やっと半歩 まぁ……革命前夜かしら
纏わりつく異物を叩き落とすお隣さんを他所に、
煤の線をなぞる指の腹が何かを呼び起こしていく。
拝啓、どうちゃら、こうちゃらと存じます。
この度は、えーっと――うん……読めない。
「学校、行っときゃ良かったな」
やっぱ、剣だけじゃ生きていねぇな。
「ある程度わかってりゃ、じゅうぶん?」
身綺麗さを絵に描いたような相手に同意を求めたところ、未知数の可動域を持った首の曲げを披露、引き続き――到底及ばぬ美麗な綴りの一切を追う。
ふむふむ。
何処ぞの片田舎から物資不足の催促だな。
にしちゃ胡座描くみてぇな随分な落ち着きがあるというか、焦りを節々に醸し出されていない気が。
そして、浮かべた疑問符から手紙への回帰を遂げ、
星歴66年2月3日
幼馴染より
その終わりの一文を目にした。
は?
んで。
わざわざ……。
あっ。
ようやく脳みそが仕事した、そんな瞬間だった。
また、不意にあの天を仰ぐ。
あの星空は、この光は君と見ていたのか。
残念ながら、今の夜明けじゃ見えそうにないが。
「あっ、まだあった」
追伸、必要であれば道中の案内はこのアレスに。
帰巣本能がありますので、私たちの故郷まで――その一切をお申し付け下さいますようお願い致します。
…………。
「ハッハハ」
今、オレはどんな顔をしてるんだろうか。
この、嘘みてえな現実を――目の当たりにして。
いや、今はただ、淡々と揃えていく。
段々とあの頃に全てが戻るように。
関節部の痛み訴える籠手ハメ、異常な接触から蒸れを放つこと待ったなしの鎧を体中に取り付けて、
色んな意味でややキツめな旗マントを背負って。
「剣は――」
もう、必要ない。
「アレス――お前は先に行ってろ」
小さく頷き、静かに飛び立っていく。
「また、後でな」
要るモン詰め込んだ軽めな手荷物を肩に下げ、もう見納めのちっとも名残惜しくねぇ部屋へ振り返る。
もうココに戻ることはないだろう。
いっそ、退路を断つか。
なーんて、火を付ける気までは起きなかった。
念のためね。流石にね。万が一ね。
でもっ。
こんなモノだらけの空間な上にあの棚近くで、手荷物背負って踵を返したのが悪かったんだと思う。
オーブにぶつかった。
「あ」
そして、まるで魔法のようにパッと燃え上がり、水かけるだけじゃ手に負えないくらいの火葬場に。
オレの身分証も関係なく炎に呑み込まれてゆく。ただ、その場を後にした。
せっかくだから不完全燃焼なんて起こんないように、我が家の前で黒焦げになるまで見守ることに。
にしても、「よく燃える……」
「あらやだ、夜逃げ? それにしては大分、明るいようだけど」
先ほどのご近所さんが野次馬に化けて出てきた。
井戸端会議のネタを仕込みに見物かしらね。
「ま、そんなところですよ」
「最初のうちはってよく言うけど、これじゃあもう後悔したって引き下がれそうにないわねぇ」
仰る通り、戻れるんもんなら過去に戻りたい。
「古い建物だっただけに朽ち果てるのも早いわー」
「えぇ、想像以上の展開です」
「この勢いだと周りにも燃え移っちゃいそうだけど。あら、マントにも」
「ご心配なく」
徐に、マントを腕に覆わせ、力強く振り払う。
たったそれだけで、一件落着。
「まぁお見事」
だが、同時に我が家は完膚なきまでに瓦解した。
既視感の連続だな。
「ね、言ったでしょ。フッと、まるで今の奴隷たちの起こす革命の火みたいなに簡単に消えるんです。きっとこの国もそう遠くないうちにこうなりますよ」
「世が世なら火炙りでしょうねぇ、そのお言葉」
「糾弾しなきゃ、ソチラさんも燃やされますよ」
「もう――燃え尽きた後でしょう?」
「何、言ってんです。この前の革命の火だって、鎮火剤として使われたのは、紛れもないこの俺ですよ」
「あら、そうでしたね」
「じゃ、そろそろ失礼します」
「どちらへ?」
「火の届かない遠いトコロ」
「もう夜明けよ」
「だから行くんでしょうが」
「まぁ……革命前夜かしら」
この国に、そんな価値はねぇよ。
「お気を付けてー」
洒落た捨て台詞のおばさまに見送られ、何もかもうまく旅立てるのはいいものの、心残りというか、胸の奥底にモヤが掛かってんだよなぁ、
「メリスの奴、まだ待ってんのかな」
腐れ縁ってのかな、なんか言っておきたかったんだと思う。
オレは故郷のことを振り返りながら、
ちょっとした寄り道に出かけた。
よく、アイツと暗くなるまでふたりで遊んで、日が落ちる前の透き通った水路を傍らに田んぼ道を、手ェ繋いで肩を並べておんなじ歩みを進めていた。
「ン?」
道を変えたせいで前方に過去の遺産に縋りつく、救いようのない――。
もう終わりだよこの国。
でも、今はもう引き返す気なんてサラサラなかった。
ただ、前へ。
緩慢に背を覗く連中を我ながらまるで意に介さず、手を握りしめ、空っぽな入れ物に拳を繰り出した。
「「っ、あああ!!」」
その情けない悲鳴を鼓膜に響かせるためだけに。
結構、悪くなかった勇者像は大地に崩れ落ちる。
「っはは。あっはっはっは!!」




