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■第20話 一定ラインのひとり



 

 

 

リョウとサツキが愉しげに話す歩道橋へ、マドカが小走りで駆け寄った。

軽く手を上げて、緩く結んだポニーテールの髪をその駆けるリズムに

左右に揺らして。

 

 

『サツキ、お待たせー!』 マドカはサツキを見て、ニヤっと口角を上げる。

 

 

『どうも。』 リョウがどこか照れくさそうに小さく声を掛けるも、

マドカは目線をはずし僅かにペコリと会釈をしただけだった。 

リョウがマドカに目を向けるも、その顔は何故かこちらを見ない。

 

 

 

 

 『お疲れ! 今日のバイトは? 変な客とかいなかったの~?』

 

 

 

マドカとサツキが欄干に背をもたれ、並んで立つ。


気怠いいつもの制服姿と、緩いロールアップジーンズの女子高生ふたり。

途端にふたりだけの世界をつくり出すと、コントロール不能な弾けるような

女子トークがはじまり、リョウはどこか所在無く少し離れて再び参考書に

目を落とした。

 

 

『あー・・・ 今日は、またアノ変なのが来たわ。』 マドカがコンビニ袋から

いつもの野菜ジュースを取り出し、ストローを乱暴に突き刺して口に咥え啜る。

 

 

 

 『ちょっとー・・・ 気を付けなねぇ・・・?


  それって、無言でケーバンのメモ押し付けた人でしょ?』

 

 

 

サツキがあからさまに怪訝な顔を向け隣で涼しい顔をしているマドカを眇めた。


『別にー・・・ 無視しときゃいーっしょ。』 

マドカはさほど気にしていない風で。

 

 

『ストーカーとかんなられたら大変だよ!』 身を乗り出して詰め寄るサツキに

『ダイジョーブ、ダイジョーブ』 とマドカは顔の前で手をひらひら振りまるで

サツキが心配性すぎるとでも言うかのように可笑しそうに笑った。

 

 

 

すると、目の端でチラリとリョウを盗み見たマドカ。


サツキとふたりで愉しそうに笑う姿を見たら、なんだか無性に腹が立って

軽く無視のような事をしてしまい、それが気になって気になって仕方なかった。


正直サツキとの会話なんか全く集中出来ていなかった。

 

 

しかしリョウはいつもの飄々とした横顔で、少し距離をおき参考書に目を

落としている。

弱々しい月の明かりに、相変わらずのその痩せた背中はどこか人を寄せ付けない

雰囲気を醸し出している。

 

 

 

 

  (別に・・・ 気にしてなんかないか・・・。)

 

 

 

 

マドカが諦めたようにそっと目を伏せる。

無意識のうちに小さな溜息がその哀しげにつぐむ唇から落ちた。

 

 

その直後、リョウがチラリとマドカを見た。 

その視線はあまりに不安気で、弱々しい。


今夜のマドカはいつもと違う。

なんだか素っ気ないというか、全く目を合わせないし挨拶すらまともに

してくれない。

 

 

 

 

  (僕、なんか怒らすような事したかな・・・。)

 

 

 

 

気になって気になって仕方なかった。


正直、参考書の活字なんか全く集中出来ていなかった。

しかし、それを直接マドカに訊けるようなリョウではない。

マドカを怒らせたかもしれない可能性を、参考書に目を落とすフリをして

必死に考えあぐねる。

 

 

そして、更に気になって仕方ない事がもうひとつ。 

盗み聞きする訳ではないけれど、自然に耳に入ったサツキとの会話。

 

 

 

  ”それって、無言でケーバンのメモ押し付けた人でしょ? ”

 

 

 

 

 

   (へぇ・・・ 意外とモテるんだ・・・。)

 

 

 

 

リョウがコンビニに入りかけた時に目撃した長身のスポーツマンを思い出した。

親しげに話し、下の名前で呼ばれていたマドカが浮かぶ。

 

 

 

 

  (ストーカーとか言う割りには、愉しそうにしてたくせに・・・。)

 

 

 

 

ふと、リョウもマドカの連絡先を知らない事に今更ながら気が付いた。


直接顔を合わせるから必要ないと思っていたけれど、普通なら仲良くなれば

連絡先のひとつぐらい教え合うものなのではないだろうか。

 

 

”めちゃめちゃ面倒見いい ”とマドカのことを褒めていたサツキ。


面倒見の良さで色々な人に一定ラインまでは親切にしているのか。

愉しげにするのか。

笑うのか。

 

 

 

 

  (僕も、”色々な人 ”のひとり・・・か・・・。)

 

 

 

 

その時、ぼんやり俯いているリョウの二の腕がコツリ。拳でパンチされた。


目を上げるとマドカが、どこかやはり不機嫌そうにすぐ横に立っている。

厚ぼったい唇をほんの少し拗ねたように尖らせ、わずかに視線ははずして。

そして、リョウを小突いた拳を広げ、手の平のピーナッツチョコを見せた。

 

 

今夜はリョウに変な態度をとってしまっている事に、マドカの胸はモヤモヤと

くすぶり後味悪くて言葉で巧く説明できない代わりに、取り敢えず何かないかと

カバンに入っていたチョコを思い出したのだった。

 

 

 

 『ほら・・・


  また、なんにも食べてないんでしょ、どーせ・・・。』

 

 

 

いつもより低い、どこかよそよそしい感じがするマドカのその声色。

チョコを差し出すその手の平を、リョウはじっと見ていた。

 

 

 

 

  (僕も・・・ 一定ラインの、ひとり・・・。)

 

 

 

 

すると、リョウはさっと目を逸らしぼそり呟いた。

 

 

 

 『要らないです。』

 

  

 『はぁ~? 


  ちょっとアンタ、そーゆートコがダメだって! いつも言っ・・・』

 

 

 

『お節介はやめてもらえませんか。』 マドカの言葉を聞き終らないうちに、

けんもほろろに遮った。


そのリョウの声色はあまりに冷たくて機械的で、マドカのやわらかい部分を

容赦なく抉る。 そしてリョウもまた同じように己のそれに抉られた。

 

 

マドカが真っ赤な顔を向けリョウを睨む。


それは怒りよりも哀しみの方が大きい。 眇める目の奥がじんわり滲む。

しかし、リョウは足元の一点を見つめ決して目を合わせなかった。

 

 

『ちょ・・・ どうしたのよ、ふたり共・・・。』 

慌ててサツキが間に割って入った。

しかしふたりの間の険悪な空気に気圧されてしまい、何も出来ずオロオロと

うろたえる。


『帰ろう、サツキ。』 マドカが低く呟き唇を噛み締め、サツキの手首を

乱暴に掴むと不機嫌そうに甲高い足音を響かせて、歩道橋の階段を駆け下りて

行った。

 

 

リョウは目を眇め俯いていた。


握り締めた参考書が、その力にぎゅっと歪にひしゃげる。

まるで迷子の幼い子供のようにその場にうずくまり、唇を噛み締めた。

 

 

 

やり場のない想いが、溜息となって足元にいくつも零れた。

 

 

 


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