表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/15

麦の革命

 シノン城が黄金の光に包まれた、あの奇跡の夜から数日。



 フランス王宮の謁見の間には、国の重臣たちが集まり、ただならぬ緊張感に包まれていた。


 玉座の前に立った国王シャルル7世の顔には、かつて彼を暗く歪ませていた猜疑心の影はもうなかった。


 王は集まった家臣たちを見渡し、腹の底から響くような力強い声で告げた。


「これより、我がフランスは国策のすべてを改める。これ以上の戦争のための増税は一切禁ずる。軍備を削り、すべての富を、民が飢えぬための開墾と農耕に注ぎ込む。……私は、民から奪う王ではなく、民を生かす王となる!これまでの血を麦に変えるのだ!!」


 そのあまりにも大胆な「血を麦に変える」宣言に、古い貴族たちは驚愕し、ざわめき立った。


 しかし、王の背後に立つ軍師アランソン公とデュノワ伯の鋭い眼光に圧され、反対の声を上げる者は誰もいなかった。


 シャルル7世は、あの聖女に誓った通り、本当の王としての第一歩を踏み出したのだ。



 *



 その頃、ジャネットとジル・ド・レは、すでに静かに王都を後にしていた。


 王宮という権力の中心に長居すれば、どれだけシャルルが良くしてくれても、いずれ政治の道具にされてしまう。


 ジャネットの居場所は、華やかな宮殿ではなく、今も傷つき、飢えている民たちのすぐ隣だった。


「ジャネット様、次の目的地である東の州の物資調達、すべて完了しております。麦の種が五百袋、開墾用の鋤が三百挺、すべて私の領地から最高級のものを揃えさせました」


 漆黒の甲冑を鳴らしながら歩くジルが、誇らしげに報告する。


 その顔は、かつて狂気に満ちていた頃が嘘のように、晴れやかで、生き生きとしていた。


「ありがとうございます、ジル。あなたの力のおかげで、またたくさんの人たちが自分の手でご飯を食べられるようになりますね」


 ジャネットが泥のついた顔をほころばせ、心からの笑顔を向ける。


 ジルはその眩しさに、ふっ、と不器用な笑みを浮かべ、彼女の歩幅に合わせてゆっくりと馬の手綱を引いた。


 彼女たちの旅団は、今やフランス全土を巡る、巨大な「復興のうねり」へと進化していた。


 旅団の先頭で重いクワを振るうのは、かつてパテーの戦場で血の海を作った荒くれ者たち。


 そして、彼らの隣で泥にまみれて畑を耕しているのは、先日ジャネットを殺しにやってきて、スープの温もりに魂を救われた王室の元暗殺者たちだった。


 人殺しの道具だった男たちが、今や民衆に農業を教え、家を建てるための開墾のリーダーとなっている。


 これこそが、ジャネットの起こした最初の奇跡だった。


「ジャネット様が来られたぞ――!」旅団が到着した、戦争で荒れ果てたある農村。


 かつては軍隊の足音が聞こえるだけで、人々は家財道具を隠して怯え、猜疑心の塊となって身を潜めていた。


 だが、白い衣服をまとったジャネットの姿が見えた瞬間、村中の子供たちが笑顔で駆け寄り、大人たちが涙を流して出迎えた。


 ジャネットはすぐに駆け寄り、泣いている母親の手を優しく握りしめた。


「もう怯えなくて大丈夫ですよ。私たちは戦いに来たのではありません。皆さんが、この大地で自分の力で生きていけるようになるまで、ずっと一緒に泥にまみれにきました。さあ、一緒に新しい畑を作りましょう」


 彼女が配ったのは、ただのパンではない。


 明日を生きるための農具であり、来年を豊かにするための種であり、そして何より「自分たちの力で自立して生きていく」という、人間としての本当の尊厳だった。


 王宮ではシャルル7世が政治の仕組みを変え、大地ではジャネットたちが民の魂を救っていく。


 それは、剣で誰かを血祭りに上げるような、これまでの残酷な歴史ではない。クワと、種と、そして他人のために流せる美しい涙によって、フランスという国の根幹を内側から完全にひっくり返していく――。



 これこそが、ジャネット・パテーと彼らの仲間たちが起こした、世界で最も優しく、最も力強い「麦の大革命」の始まりだった。



「ジャネット様、あちらの畑の開墾も始まりましたよ」


「はい。さあ、ジル、私たちも行きましょう」


クワを持った黒騎士の隣で、白い衣服の少女が、眩しい春の光の中で愛おしそうに微笑んでいる。


武器を捨てた聖女が成し遂げた、世界で最も優しく、最も力強い「麦の大革命」。



彼女が見守るフランスの未来には、ただ黄金色に優しく揺れる、どこまでも美しい麦畑の地平線だけが、静かに広がっているのだった。




(『ジャネット・パテーの復興記』第一部・完)


最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!


本作は、史実のジャンヌ・ダルクの悲劇に心を痛め、「もしも彼女が生き延び、自分の名誉のためではなく、民の自立のために生きていたら……」という祈りのような想いから生まれたIFの物語です。


もし少しでも「面白い」「魂が震えた」と感じていただけましたら、下部にある【評価(☆)】や【ブックマーク】で応援していただけると、作者としてこれ以上ない励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ