第13話 天才鍛冶師の少女から新たな剣を託される
異世界帰りの元勇者――天城湊。
その言葉が世間へ広まるまでに、一日さえ必要としなかった。
渋谷第三ダンジョンから生還した翌朝には、俺が災害級魔物を両断した映像が国内のニュース番組で繰り返し放送され、昼になる頃には海外の配信サイトにも翻訳付きで転載されていた。自宅周辺には以前を遥かに上回る数の報道陣や配信者が押しかけ、道路には警察と探索者協会が設置した規制線まで張られている。
テレビをつければ専門家を名乗る者たちが俺の正体について議論し、スマートフォンを開けば、俺が異世界で魔王を倒した証拠を求める声と、すべてが演出だと断定する声が際限なく流れてくる。
ただ、その中で俺が最も気にしていたのは、世間からの評価でも国家最高機密への指定でもなかった。
「やっぱり、完全に折れてるな……」
探索者協会本部の応接室で、俺はテーブルに置かれた初心者用の剣を見つめていた。災害級魔物を倒した際、限界を超える魔力を流し込んだ刀身は根元から折れ、残った部分にも無数の亀裂が走っている。三万八千円という価格を思い出すたび、胸の奥へ鈍い痛みが刺さった。
「それだけの損傷で済んだことを喜ぶべきです」
向かいに座る黒瀬さんは、俺の感情など理解できないと言いたげに眼鏡を押し上げた。
「通常の探索者用武器へ、あれほどの魔力を注ぎ込めば、使用者ごと爆発していても不思議ではありません。むしろ製造会社からは、初心者用の剣が災害級魔物の討伐に耐えたとして宣伝に利用したいと連絡が来ています」
「でも、もう使えません」
「論点はそこではありません」
黒瀬さんは疲れたように息を吐いたが、俺にとって武器を失ったことは重大な問題だった。素手でも低級魔物程度なら倒せるものの、配信中に拳で魔物を粉砕し続ければ、剣を使う以上に恐ろしい人物だと思われるかもしれない。
「そのため、本日はあなたに新しい武器を用意しました」
「本当ですか?」
「正確には、用意したいと言って聞かない方を連れてきました」
黒瀬さんが扉へ視線を向けると、まるでその言葉を待っていたかのように応接室の扉が開いた。
現れたのは、俺より一回りほど小柄な少女だった。
年齢は十八歳前後。腰まで伸びた赤褐色の髪を高い位置で結び、白いシャツの上から黒い作業用エプロンを身につけている。腰には工具の入った革製のベルトを巻き、少女らしい整った顔立ちとは不釣り合いなほど、両手には鍛冶仕事でできた硬い痕が残っていた。
「あなたが天城湊?」
少女は挨拶もなく俺の正面まで歩いてくると、品定めするような鋭い眼差しを向けてきた。
「そうですけど」
「手、見せて」
「手?」
「いいから」
言われるまま右手を差し出すと、彼女は俺の指や掌を躊躇なく掴み、剣だこや関節の状態を一つずつ確かめていった。少女の指先からは僅かに鉄と油の匂いが漂い、その扱いには人間を見るというより、素材の品質を確認する職人のような遠慮のなさがある。
「十年以上、毎日剣を振った手ね。それも型だけじゃない。数え切れないくらい実戦を経験してる」
「分かるんですか?」
「鍛冶師を舐めないで」
少女は俺の手を離すと、今度は折れた剣を持ち上げ、刀身に残った魔力の痕跡へ目を細めた。
「これに流した魔力量、普通のS級探索者の数十倍はある。それでも爆発させず、斬撃へ変換してる方が異常だけど」
「少し多く流しすぎました」
「少し?」
初対面だというのに、黒瀬さんと同じような顔をされた。
「彼女は御剣朱音さん。国内最大手の探索者武器メーカー、御剣重工の令嬢であり、史上最年少で特級鍛冶師に認定された人物です」
「令嬢って呼ばないでください。私は親の会社とは関係なく、実力で認定を取りました」
朱音は不満そうに黒瀬さんを睨んだあと、背負っていた細長い箱をテーブルへ置いた。厳重な金具を外し、ゆっくりと蓋を開く。
その瞬間、応接室の空気が変わった。
箱の中に収められていたのは、夜空を固めたような漆黒の刀身を持つ一本の長剣だった。刃の中心には青白い紋様が脈打つように刻まれ、柄には赤黒い魔石が埋め込まれている。外見の美しさだけではなく、剣そのものが意思を持って呼吸しているかのような、異様な魔力を放っていた。
「世界で唯一確認された、黒竜種の牙と心臓核から造った試作品。《黒天》よ」
俺が柄へ手を伸ばした瞬間、刀身に刻まれた紋様が激しく発光し、部屋全体を震わせるほどの魔力が噴き上がった。黒瀬さんが反射的に身構える中、朱音だけは驚くどころか、待ち望んでいた答えを得たように瞳を輝かせている。
俺は剣を持ち上げ、軽く魔力を流した。
初心者用の剣なら亀裂が入るほどの量だったが、《黒天》は静かな共鳴音を奏でただけで、流し込んだ力を余すことなく刀身へ巡らせていく。
「これは、いい剣ですね」
「当然よ。今まで誰が握っても拒絶して、魔力を吸い尽くしてきた問題作だけど」
「それを先に言ってください」
「でも、あなたには懐いた」
朱音は剣ではなく俺の顔を見つめながら、一歩だけ距離を詰めた。その表情には職人としての興味だけでは説明できない、未知の存在を見つけた高揚と執着が混じっている。
「決めた。私があなた専属の鍛冶師になる」
「いや、まだ何も頼んでいませんけど」
「拒否しても無駄よ。あなたが本気で振るっても壊れない剣を造れるのは、世界で私だけなんだから」
そう言い切った朱音は、初めて年相応の少女らしい笑みを浮かべた。
その日、俺は新しい剣を手に入れた。
同時に、一度決めたら絶対に譲らなそうな天才鍛冶師まで、なぜか俺の探索者人生へ加わることになった。
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