声』は、髄に響き門を崩すのさ。
天下無双の武術家に相応しい拳だ」
眼鏡のつるから首周りを繋げる金属のチェーンが揺れ、音を立てた。
「こ、このアマぁ!」
はっと我に返った男のもう1人の部下が車に向けていた銃口をリンランの方に向ける。しかし、既に懐に潜り込んでいたリンランが右脚を振り上げると、銃はその男の手を離れて宙を舞った。
呆気に取られる間もなく、その男の顔面に足刀蹴りが食い込み、鈴を鳴らす様な音と共に後ろに吹き飛んだ男はそのまま伸びてしまった。
1人残されたスキンヘッドの男は最初のにやけ顔などとっくに失ってしまい、血走った目でポケットから取り出した拳銃を向けた。
「――ッ! クソがっ!」
放たれた数発の弾丸もリンランを掠めることは無く、道を歩く通行人を避けるかのように簡単にあしらいながら彼女は男に接近する。
両手で拳銃を握る手の内側に自身の手を滑り込ませたリンランは、素早く男の両手を左右に弾いた。両腕を弾かれた男は左右の手を広げ大の字によろけ、リンランの前に無防備に全身を晒している。
流れるように1歩2歩、距離を取ったリンランは弓を番えるように身を引く。
そして、男の腹部にその狙いを定めた。
矢が放たれるように、地面を蹴る。
槍のように突き出されたリンランの肘は、男の腹を刺し、貫いていた。
大太鼓を叩く様な、鈍く、重くも美しい音が辺りに響き渡った。
「ぐ……ぁ……」
「――好听♪ ……ハハ。」
リンランの尻尾が満足気に揺らめいた。
衝撃に耐えきれず、男は前のめりに倒れ込んだ。筋肉質な両腕、その手で掴むことさえ出来ればリンランの腕など簡単に折れてしまいそうに見える剛腕でただ、腹を押えて蹲った。
「……てめぇら。 ……シェリフか、くそッ。
親分に、報告しねぇと……」
朧気な目でそこまで呟くと、男は意識を手放した。
リンランは車の通る道を塞ぐように倒れた3人の男を隅に蹴り飛ばし、進路を空けた。
「待ってリンラン。その男縛って乗せられないかしら? ジョン・マキャべー親分って言ってたし、アイツの居場所を聞き出せるかも」
「あぁ、いや、そんな暇は無さそうですよ……!」
窓から顔を出したカリビアの提案をポールが否定する。顔の液晶には赤く大きな『!』が映されていた。
彼の指さす先からは、砂埃を立ち上げながらこちらに向かって来る数台の軽トラックがあり、先程の男達のようなバンダナの男が車窓から身を乗り出して銃口を向けていた。
「有象無象が湧いてきたな、小蝿の様に。
――あはぁ。一匹残らず奏でてやるか」
興奮したように目を見開き、口角を歪ませるリンランをカリビアが制止した。
「バカ! アンタはともかく私達が蜂の巣になるでしょうが! とりあえず逃げるわよ、早く乗って!」
「……チッ」
つまらなそうに舌打ちをしたリンランが車に飛び乗ると共に、ポールがハンドルを大きく回してアクセルを踏み込んだ。




