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20.遭遇

 とある日の朝の準備中、やけに皆がソワソワしていることに気がついた。それはなんだか、リュカが王都に戻ってきた朝に似ていた。

 ベアトリスの侍女に選ばれた令嬢は、エリーズをはじめとして、容姿も所作も優れていた。そんな彼女たちだから、勿論この日も手際よくベアトリスの世話をする。

 顔を洗うための湯の温度を確認し、目覚めの濃い紅茶を用意する。鏡台には化粧品が使用順に並べられた。完璧である。だが、そんな彼女たちの様子が、どこか明るく華やかなのだ。


(うーん、今日はなんだったかな……)


 ベアトリスの夜着が入れられたカゴを持ったアリスが部屋を出ようとしたところで、エリーズに引き止められる。


「アリス、その前にちょっとこっちを手伝ってちょうだい」

「あ、はい」


 カゴをまたチェストに置くと、アリスはエリーズの後に続いた。

 続き部屋の向こうは、寝室だ。天蓋のついたベッドは、ベアトリスひとりで眠るには大きすぎるほどだ。ベッドの他には、猫脚の曲線が美しい小さなが丸テーブルと、お揃いの猫脚がついたクッションの分厚い椅子がある。その他にも壁際には飾り棚とカウチソファがあり、さすがの豪華さだ。そのカウチソファには、青と黄色のドレスが広げられていた。これは、今日の候補だ。二着程用意をし、ベアトリスに選んでもらうのだ。

 エリーズは豪華な寝室を素通りすると、更に奥にある部屋のドアに手をかけた。そこには、ベアトリスの衣装部屋がある。ドアを開けると、そこは色の洪水だ。赤や水色、淡い緑に明るいオレンジと、様々な色やデザインのドレスがところ狭しと掛けられていた。ここには初めて入るが、短期間だったとはいえ元衣装部としては、興奮を抑えるのが難しかった。ベアトリスはドレスのアレンジを手伝って欲しいと言うが、アリスの案など必要ないのではないかと思うほど、素晴らしいドレスばかりだ。


「ちょっと。なにぼうっとしているの」

「すごい、素敵なドレスばかりですね!」

「ベアトリス様のドレスだもの。国内最高の生地を使って、高級店で一番腕の良い職人に作らせているのよ。当然よ」

「はい、本当に素敵です」

「そうでしょう?わたくしとしては、あなたの手を借りる必要もないと思っているのだけれど。まぁ、ベアトリス様のご希望なのだから仕方ないわ」


 チクリと刺すような言葉に、アリスは苦笑した。

 ベアトリスの侍女仲間は、なかなかアリスを認めてくれない。侍女になることを知ったマリアたちからも、先輩がたからの風当たりは強いだろうと忠告されていたが、実際に体験すると、受け入れられないという事実は結構堪える。

 仕方ない。これまでが幸運すぎたのだ。

 アリスには、一生懸命働くことでしか、信用は勝ち取れない。

 幸いにも、ベアトリスはアリスを必要としてくれている。侍女としてというよりは、マルセルに近い人物としてだけれど、ベアトリスの人となりを知ってからは、アリスも心から彼女に仕えたいと思った。ならば、アリス自身が頑張って他の侍女に認めてもらわなければ、ここにいられなくなってしまう。

 

「コレとコレを持っていくから、あなたこっちを持って。ああ、繊細な生地だから気をつけて」

「はい」


 アリスが持ったのは淡い緑色のドレスだった。

 薄く繊細な生地が幾重にも重なったそれは、雲のようにふんわりしているが、持ってみると思いの外ズシリと重みを感じる。それもそのはず。よく見てみると、身体にピッタリ添うデザインの上半身には、明るい緑色の宝石が散りばめられている。こんな贅沢な作りのドレスを見たのは、初めてだった。

 いつもなら、二着程の中からベアトリスが選ぶ。それも、こんなに肩が凝りそうな重くきらびやかなものではない。


「今日は挨拶まわりがあるから、とびきり素敵に仕上げなければ」


 そう言えば、今日は年末の挨拶まわりの日だった。そんな空気が伝わったのか、エリーズが顔を顰めた。


「なによ。あ、みたいな顔をして。まさか、忘れていたんじゃないでしょうね?」

「い、いえ。そんなことはありません」


 慌ててヘラっと笑う。

 正直、忘れていた。

 初日にいきなりベアトリスとふたりきりにされた時は、この先一体どうなるかと思ったものだが、それ以来特に呼び出されることはない。それどころか、最初エリーズに宣言された『小間使い』としての待遇が待っていた。朝は夜着を洗濯室に持って行き洗濯する。お茶の時間が近づくと、簡易キッチンで茶器とお湯の用意をする。必要なものを取りに、王宮中にお使いに出る。アリスの生活は、ざっとこんなものだ。実は、ベアトリスともあれから顔を合わせていない。


(お会いすることもないのに侍女とか、嘘みたいだわ……)


 こんな日常なものだから、年末の一大イベントなのだと言われても、ピンとこない。アリスは通常通り小間使いに徹底するのみ。一応、話では挨拶まわりの祭、近くに侍女が控えるそうだが、アリスが選ばれるはずがないのだ。


「まったく。しっかりしてちょうだい。さ、これをそっちに運んで。カウチソファにかけておいてね」

「はい」

「あとはベアトリス様に、挨拶まわりでお召になるドレスを決めていただいて……。さぁ、忙しくなるわよ!」

「はいー」

「ドレスをかけたら、夜着を洗濯室に持っていって。今日は洗わずにすぐに戻ってくるのよ?朝食に同行してもらうから」

「えっ?」


 あれからベアトリスと会うことがないなぁ、などと思っていたら、突然朝食の席への同行を命じられた。しかも朝食の席に行くとなると、他の王族の方々もいらっしゃるのだ。


(そんな……突然!)


 勿論、心の準備などできていない。どうしよう!と内心焦っていると、エリーズが淡々と続けた。


「仕方がないわ。わたくし達は挨拶まわりの準備があるの。ラウル殿下も昨夜のうちに王都にお帰りになったし、気合を入れなければならないのよ」


 ラウル殿下が……。今朝の浮足立った雰囲気は、それが原因だったようだ。


「ラウル殿下ですか。お目にかかるのは初めてです」

「勘違いしないでちょうだい。あなた、朝食に同行するとは言っても、あなたは部屋の外よ。中にはサラがご一緒するから」

「は、はあ」


 嫌われたものだなぁ、とぽりぽり頬を掻く。それに、アリスはラウルに興味はない。

 ベアトリスの話では、よく抜け出していたのは女性が目的ではなく、マルセルだったようだから、女好きの疑いは晴れたものの、なにしろ接点がない。憧れようにも近づこうにも、相手は雲の上の存在だ。


「嫌だわ……。一家揃ってのこういう行事が一番嫌い」


 朝食に向かう際、ふたりきりになったタイミングで、ベアトリスがため息を漏らした。

 今朝衣装部屋で用意した行事用のドレスは後で着替えるらしく、今はもっと動きやすい普段使いのドレスを着ていた。こんな時、高貴な方々は大変だなと思う。行事や会う相手によって、日に何度も着換え、宝飾類も取り替え、化粧も髪型も変える。それもまた務めなのだろうけれど、男性はともかく女性はひとりで出来ないため、着替えひとつとっても大仕事なのだ。


「さすがにもう慣れたわ。それに、着替えて化粧をやり直すことで、気持ちも切り替えられるし、いいこともあるのよ」

「そんなものですかー」

「でも、それとドレスを着こなすのはまた別よ。色々と研究はしているのだけれど、まだ仕立て人の提案に流されて失敗することがあるわ。実は、憂鬱なのはそれもあるのよ」


 挨拶まわりのドレスには、アリスが運んだ淡い緑色のドレスに決まった。とても華やかで個性的なドレスは、人々の目に留まること間違いないが、確かにベアトリスの良さを引き立てるものとは言えなかった。とても華奢なベアトリスに、ふわふわと膨らんだスカートはともかく、体の線が出るピッタリとした上半身のデザインは細さが目立ってしまう。しかもあの宝石の量。あまり動かないとはいえ、終わった頃にはグッタリと疲れてしまうだろう。


「アリスは着飾るのはあまり好きではないの?」

「得意ではありません。貴族の出とはいえ、両親は隠居の身で、少ない使用人と一緒に森の近くでのびのびと育ちましたから」

「いいわねえ。わたくしも郊外の離宮でたくさんの自然に触れるとホッとするわ。でも、使用人が少ないと不便ではなくて?」

「確かに自分でやらなければいけないことは多かったのですが、私はそれが普通だったので……」


 王宮勤めになって驚いたのが、アリスが普通だと思ってやってきたことが、普通ではなかったことだ。

 防腐剤作りや、馬の世話、柿から渋を抜くことも、誰もやったことがないと言う。


「大変なこともありましたけれども、役に立つこともありますよ。例えば布薔薇の作り方も、長く仕えてくれていたメイドに教わったのです」

「まあ、そうなの。ねえ、アリス。次の、新年の舞踏会のドレスはアレンジをしてね」

「はい!」


 新年の舞踏会は、ブラン盛月の最終日に行われる。まだ二十日ほど時間がある。候補のドレスが決まっていれば、アレンジを加えるのは充分可能だ。

 サラがやって来て、朝食の用意がされているダイニングルームに移動する。ベアトリスを挟むようにして歩くと、居合わせたメイドたちが腰を落とし礼をした。


「ああ、今日はお兄様もいらっしゃるのだったわね」

「はい」

「久しぶりだわね。普段よりメイドが多い気がするのもそのせいね」


 可笑しそうに言うが、アリスはビックリだ。まさかそんなことで廊下での用事を率先しておこなっているのだろうか。


「そうなると……あちらは、アリソンが来るわね」

「はい……」

「時期が時期だけに、色々と面倒ねえ」

「はい……」


 返事をするサラの口調も重苦しい。アリソンとやらは、ベアトリスが面倒だと思うほどの人物なのだろうか。

 問い返していいか分からず、そのままにしていると、前方からやけに綺羅綺羅しい集団が現れた。


「お兄様……あんなにはべらせて」

「まああ……!羨ま……なんということでしょう」


 あ、羨ましいって言いかけた……と気づいたアリスだったが、勿論口には出さなかった。きっと、ベアトリスも気づいているだろう。

 前方からやって来る人々の中心にいるのは、ラウル殿下だった。アリスも自分の目で見るのは初めてだったが、確かに驚くほど美しい人物だった。

 表情のない氷の彫刻のような整った美貌に、光を放っているのではないかと見紛う程に輝く銀髪。廊下にいたメイドたちも、礼をしながらもチラチラと上目遣いで見ている。ラウル殿下の横には、夢見るような表情で彼を見上げる、白金の髪を持った人形のような少女がいた。儚げな妖精のような風貌に、思わず見入ってしまう。


「ラウル殿下……。こちらでございますわ」

「ああ、わかっているよ。ありがとう」


 ベアトリスが、はぁっと大きな息を吐いた。アリスが横を見ると、嫌そうに顔を顰めているではないか。


「なーにが『こちらでございますわぁん』よ。毎日同じ場所で食べているのだから、そんなこと知っているわ」


 語尾が『わぁん』とは聞こえなかったが、ベアトリスにはそう聞こえたのだろうか。


「まったく、お兄様も大変ね。本当に彼女と婚約するのかしら」

「ええっ。嫌ですわ!」

「サラ、落ち着きなさいな。わたくしだってあまりいい気はしないわ。でも、あのフォンテーヌ侯爵のご令嬢よ。家柄も美貌も文句なし。鳴り物入りでお兄様の侍女になったことはあなたも知っているじゃない」


 新年を迎えると、ラウル殿下の成人年となる。そろそろ生涯の伴侶を決めるだろうともっぱらの噂だ。その候補者とされるご令嬢の筆頭がアリソン・フォンテーヌ侯爵令嬢なのだと言う。

 侍女という一番近い場所に入り込んだアリソンに、他の候補者たちはサラ同様歯噛みしていることだろう。それにしても、そこにはどれだけラウルの気持ちが反映されているのだろうか。アリスはなんだか悲しくなった。ベアトリスの時も感じたことだったが、一体どれくらいの人間が、ラウルを見ているのだろう。


「お兄様。いつまでもそうしていられては、わたくし部屋に入れないのですけれど」

「ああ、ベアトリス。すまない」


 どこかホッとした声色でそう応えると、ラウルはベアトリス達に目を向けた。その瞬間、驚いたように目を見開く。その視線がなぜか自分に向けられているようで、アリスも驚いた。表情のなかった紫の目に、なにかが灯る。

 アリスはその瞳から、目が離せなかった。


「――アリ……」

「まあ、殿下。わたくしをお呼びになりまして?」


 その声に、アリスがハッと我に返る。


(び、びっくりした……。私の名前を呼んだのかと思っちゃった。アリソンね)


 おかしな勘違いをしてしまった。恥ずかしさに顔を伏せる。


(どうしてアリスがここに!?)


 ラウルは目の前にアリスが現れたことに、驚いていた。

 同時に、落胆がラウルを襲う。

 ラウルを見るアリスの目には、なんの感情も浮かんでいなかったのだ。

 黒尽くめの青年と自分は、アリスの中では別人なのだと、改めて思い知らされた。


 

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