半歩先 ハッ、懐かしいな
何処からともなくそよ風が渡る。
積み重なった牙城は角ばった鈍い音を立てて崩れてゆき――オレの手元にとあるモノを運んできた。
「絵本?」
表紙の幼い子らを虜にする可愛らしくとも強かな絵柄に、負けず劣らずのタイトルに目を奪われた。
伝承の剣と勇者ーーーの冒険。
でもこれはたしか、誰かにあげたはず。
昔ならでは本の古臭さの具体例の一つも上がらず、栞はあの頃のまんま。破れず、朽ちず、色褪せずだ。
おまけに裏面を翻すと著者は新文字に化けている。
こんなだったっけ。
新作かな。
「ハッ、懐かしいな」
今では簡単に軽く指先でページをめくっていくうち、大まかなストーリーが独りでに頭ン中に蘇る。
王様のお城の頂点ではためく旗は焼け落ちる。新たに君臨した、咆哮放ち邪悪を極めし龍によって。
駆け付けた従者、ーーーは独り戦いに挑むも、あまりに強大なチカラの前に倒れ、お姫様が連れ去られていくのをただ見上げることしかできなかった。
そんで主人公はなんやかんやで伝承の剣に選ばれ勇者となり、皆とお姫様を救いにいくんだよなぁ。
「あ」
あれ、この家って、こんな感じだったっけ。
……。
熱が上る。
小指の厚めの皮に覆われた余計な肉の切れ端まで、身体中を眩く駆け巡る血液の循環を実感する。
そして、それはオレに不思議と全開となった窓を閉ざし、迷いなく刃剥くナイフを握りしめさせた。
バンッ!
なにかが、背後の窓ガラスに激しく叩きつける。
それ以外にない謎の正体に、蒼く色濃い光の粒子を纏う鋒は、空虚で辛うじて留められてしまった。
…………。
アチラは、どうなっただろう。
好奇心の赴くままに振り返れば、「!?」
一度の衝突に懲りず、又しても暗影の飛翔体は舞う。
ココの何処にも、光は無いっていうのに。
デカめなお邪魔虫がド派手に窓をぶち破り、もげにもげた羽根と織り交ぜた粉雪さながら撒き散らす。
思わず体飛び跳ね、壁の際の際まで後ずさった。
だが、今日一、綺麗で美しい光景であったのは、
「――!?」
言葉にも出ないほど明らかだった。
「お、おい、大丈夫かっ」
そう絵本の始まりは、約束の鳥が主人公の元へ。
約束、そうだ。オレは約束したんだ。
今はもう此処にいない、ずっとそばにいた、
でもっ、死んだ……のか?
バサッ。
そんな息も吸えぬ重苦しき沈黙を、空さえ切り裂く両の翼を広げんとした羽ばたいて、姿を露わに。
一羽の鳥が、素朴な机ン上に、舞い降りた。
「ア――――渇きを求める渡り鳥」
まるで、別世界からの贈り物のようだ。
ちょうど、オレの髑髏くらいのサイズ。
全体的に淡く透き通った青みを羽織りつつ、腹の水気の無いモコモコ部分は炎が燃え上がり、収まりの良い両翼を畳んだ頭の先端は目の虜の黄金色だ。
そして、吉兆と名高い所以。
ドスグロよりも真っ黒な中央の瞳を囲うように、オレの低賃金、重労働、人権無視の三剣士に並ぶ、
背中の胸の羽毛が溶け込んだようなムラサキに、
火から爆ぜて散りゆく火種の一瞬の輝きのオレンジ、本来、交わらない外衣と髪飾りが換毛気により、偶然の産物となって染み出したミドリの三種の神器。
宝石のように、砕けたカタチの欠片の鋭い眼光。
いつ見ても、惚れ惚れする。
ン、目元に鱗みたいなのが、気のせい。か?
その眼差しに類する、自由の象徴たる翼。加えて小鳥は容易く魔物でも貪れちゃう尖る嘴に、逆さで断崖絶壁にぶら下がれちゃう頑強な鉤爪と足、足?
足に、手紙が括り付けられていた。
「オマエ……」
猛禽類に、引けを取らぬ立ち居振る舞い。
けど、初対面の少し手荒な接触にも一切の抵抗の意志を見せず、堂々と仁王立ちを決め込んでいる。
そこら中に羽根が落ちているし、なんなら今もふわふわと空中遊泳楽しんでるヤツも結構あるんだ。
もう相当、弱ってんだろう。
切れ味のある枯れた木の根みたいな足から、魔術因子の組み込まれた紐の結び目を解いて、ほどき。
尾を引く痛みを伴って掌に引かれた線を増やし、無駄に切り拓かれた溝は紅色の液体が流れていく。
「イ」
なんかめっちゃ血塗れになって、
「痛え」
目当ての品を、ようやっと手に入れた。
もう、手紙は真っ赤っか。
どっちのかもわかんねぇな。
そして、満を持して、目を向ける。
表紙の宛名には、こう記されていた。
5代目勇者様へ。
と。
咄嗟に、一番輝く欠けた月を見た。
「――――――――――――」
よな。




