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19.空回り

「あなた、一体ベアトリス様とどんなお話したの?」


 侍女たるもの、主の情報は守り通せ――。


 つい今しがたそう言った口で、エリーズがアリスに尋ねた。


「……ええと……、ド、ドレスのアレンジなどのお話です。先日のピンクのドレスにつけた布薔薇を、どのように作ったのかと、とても興味をお持ちでした」

「そう。そうね、あれは可憐なベアトリス様にとてもお似合いだったわ」

「とても好評だったと、お喜びでした」

「そう。――最初にも言ったけれど、あなたは侍女とは言っても小間使いのようなものよ?わかっているわね?」

「勿論です」


 アリスはそう応えながらも、ベアトリスの忠告にホッとしていた。

 エリーズにきっと詮索されるから、その時はこのように応えるようにと、予め言われていたのだ。それを聞かされずにこの質問を受けていたら、口ごもっていただろう。

 エリーズを始め、ベアトリスの侍女は三名いる。アリスは四人目の侍女だった。確かにこれだけ人数がいると、身の回りのことはまかなえる。

 アリスが正式に侍女になるのは、新しい年を迎える、ブラン盛月一の日だが、その前に侍女教育を受けていた。


「ああ、もう。本当に心配。この一年で一番忙しい時期に新人なんて――。なにも粗相をしなければいいけれど……」


 そこまで言われると、アリスの所為ではないのだが、なんだか申し訳なくなってくる。

 椅子の上で身体を小さくさせると、エリーズは大げさにため息をついた。


「近々、年末の挨拶周りがあるの。王族の方々のところに、この一年お付き合いのあった方々がご挨拶にいらっしゃるのよ」

「はい」

「今、ラウル殿下は国境視察に行ってらっしゃるけれど、挨拶周りには間に合うようお帰りになるそうよ。だからつまり――」


 エリーズがぐっと顔を近づけたので、アリスは思わずのけ反った。眉間に皺が寄り、厳しい表情をしている。


「ラウル殿下の侍女たちと、顔を合わせることになるのよ!絶対に舐められちゃダメよ!」

「は、はいぃ!」


 こんなにも怒らせるとは、アリソン・フォンテーヌ侯爵令嬢とやらは、一体なにをやらかしたのだろう。

 名前のよく似た彼女のおかげで、アリスは王宮ここにいるわけだが、今こうして名前を聞くことになるとは、なんともおかしな縁だ。

 アリスはまだ見ぬアリソンを思い、肩を竦めた。



 * * *



 国境の視察も滞りなく終え、ラウルは王都へと向かっていた。

 リュカの報告通り、月の出ていない気温の低い夜、濃い霧が発生して視界が悪くなる場所があった。早い内にその場所に見張り小屋を建て、一晩中松明を掲げるよう指示した。

 早い抜擢となったリュカではあったが、近衛ヴィオレ隊に入っても、物怖じすることはなく、隊員たちに受け入れられた。以前、一緒に湾岸警備にあたっていた、元同僚が参加していたことも大きいかもしれない。

 王都に向かう帰り道、ラウルのそばをその元同僚ロジェ・カンタールが警護していた。


「殿下。次の街で、馬を休憩させましょう」

「そうだな」

「では、先頭にそのように伝えます」


 気持ちはもっと急ぎたかったが、無理はよくない。このままのペースでも、予定通り王都には着くことができるだろう。

 ラウルの返事に、ロジェがホッとしたように頷き、後方に指示を出す。

 もしかしたら、焦りが顔に出ていただろうか。

 アリスから離れ、頭を冷やさなければと思って決行した視察だったのに、眠る時思い出すのはアリスの顔だった。

 動いている日中は引っ込んでいてくれるのに、休もうとすると、ふっと浮かんでくる。無理矢理眠っても、夢に見るのは、最後の光景だった。

 見上げる潤んだ瞳、気づかわし気な声、温かな頬――柔らかな唇。

 手を離したら、すぐに逃げてしまった。

 その直前の表情が、ラウルの脳裏にこびりついで離れないのだ。

 驚いたように目を丸くしたかと思うと、次の瞬間、顔を真っ赤にして今にも泣き出しそうに歪んでしまった。

 その表情の意味が読み取れなかった。

 急ぎすぎた自覚はある。

 想いは……届いただろうか。

 本当はすぐに後を追いたかった。だが、人が歩いてくる気配を感じ、足元に落ちた指輪を拾いあげる。

 男物の指輪が、まるでラウルに警告しているかのように、月明かりに光った。


 先頭の騎士が適当な店を見つけ、奥の部屋を貸し切りにしていた。

 ラウル率いる近衛ヴィオレ小隊がやって来たとあって、主人はご機嫌だ。


「おやじ、温かい飲み物と、なにか軽食はあるか」

「はい!ございますとも。すぐにご用意致します」


 案内された奥の部屋は、団体客用だろうか、大きく立派なテーブルが中央に置かれていた。

 急いで火を入れたのだろう。暖炉の中で炎が赤く激しくうねっているが、まだ部屋の中はひんやりとしていた。


「殿下、マントをお預かりします」

「ああ」


 ロジェがマントを受け取り、雪に濡れたマントを暖炉で乾かすために広げた。

 カツン。

 乾いた音がし、ラウルがその音の正体に気づいた時には、よく磨かれた床の上をコロコロと転がっていき、リュカのブーツの当たってようやく止まる。


「も、申し訳ありません!」

「いや、大丈夫だ」


 ゆっくりとした仕草でリュカが指輪を拾う。


「――なぜ、これを殿下がお持ちなのですか?」


 低い、地を這うような声が絞り出された。

 いつも微笑みをたたえている天使のような顔からは、表情が抜け落ちていた。


「リュカ。どうした」


 普段と違うリュカの様子に、他の騎士は驚いている。

 場の空気を変えようと、ロジェが明るく「おや、殿下もお守りの指輪をお持ちなのですか」と口を挟んだ。その言葉に反応したのは、ラウルだ。


「お守り?なんのことだ?」

「え?殿下ご存じではないのですか?ああ、これ男ものですもんね」

「拾ったんだ」

「そうなんですか。最近、貴族の間で流行っているのですよ。未婚の男女がまだ会わぬパートナーの代わりに、これをお守りをして持つのです。俺も持っていますよ」


 ホラ、と首元から出したのは、リュカが持っているものよりも幅のある、表にも装飾がついたものだった。


「母親が送ってくれまして。内側にはメッセージが彫られているのですよ。俺のは、『神のご加護がありますように』です。どうしたんだ、リュカ。変な顔を――あれ?お前の物と同じデザインではないか?ホラ、おばあ様が送ってくれたって言う――」

「うるさい!今はそんな話じゃない!」

「リュカ!殿下がいらっしゃるのだぞ!口を慎みなさい!」

「いや、いい」


 リュカを咎める声に、ラウルが手を挙げてそれを止める。そして、その手をそのままリュカに向けて手のひらを差し出した。


「リュカ。それをこちらに」


 だが、リュカは指輪を手のひらにぎゅっと包み込む。


「殿下、なぜこれをお持ちなのですか?」


 同じ問いかけが再び口にされる。

 最初と違っていたのは、声が震えていたことだ。


「拾ったんだ」

「なら……!これは俺が――!」

「いや、俺が直接渡す」


 ラウルの言葉に、リュカの顔が泣きそうに歪んだ。


『直接渡す』


 この言葉が、ラウルがアリスの存在を知っていること、手渡しできる程の親しさであることを意味していた。


「リュカ。殿下にお返ししろ」


 渋々と手のひらを開くと、指輪をつまみ、ラウルの手に乗せる。

 ポトリと落とされた指輪の感触を手に感じると、ラウルはそれを胸ポケットに入れた。


「どうして……どうして、殿下なんですか……」


 絞り出すような声がリュカから漏れた。



 * * *



「ごめんね。探してみたんだけど、やっぱりここにはないわ」

「いえ。すみません、お忙しいのに。ありがとうございます」


 申し訳なさそうに眉を下げるジゼルに、アリスは慌てて謝る。

 今日の仕事が終わり、アリスは衣装部の仕事部屋を訪ねていた。

 母親からもらったお守りの指輪が、まだ見つからないのだ。

 聞いていた宿舎の食堂からも「なかった」と言われた。となると、あと思い付くのはマルセルのところか、それとも――。

 そこまで考えて、顔に熱が集まる。

 黒尽くめの青年と会った、王宮から宿舎までの道のどこかだろうか。


(あの場所も、探してみなきゃダメだよね……)


 庭園を横目に、勤め人の出入り口から宿舎に続く小道周辺と……並木の奥。

 あの日、突然の告白と口づけを受けた場所だ。

 この場所に近づくと、色々なことを思い出してしまい、つい避けてしまっていた。だが、お守りが失くしてしまったというのは、母を思うと罪悪感が襲う。

 窓から差しこむ光は、随分と紫がかっている。暗くなってからだと、見つけるのは難しい。アリスは急いで王宮を出た。


「う~ん……ないなぁ……」


 小道も、並木道も、しゃがみこんで探したが、指輪は見当たらない。

 庭園の方に飛んで行ったりしただろうか?だとしても、庭園なら毎日のように庭師が手入れをしているはずだ。なにか見つかったなら、既に拾われている可能性がある。


(そうだ。あとで、庭の管理をしている部署にも聞いてみよう)


 日は落ち、視界が悪くなった。これからマルセルのところに行くのは気がひける。

 今日はここまでにするしかないか……と、捜索を諦めて立ち上がった。その時、小道を歩く人影が見えた。


「……あっ」


 その人物は歩くのが早く、アリスが小道に出た時には後ろ姿だった。見慣れた後ろ姿に、ドクンと胸が高鳴る。

 闇に溶け込みそうな長めの黒髪に、すらりとした長身に黒尽くめの恰好。マントを羽織っていたのがいつもとは違うが、ここ最近の冷え込みから、着ていてもおかしくないものだった。そしてなにより、大きな手には、アリスがマルセルに預けた干し柿のペースト瓶が握られていたのだ。


(帰ってきたんだ……!)


 思わぬ遭遇に、心臓がうるさいほどに飛び跳ねる。出発前の話では、二十日程かかるということだったが、予定より少し早い。

 仕事が早く終わったのだろうか。見たところ、どこも怪我はないようだ。アリスはホッと安堵のため息を吐いた。

 黒尽くめの青年は、アリスに気づくことなく、スタスタと歩いて行く。アリスは慌てて声をかけた。緊張からか、喉に貼りついておかしなかすれ声しか出なかった。


「あ、あの……っ。お、おかえり、なさいっ」


 本当ならば、名前を呼びたかった。きれいな恰好で、きちんと出迎えたかった。だが、もうそんなことはどうでもいい。アリスは走り出した。


「ん?」

「え?」


 振り返った顔を見て、慌てて足を止める。

 鼻から口にかけても、黒い布で覆われていたが、わずかに覗く目元を見ただけでも、彼ではないことがわかったのだ。

 アリスの高まった喜びが、瞬く間にしぼんでいく。


「あ……ごめんなさい。人違いでした……」

「ふむ……。誰と間違えたのかね」


 布越しの、少しくぐもった声は、彼のそれよりも随分と渋く、低い。

 は、と目元を見ると、そこには経験を語る皺と、年を重ねた深い瞳があった。

 思っていたよりも年配の男性だ。それを知ると、なぜ彼と間違ってしまったのかと不思議に思うほど、目の前に立つ男性には威圧感があった。


「ええと……、名前は……知らないんです」

「名を知らぬと?」

「……はい」

「名も知らぬ男を待っているのか?」

「……はい」


 会えると思って期待が高まった分、彼でなかった現実が悲しい。そこに追い打ちをかけるように、言い聞かせるように静かに尋ねる深い静かな声が、アリスの中の恋しさに染み入った。


「好いているのだな」

「……はい」

「その名も知らぬ男の正体が、なんであっても揺らがぬか?」

「はい」

「ふむ……。良いことを教えてあげよう」


 心を見透かすかのようにじっと見つめていた瞳が、少し細められた。これだけで、随分と男性の雰囲気が柔らかくなる。


「良いこと……ですか?」

「待ち続ければ、待ち人は来る。想い続ければ、想いは通ずる。信じ続ければ、道は開かれる。どんなことにも動じず、全てを受け入れれば良い」

「はあ……」

「君はとても良い目をしている。君に会えて良かったよ。直接礼も言えるしな」

「はい?」


 一体男性がなにを言っているのか、途中からわからなくなっていた。

 全てを受け入れるとは、どんなことにも動じないとは、なんのことだろう?それに、男性の言う礼とは――。


「あの、なんのことですか?」

「これだよ。懐かしい味を楽しめそうだ。ありがとう」


 男性は嬉しそうに、手にしたペースト瓶を揺らして見せた。


「え、あの……これ、どうして私が――」

「シーッ。ほら、人が来るよ、アリス」

「えっ?」

「またすぐ会うことになる」


 王宮の方から人の話し声が聞こえた。外はすっかり夜になっている。仕事を終えた勤め人たちが宿舎に戻るのだろう。

 何人かはアリスの顔見知りで、軽く挨拶をする。そして視線を戻すと、そこにはもう、男性の姿はなかった。

 なぜ、男性はアリスの名前を知っていたのだろう。それに、ペーストを作ったのがアリスということも。


(あの青年から頼まれたペーストを持っていたってことは……彼の上司かなにかかしら?)


 アリスは不思議そうに首を傾げながら、王宮の自室に戻った。


 

 


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