光あふれる荒野で
パテーの戦場。そこはかつて、ジャネットが率いるフランス軍がイギリス軍を完膚なきまでに叩きのめした、大勝利の地。
しかし同時に、数千の兵士たちが肉を裂かれ、血の海に沈んだ、巨大な墓場でもあった。数年が経った今、その地は不気味な静寂と、生臭い風が吹き抜ける荒野と化していた。
放置された甲冑を漁る野盗や、生きるために略奪を繰り返す敗残兵の軍隊がうごめく、法も秩序もない暗黒の地。
「おい、見ろよ。命知らずの巡礼者か?」
「いや、ただのガキだぞ。衣服一枚で、何をしにきやがった」荒野にひしめく野盗や軍隊の兵士たちが、ぎらついた目で牙を剥く。
その視線の先を、白い衣服をまとった少女――ジャネット・パテーが、ただ一人で真っ直ぐに歩いていた。
パテーの仲間たちは、いつでも飛び出せるよう、周囲で息を潜めて武器を握りしめている。
ジャネットは、かつて最も多くの血が流れた戦場の中心に辿り着くと、静かに泥の上に跪いた。
彼女は目を閉じ、血塗られた大地へと、両手を合わせて祈りを捧げ始める。
「ここに眠る、すべての魂に安らぎを……。フランスの兵も、イギリスの兵も、等しく主の御許へと召されますように」
野盗の首領が、せせら笑いながら剣を抜いた。
「おい、そこでブツブツ言ってる小娘、その綺麗な服を剥ぎ取って――」その言葉が、完遂されることはなかった。
ゴオオオオッ……!突如、パテーの重苦しい曇天が、まるで巨人の手で引き裂かれたかのように割れた。
天の裂け目から降り注いだのは、目も眩むような、圧倒的な黄金の「光の柱」
それは真っ直ぐにジャネットを貫き、彼女の身体を神聖な輝きで包み込んだ。
「な、なんだこれは……っ!?」武器を構えていた兵士たちが、その眩しさに目を覆い、後ずさりする。
光の中心で、ジャネットの脳裏に、かつて幼少期に聞いた、あの懐かしくも厳かな「声」が響き渡った。
『ジャネットよ。汝の流した共感の涙は、血に飢えた大地を癒やす雫となった。汝の手は一度血に染まったが、それは命を慈しむためのもの。恐れるな。汝の歩みは、これからも暗闇で迷える羊たちを導く、聖なる羅針盤とならん』
神託の響きとともに、光はさらに広がり、周囲の荒涼とした景色を塗り替えていった。
泥の臭いは消え去り、まるでそこだけが天界の一部であるかのような、清らかな風が吹き抜ける。武器を構えていた野盗も、殺気立っていた軍隊の兵士たちも、その圧倒的な「神の顕現」を前に、ガタガタと震えながら剣を落とし、その場に平伏していくしかなかった。
その、誰もが息を呑む静寂の別世界に、一人の男が足を踏み入れた。
漆黒の甲冑。血走った眼。ジャンヌを失った絶望で心を病み、狂気の淵を彷徨っていた天才騎士――ジル・ド・レだった。
「ジャンヌが生きている」という、風の噂だけを縋るように追い、狂ったようにフランス中を探し回って、ついにこの地へ辿り着いたのだ。
「あ……ああ、ああ……!」
ジルの喉から、獣のような掠れた声が漏れた。黄金の光の中に佇む、一人の少女。衣服は泥に汚れ、かつての面影とは少し違う。
だが、あの凜とした佇まい、そして世界を包み込むような圧倒的な優しさ。それは、彼が狂おしいほどに焦がれ、失って世界を呪う原因となった、あの「我が聖女」そのものだった。
ガシャン……!ジルは大剣を地面に投げ捨てた。
重い金属音が荒野に響く。彼は力なく膝を突き、泥を這うようにして、光の境界線へと進み出た。
「ジャンヌ……! 本当に、本当にあなたなのですか……っ! 私は、私はあなたを失い、世界を、神を、すべてを呪うところだった……!」
百戦錬磨の冷酷な黒騎士が、まるで迷子になった子供のように顔をくしゃくしゃにして、激しくむせび泣く。
「許してください……! あなたのいない世界で、私は悪魔に魂を売り、凄惨な闇に落ちようとしていた! 我が不信仰を、我が狂気を、どうか……どうかお許しください!」
ジャネットは、光の中から静かに一歩を踏み出した。
泥に伏せるジルの元へ、迷いなく歩み寄る。そして、彼の黒い甲冑を汚すことも厭わず、その大きな身体を、小さな両手でそっと抱きしめた。
「もう大丈夫です、ジル。私はここにいます」耳元で囁かれる、かつてと変わらない澄んだ声。
「あなたの苦しみも、心の闇も、すべて私が許します。だから……もう泣かないで、私と一緒に歩みましょう」
「ああ……聖女様……ジャンヌ……!」
ジルの胸の奥に澱んでいた黒い狂気が、彼女の涙と温もりによって、光の中へと溶けるように消え去っていく。
パテーの荒野は今、血塗られた戦いの地ではなく、一人の男の魂を救う「救済の聖地」へと生まれ変わったのだった。




