第六話 ベルナーガスへ
「……なんだか夢のようですよ」
太陽の光降り注ぐ、ウェルターの広場――。
街人達が集まっているその中心には、隣り町の様子を見に行っていた若者達がいる。
「本当に驚きました。まるで別世界に迷い込んだような……」
「富豪達がノーマンを労って家に招待してたんですよ? 信じられないです、あの光景は」
「みんな、どこもお祭り騒ぎで」
「夜通しだったよな?」
「未だに信じられないよ。俺にも酒が回ってきてさ、飲めだの一緒に暮らそうだの。怖いくらいに楽しくて」
「仕事まで回ってきているようです。余っている土地を利用して住宅地にしたり、施設を作るそうなんです。おかげで収入が得られるし」
「兵士達も謝罪の訪れているようです。……とは言っても、誰も許す気にはなれないようですけどね」
「兵士達はこれから無償の奉仕活動をするらしいですよ。立場は逆転して、もう街人以下だと、そう誰かが言っていました。それでも、彼らがしたことは絶対に許せないし、誰も受け入れはしないんじゃないかと思うんですが」
「けれど、彼らにも家族があるから……。恐らく、彼らの多くはもう退役して、故郷で静かに暮らすことになるだろうって。……その方がいいでしょうね」
「隠れていた女達も表に出てきてて。……ちょっと怖そうにはしていたけど」
「でも、何も起きなかった。大丈夫だった」
「泣いてる人がたくさんいたな……」
「ああ……」
「……もっと早ければ。……早くこういうことになっていれば……助かった命もたくさんあったはず……」
「……あの気持ち、わかるよ。……本当に」
口々に報告する彼らの表情は複雑だ。嬉しいやら、悔しいやら――。
青草の上であぐらを掻いているロバートは「ふむ……」と腕を組んで考え込み、間を置いて、複雑そうな顔で聞き耳を立てているピートとスコットを窺った。
「これは……どうやら信じてもよさそうだな」
そう訊くが、ピートは腕を組んで不快そうに押し黙ったまま。スコットも何やら考え込み、ずっと黙っていたが、顔を上げると穏やかな口調で切り出した。
「皆さんに平和が戻られたのは本当に嬉しく思います。これが続くなら、の、話しですが……」
「……続かないと?」
ロバートが訝しげに問うと、スコットは真顔のまま、軽く首を横に振った。
「正直、わたしは信用していいのかわかりません」
「けど国王はクレアちゃんが、王子が生きていると知って正気を取り戻したんだろっ?」
「だったら、クレアちゃんさえいれば大丈夫だ! この国にも平和が戻ったんだよ!」
誰かが口火を切るように囃し立てると、わっ!! と、みんなが笑顔で手を取り合う。
「あなた達のおかげだ! あなた達がクレアちゃんを育ててくれたから!」
「生きていてくれてよかった!!」
喜び合う、そんな街人達には目を向けず、ピートは渋そうな顔でまだ押し黙る。カーシュは隣から不安そうに覗き込んだ。
「なにかの作戦、でしょうか……?」
「……それはなんとも言えないでしょう」
スコットが代わりに答える。
「本気なのか、一時的なものなのか。……確かめたいとは思いますが……」
言葉を切るなり「……はあ」と深くため息を吐いて視線を落とした。
「……それには、大きな覚悟が必要になりますからね」
「……、クレア、ですか」
カーシュが真剣に問うが、街人達は笑顔で振り返った。
「大丈夫ですよ! 我々が付いてますしね!」
「もしもの事があっても国王はクレアちゃんに手出しは出来ません! そんなことしたら我々を敵に回すことになる!」
「そうそうっ。それに、これだけのことをやって今更何もないでしょうっ」
「国王もクレアちゃんを受け入れてくれますよ!」
カーシュは嬉しそうなみんなを見回して、やはり不安げに、遠くへと目を向けた。
「……、疲れませんか?」
ナナが心配そうに訊くと、ジョージは苦笑して首を振った。
ナナの家の一室――。
揺り椅子に座って裁縫をするナナと、ベッドの上、スヤスヤと眠るクレアをずっと抱いているジョージがいる。みんなが話しをしているのは知っているが、クレアにはまだ事情を話していないからそこに参加させるわけにはいかない。
ナナは針を布に刺して一息吐き、笑みをこぼした。
「クレアちゃんって、よく眠りますね。お昼寝が好きなのかしら……」
「……安らいでいる証拠です。……旅の途中ではあまりこういう事はありませんでしたから。……余程この環境が気に入っているのでしょう」
「……そう言ってもらえると嬉しいです」
照れるように微笑み、ピクリとも動かないクレアへと目を向けた。
小さな寝息を立てて、本当に気持ちよさそう――。
「……このままがずっと続けばいいのに……」
少し寂しげに呟くと、ジョージはクレアの頭をそっと撫でた。
「願えば可能でしょうが……時代が許してはくれないでしょうね」
「……。クレアちゃんには、いつ、お話しを?」
「……今日の話し次第ですぐにでも」
「……クレアちゃん、どうなってしまうんですか? ……もう、ここには……戻ってこなくなるんですか?」
「……そうですね……。……そうなるかも知れません」
寂しげに俯くナナを視界の片隅に捉えたジョージは、彼女を静かに振り返り、少し微笑んだ。
「……共に過ごせなくても、クレア様はナナのことを忘れはしませんよ。……あなたが寂しく思うように、きっとクレア様も寂しく思いますから。……その時はこっそり会いに来られるかも知れませんね」
彼の言葉にナナは少し笑ったが、心の中は違う。
――クレアちゃんがいなくなればジョージさんもいなくなる。ジョージさんは……ここから離れることが寂しくないんですか? ……離れたとしても会いに来てくれますか?
口に出すことのない言葉ばかりが浮かんでは脳裏に留まる。ジョージはそんな彼女の気持ちに気付いているのかいないのか……。
コンコン、とドアがノックされ、ナナは顔を向けて「はい」と返事をした。ドアが開き、ピートとスコット、ロバートとティモとカーシュが入ってくる。
ピートはスヤスヤと眠っているクレアを見ていつもならため息混じりに笑うところが、真剣な表情のまま。そんな彼を見てジョージは小さく息を吐き、「……そうか」と呟いた。
目で通じ合うような彼らに、ナナは戸惑いを露わにした。
「……どうしたんですか? なにか……悪いことでも?」
「……その逆」
と、ピートは首を振った。
「どうやら、本当にみんな……幸せらしい」
「戻って来た奴らが大騒ぎだ」
ティモは壁際の床に座って肩をすくめた。
「これじゃあここも、早く国の配下に戻ろうって意見が高まるだろうなあ……」
「ごく自然な流れだろう」
ロバートはそう答えてジョージを窺った。
「どうするかね。皆は、クレアちゃんを国王の元に戻すことで永遠に平和が続くと信じているが……」
ジョージは、腕の中、心地よさげに寝息を立てるクレアの寝顔を見つめ、ピートとスコットに目を向けた。
「……どうだ?」
「……俺は正直、半信半疑だな」
ベッドの側に足を運んだピートは軽く首を横に振って鼻から息を吐いた。
「しっくり来ないんだよ。……確かに元の生活以上の事が起ころうとしている。それでみんなが幸せになれるなら最高のことだ。俺も一緒になって喜びたいところだが……、じゃあ、国王の心を食った闇はどこに消えたって話しだろ? 救世主は? どこ行ったんだよ、その話しは。あの呪い士の戯言だったのか?」
「同感ですね」
と、スコットも隣で腰に手を置き頷く。
「何もかもが上手く行きすぎて逆に怖いんです。素直に喜べたならいいんですけど……あまりにも色々なことを見過ぎましたから、いきなり信用は出来ません」
「……そうだな」
ジョージは小さく頷いてクレアの髪の毛を優しく解いた。
「……、だけど」
ピートが腕を組み、真顔で切り出した。
「どっちか一つなんだ。このままずっと様子を探っているのか、……乗り込んでみるか」
カーシュは少し目を見開いてピートからジョージへと目を向けた。ナナも、不安げな表情でジョージの出方を窺っている。
ジョージはしばらく間を置いて、静かに息を吐いた。
「……早い方がいいか……」
「……。行くか?」
「……ハーベイを呼ぼう。……いざというときの証人にも出来る」
ジョージは気を取り直すように一つ深呼吸をして、ピートとスコットを交互に窺った。
「……もしもの事を想定して準備をしてくれ」
「ああ」
「わかりました」
大きく頷くピートとスコットを見て、ロバートは一歩、彼らに近寄った。
「わたしも行くとしよう。力にはなれぬだろうが、国王が正常心を取り戻したか、この目でしっかりと見届けたい」
「でしたら俺も行きます」
床に座っていたティモも、立ち上がり、一歩前に出て申し出る。
「ウェルターの代表として、ロバートと一緒に」
「……わかった」と、ジョージは頷いた。
ナナはカーシュを振り返った。「あなたはどうするの?」と、言わんばかりの視線に、カーシュは少し戸惑い俯いただけ――。そんな弱気な彼に、ナナは軽くため息を吐いて肩を落とした。
ジョージは未だ寝息を立てているクレアを見下ろすと、肩に手を置いて静かに揺すった。
「……クレア様、起きてください」
囁くような声で肩を揺らし続けていると、「ん……」と、不愉快そうに眉が動き、ジョージにそのまましがみついて胸にゴシゴシと顔をこすりつけた。
「もうちょっと寝るぅー……」
「……クレア様、大事な話しがあるんです」
「ジョージが聞いててぇ……眠いぃー……」
「……国王の元に行きますよ」
グズっていた体がピタッと止まり、しばらくしてゆっくりと顔を上げたクレアはボンヤリ眼でジョージを見つめた。
「……、なに?」
「……ベルナーガスへ行きましょう。……国王に会うんです」
クレアは次第に目が覚めてきたのか、段々と訝しげな顔になっていく。
「ベルナーガス? なんで?」
「……国から使者が参ったんです。……クレア様をお迎えに」
クレアは瞬きをしてジョージを見つめ、周りにいるみんなを見回し、またジョージに目を戻した。
「……迎え? ……どういうこと?」
顔をしかめていたが、何を思ったのか、突然悲しげに表情を歪めると、体を起こしてジョージにすがりついた。
「ボクっ、ボクやだよっ。ボクっ、一人じゃやだっ!」
半べそをかきながらジョージの服を掴み引っ張り、ピートとスコットを見上げた。
「ボク行かないっ! ピートっ、スコットっ、ボク、ここにいる! 行きたくない!!」
じんわりと涙が浮かんできて、それがこぼれると、クレアは息を詰まらせてジョージにしがみつき、すすり泣き出した。
ピートとスコットは互いに顔を見合わせ、「……やれやれ」と苦笑すると、ジョージに背中を撫でられるクレアの傍に寄った。
「違いますよ、クレア様」
「誰がクレア様をベルナーガスに引き渡すと言いました?」
クレアは「うっく……えぐ……」と息を詰まらせながら、真っ赤になった顔を上げてベッドの片隅に座る二人を見て、ジョージを見上げた。「……そうなの?」と問いかける潤んだ目に、ジョージは優しく微笑んで頭を撫でる。
「……様子を探りに行くんです。……わたし達はクレア様をお一人にするつもりはありません」
クレアは顔を歪めると、ガシッ! と、またしがみついた。
「びっくりしたぁーっ! 捨てられると思ったぁーっ!!」
「うぇーんっ」と泣き出すクレアにピートとスコットは少し笑い、ジョージは「……よしよし」と抱きしめて背中を撫でる。そんな四人を見ていたカーシュは、何故か……複雑な思いに駆られていた。
――そしてその日の夜の広場……
ジョージ達から話しを聞いたクレアは“ケンカをしに”行くことを決め、街人達から「がんばれ!」「応援してるよ!」と、色々な言葉をかけてもらいながら、片隅の青草の上で膨れっ面で夜食を摂る。
「ヒドイよ。ボクだけ秘密だったなんて……」
「ですから、謝ってるでしょ?」
腹休めついでにお酒を飲みながらピートは苦笑した。
「大体、そういう話しをしたらクレア様はすぐ突っ走るでしょーが」
「当たり前だろ」
「それをやめなさいって言ってるんです」
と、スコットが呆れ気味にため息を吐く。
クレアはムグムグと口を動かし、飲み込むとピートを不愉快げに睨んだ。
「ボク、納得いかなかったら暴れるからね」
「やめてくださいよー」
「だってそうだろっ。大人しくなんか出来ないよっ。散々な事しといてっ」
ビッと持っていたフォーク振ると、「行儀が悪い!」と、スコットにパシッと手を叩かれる。
一緒に食事を進めていたナナは、頬を膨らますクレアを心配げに窺った。
「クレアちゃん、出来るだけ大人しくね? 国王様が本当に元に戻ったのならいいけど、もし、これが何かの罠なら……」
不安げに目を泳がせて俯くナナに、「大丈夫だよ」と、クレアはニッコリと笑った。
「いざって時はジョージ達がいるしね。それに、みんなが人質に取られてるようなものだから、ボク、迂闊なことはしないよ」
状況は把握しているようだ。
少し安心して「……そうね」と笑みをこぼすが、
「ふざけた事してきたら話しは別だけど」
と、真顔で更に続いた言葉にナナは「……え?」と笑みを引きつらせて硬直した。
クレアは「ふふふ」と愉快げに笑う。
「心配ないない」
どこまで本気なのかわからない――。
無邪気に食事を進めるクレアに、「本当に大丈夫なのかしら……」と内心不安で一杯になる。
同じ場所で食事を摂りながらじっと窺っていたカーシュは、あぐらを掻いている太股にお皿を乗せて対面側にいるクレアへチラッと目を向けた。
「……国王に会ったら……どうする?」
クレアは口をムグムグさせながら、「どうって?」と目で問いかけ首を傾げた。
「だってさ、……親子だろ」
その言葉にピートとスコットは顔を見合わせ、ジョージは静かに食事を進めるだけ。
クレアは「うーん……」と、考え込むように眉を寄せて目線を上に向けた。
「親子の対面、かぁ。そんなこと、あんまり考えたことがないな、ボク」
「……、そうなのか?」
「うん。だって、覚えてないんだ。国王のことも」
なんでもないことのように肩をすくめられ、ナナも、そしてカーシュも少し怪訝さを露わにした。
「……覚えてない?」
カーシュが繰り返すと、クレアは「うん」と頷いてフォークの先で料理を掻き集めた。
「小さかったからかなぁ? ……水のせい? 全然覚えてないんだよ。一番古い記憶はね、もう、ジョージ達で埋め尽くされてるし。だから、国王がお父さんだとしても実感がないよ。ピートがお父さんだったら物凄く実感があるけど」
「なんでですか?」
ピートが訝しげに眉を寄せると、「オヤジって感じだから」と、さらりと“おじさん扱い”する。
不快に目を据わらせるピートを無視して、クレアは「……あっ」と、何かを思い出したように目を見開いた。
「けどねけどね、ボク、お母さんの匂いは覚えてるんだよ」
笑顔で軽くフォークを振るクレアに、「……、匂い?」と、繰り返したカーシュは顔をしかめた。
「匂いなんて、すぐに忘れるものだろ」
「ううん、覚えてるんだ。鼻の奥に残ってるの。すーっごくいい匂い。心がフワフワしちゃうような匂いなんだよ」
「なんだ、それ」
「ナナもいい匂いがするんだよ、知ってた?」
「ああ、それは知って……」
答えかけて口を閉じ、じっとりと目を据わらせる。
クレアは少し笑うと、水で喉を潤す隣のジョージを見上げた。
「国王に会ったらちゃんとご挨拶した方がいい?」
「……そうですね。……その方が印象がいいですから」
「じゃあ、こんにちわって言おう」
「それがちゃんとした挨拶ですか……」
と、スコットは呆れてため息を吐きつつがっくりと肩を落とす。
ピートは苦笑すると、お酒の入ったコップを青草の上に置いた。
「なんにしろ、どう転んでも状況が変わるのは間違いないだろうからな。腹くくっていかねぇと」
ナナはその言葉に寂しげに俯き、そろっと上目でジョージを見た。しかし、彼はただゆっくりと食事を進めるだけ。気落ちするような吐息と共に、目を地面に移すナナに気付いたカーシュは、「……?」と二人を交互に見て、少し顔をしかめた。
――なんだか“怪しい”。“何か”あるような気がする。
「……ひょっとして、ジョージさんとなんかあるのか?」
ドキッ!! と、ナナは目を見開いて焦り、一緒に食器洗いをするカーシュを振り返るなり顔を赤くした。その様子で悟ったカーシュは「……やっぱりか」と、脱力気味に鼻から息を吐いた。
それぞれ食事が終わって、後はのんびりと時間を過ごしている。
女性達はせっせと後片付けをしているのだが、彼女達だけではなかなか終わらず、若い男達が手伝いに加わっているのだ。
広場の隅に設けられている炊事場の一角、ナナは隣で洗い物を手伝うカーシュに慌てて首を振った。
「ち、違うわよっ、勘違いしないでっ」
「勘違いも何も。すごく寂しそうにジョージさんを見てただろ?」
疑い深く横目で探られ、ナナは戸惑い言葉を詰まらせる。
カーシュは「やっぱり……」と、手を止めることなく深く息を吐いた。
「そうだよな。ジョージさんを好きになる気持ちはわかるよ。かっこいい人だもんな。俺も女だったら好きになってたと思う」
「……えっ、そ、そんっ……」
「ジョージさんもナナのことが好きなのか?」
こちらを向いて問いかけるカーシュに、戸惑っていたナナは段々と冷めた表情を見せ、視線を落とす。応えを察して、カーシュは「……そっか」と食器を洗う手元に目を向けた。
「……クレアのせいか?」
「……そうじゃない。私の片想い。……何も伝えてないから」
「言ったらいいのに。ひょっとしたらジョージさんも」
「そんなことあるわけない。……ジョージさんはね、他に好きな人がいるんだって」
「……クレア?」
「ううん、別の人。だから振られるのはわかってるの」
カチャカチャと、微かに食器が触れ合う音が響く。
カーシュは「ふうん……」と鼻で返事をして、間を置いて続けた。
「けど……言ってみたら?」
「……言えないわよ」
「なんでだよ? 恥ずかしいのか?」
「そうじゃなくて。……もう、カーシュってホント、何もわかってないんだから」
手元を止めることなく、呆れるように、拗ねるように頬を膨らませると、カーシュは彼女の横顔を見て顔をしかめた。
「なにが?」
「だから、……言ってどうするの?」
「どうって……。ひょっとしたらジョージさんも」
「そうじゃないの」
「なにがだよ?」
いい加減イライラしてきたのか、カーシュは手を止めて目を据わらせる。
「はっきり言えよ」
ナナは深く息を吐いて洗い物をする手を止め、カーシュを真っ直ぐ睨むように見つめた。
「この国の行く末を常に考えてるのよ? クレアちゃんのことだってある。それこそみんなのことを考えてる。……私が入り込む余地がどこにあるって言うの?」
「……、けど、それとこれとは」
「私が想いを告げたとして、……ジョージさんが少しでも私を見ててくれてたとして……、ここに留まってくれると思う? 一緒にいてくれると思う? クレアちゃんのことも、何もかもを放り出すと思う?」
訴えるような真顔で訊く、そんなナナに、カーシュは困惑して言葉を切らす。
ナナは悔しげに、それでもどこか悲しげに視線を落とした。
「思いを伝えようと思えばそれは出来るのよ。けど……いい返事がもらえたとしても変わらないことがあるの。……今のジョージさんには、私よりも大事にしたいクレアちゃんがいて、クレアちゃんと一緒ならどこでも行く。……どこにでも行ってしまう。……私は付いてはいけないし、行かないで欲しいとも言えない。……ジョージさんの負担にはなりたくない」
吐き出すだけ吐き出して、再び食器を洗い出す。
指先が赤くなるその手を見つめ、カーシュは何も言えずに、また同じように洗い物を手伝いだした。
――しばらくの間、お互い何も言えずに黙っていたが、ナナは深く息を吐いてカーシュを横目で窺った。
「私は白状したわよ? カーシュは?」
「……え?」と、カーシュがキョトンとした表情を見せると、ナナは少し笑った。
「クレアちゃん、どうするの?」
「……なんのことだよ?」
「好きでしょ?」
「あのな、俺はああいう男言葉使うようなヤツは全然好みじゃないし、大体、あんなガキっぽいヤツ」
「あ、クレアちゃん」
ナナがカーシュの背中を覗き込むように顔を上げて言うと、カーシュは「うっ……」と言葉を止める。焦る彼を見てナナは笑った。
「うそ」
「……。だから俺は全然あんなヤツ好きじゃなくて」
「誰が好きじゃないの?」
問い掛ける声にカーシュは口を閉じて目を据わらせ、ゆっくりと背後を振り返った。
クレアは重なった食器を持ったままで小首を傾げ、笑っているナナを見上げた。
「ボク、邪魔?」
「ううん、邪魔じゃないわよ」
「持ってきたんだよ、エラい?」
「エラいわね、ここに置いてくれる?」
「うん」
指示された場所に食器を置くと、パンパンッと手をズボンで拭いて、分が悪そうに口籠もっているカーシュを振り返った。
「で、誰が好きじゃないの?」
「……、関係ないだろっ。ジョージさん達のトコにいろよっ」
ふてくされて顎をしゃくり追い払おうとしたが、
「ジョージお風呂。ピート準備。スコット、ロバートとお話し。ナナのトコに行けって言われた」
そう次々と一度に返され、カーシュはモゴモゴと言葉を詰まらせて濡れた手をズボンで拭った。
「……じゃあ俺、あっち手伝ってくる」
背を向けて歩いていこうとしたカーシュの服をクレアはガシッと掴んで引っ張って足を踏ん張らせた。
「逃げるなこらーっ!」
「離せよっ」
歩こうにも歩けずうっとうしそうに振り返り睨むと、クレアは眉を吊り上げて、苦笑するナナを見上げた。
「カーシュ、誰が嫌いなのっ?」
そう問われ、ナナはいたずらっぽく目を細めてカーシュを窺った。
「言ってもいい?」
カーシュは「う……」と身を引くが、「べ、別にいいぞっ」とそっぽ向く。
強がっている風な彼にいたずらをしようと、ナナは笑ってクレアを見た。
「あのね、カーシュが好きじゃないのはクレアちゃんなんだって」
クレアは笑顔で聞いていたが、答えにポカンと口を開けた。その表情がおかしかったのか、ナナは吹き出し笑って首を振った。
「うそうそ。そんなことないわよ。ね、カーシュ?」
クレアはゆっくりと、ナナに問われるカーシュを窺った。だが、彼は焦るように言葉を詰まらせるだけで何も言わない。
ナナは「もう、意気地なしっ」と腰に手を置くが……
「……ボク、……嫌われてた……」
寂しげにカーシュの服を離し俯くクレアに、ナナは「……えっ?」と目を見開き、慌てて首を横に振った。
「違うわよクレアちゃんっ、嫌ってないからっ。……そうでしょカーシュっ」
ナナに睨まれるが、カーシュは更に何も言えずにうろたえるだけ。
クレアはゆっくりと視線を落とした。
「……ごめん……。気付かなくて……」
「ち、違うのよ。ホントに嘘だから」
「……ボク……」
今にも泣き出してしまいそうな雰囲気に、ナナは「……ヤバイ」とまずそうに顔を歪めた。
「……嫌っちゃいないって」
ナナは少し目を見開いてカーシュを見た。――彼は分が悪そうにそっぽ向いている。
「……嫌いになる理由なんかないだろ」
クレアはソロ……と、上目遣いにカーシュを見上げた。
「……、ホントに?」
「ああ、……ホントだって」
「じゃあ……、ボクのこと、ちゃんと好き?」
「はぁ?」と、顔をしかめてクレアを見るが、彼女は真剣に泣き出しそう――。
カーシュはため息を吐いて、呆れるように、うんざりするように額を抑えてがっくりと項垂れた。
「……はいはい。……好きだ好きだ、大好きだ」
クレアはパッ! と、すぐに笑顔に戻った。
「ボクもカーシュのこと大好きだよ!」
「……、へ? ……あ……え……」
カーシュはキョトンとし、少し頬を赤くして戸惑い、何か言いかけたが、クレアはそのままの笑顔で、目をパチクリとさせているナナを見上げた。
「ナナもボクのこと好きっ?」
「え? あ、え、ええ、もちろ……ん……」
「ボクもナナが大好きーっ!」
「……、えっ」
――つまり、“友達として”ってこと?
ナナは取り繕うような笑みで、目を据わらせるカーシュを横目で窺い、「し、知らない」と言わんばかりに洗い物を再開する。
クレアは「ヘヘヘッ」と嬉しそうに笑って、表情の違う二人を交互に見た。
「ナナとカーシュに嫌われたら、ボク、もう泣いちゃうよっ。二人はボクの大切な親友だからっ」
ナナは「し、親友……」と、気まずくカーシュから視線を逸らした。……な、なんだか、はっきり言われてしまうのって……辛い。
――カーシュは無表情。
クレアはニコニコ笑顔で二人を見て、ナナに目を移した。
「ねぇ、ナナ」
「な、なぁに?」
「今までありがとう」
笑顔で告げられ、ナナは少し目を見開くと、洗い物の手を止めて見下ろした。
「え? な、なに? 急に……どうしたの?」
「さっきね、ピートに言われたんだ。ナナとカーシュにありがとうって、お礼を言ってきなさいって」
「……あ、そ、そんなっ……」
ナナは焦るように手をタオルで拭った。
「そ、そんなこと急に言われても……」
ナナはうろたえるが、クレアは次に、そのまま笑顔でカーシュへと目を移した。
「カーシュも、ありがとう」
カーシュは笑顔のクレアを見て真顔で少し視線を逸らし、また目を向けた。
「そんなこと……全然言う必要はないんだぞ」
「けど、ピートが言えって」
「馬鹿。……どういう意味かわかってるのか?」
「ありがとうは感謝の気持ち」
「そうじゃなくて。こんな時にありがとうなんて、……こっちはさよなら言われてるみたいだろ」
言葉尻を細くして目を逸らしたカーシュにクレアはキョトンとしていたが、不安げにそっとナナを見上げた。
「……そうなの?」
「……そうね、……ビックリした……」
「ボ、ボク、そういうつもりじゃないよ。さよなら、しないよ」
ドモりながらも、慌ててブンブンと首を横に振る。
「だ、だって、ここに戻って来るモン。すぐ戻ってくるから……さよならじゃないんだよ。絶対戻ってくるんだモン。そうなんだモン」
戸惑いを露わに、必死な表情で繰り返すクレアにナナとカーシュは顔を見合わせたが――。
カーシュは戸惑うクレアに目を戻して小さく訊いた。
「お前さ、もし……、もし国王が元に戻って……城に残れって、言われたら?」
「残らないよ」
当然、と言わんばかりに口を尖らせ即答されたが、カーシュはそれでも真顔で続けた。
「ジョージさん達が一緒でも、か?」
「だって、ボク、ここがいい」
両腕を広げて示すクレアのハッキリとした返事に、カーシュと再び顔を見合わせたナナは、間を置いてクレアに近寄り、彼女の視線に合わせるように腰を下ろすと真剣な表情で腕を撫でた。
「クレアちゃん、……その判断はとても大切よ?」
「なんで?」
「……いい? あなたはベルナーガスの……一人娘なの。つまりね、王位を継承……王家を護るためにクレアちゃんが引き継がなくちゃいけないことになるはずなの。だから、ここを好きになってくれるのは嬉しいし、出来るならここにいて欲しいけど……、その判断は慎重にして。……なんの弾みで国王がどうなるか、まだ誰にもわからないから」
ナナの話しを大人しく聞いていたクレアは、笑顔を消し、次第に訝しげに眉を寄せた。
「……ボク、……ここに戻って来れなくなっちゃうの?」
「……それはわからないわ。……わからないけど……」
クレアは悲しげに視線を逸らすナナの手から離れると、カーシュと向き合い、彼の胸元の服を両手で掴み引っ張って困惑げに見上げた。
「ボクっ、……ボク、ここにいられなくなるのっ? ここにいちゃ駄目なのっ?」
服を引っ張られながら、カーシュは戸惑い、目を泳がせた。
クレアは何も言えない二人を交互に見ていたが、“答え”をもらえない悲しさからか、目に涙を溜めた。
「ボクここがいいっ。ナナとカーシュの傍がいいっ。どこもやだっ。やだよっ。やだっ……」
駄々を捏ねるように早口で言っていたが、それもあふれた涙がこぼれると同時に止まり、クレアは息を詰まらせるとそのままカーシュにしがみついた。
ナナは戸惑っていたが、街人達が「……どうしたの?」と覗き込み、行き過ぎる中、「……ジョージさん達呼んでくる」と走って行った。
残されたカーシュは、肩を震わせてすすり泣くクレアの頭を見下ろし、戸惑いながらも背中に腕を回して軽く抱きしめた。
「……わかった。わかったから……もう泣くな」
言っても泣き止む様子はない。
カーシュは視線を泳がせ、どうしたらいいのかわからずに背中を撫でた。
「……大丈夫だって。戻ってこれるよ、きっと。……うん、絶対ジョージさん達がなんとかしてくれるし、……俺もナナも力になるからさ。だから……大丈夫だって」
自分でも言ってることがよくわからなかった。ただ、思いつくままに口にしていた――。
「王位継承だかなんだか知らないけどさ、そんなの……知らんフリして帰って来いよっ。でさっ、ここでさっ、ジョージさん達も一緒にみんなで暮らせばいいんだっ。……、そうだよ、そうしようぜっ。そのほうが……絶対いいってっ。みんなで一緒にさっ、そしたら傍にっ、……」
……傍に……?
不意に言葉を切らし、カーシュは目を泳がせながらゆっくりと俯いた。
……傍に……――
「プッ。ふふっ……」
カーシュは「……へ?」と見下ろした。
クレアはしがみついたまま、肩を震わしている。――笑っている。
カーシュは顔をしかめ、クレアの背中からゆっくりと手を離した。
「……、……おい」
「ふふ、ふふふっ……」
「……。……、おいっ」
「くくくっ……。カ、カーシュ……おもしろい……」
カーシュは眉をつり上げて顔を赤くした。
……こ、こいつ!!
ゲンコツを一発食らわしてやろうと拳を作ったが、その前にクレアは離れて後退し、ゴシゴシと手の甲で目元を拭って笑顔を見せた。
「カーシュって、おもしろいなー」
「こ、この……、嘘泣き!」
恥ずかしさも伴って怒って睨むが、クレアはそんなカーシュを真顔で指差した。
「キミの勇気はボクが受け継ぐ」
カーシュはギョッ! と目を見開いて、慌てて身を乗り出した。
「ちっ、ちょっと待て! 俺は何も!!」
「ここに戻って来いって言った。その言葉は誰も言わなかった」
カーシュは表情を消して硬直し、微笑むクレアを見つめた。
「誰も言えなかった。……その言葉を言ったんだ、キミは」
「……、それは……」
「ありがとう」
「……」
俯きかけた顔を上げると、クレアはニッコリと笑った。
「キミは弱弱だけど、誰よりも、……ジョージ達よりも勇気があるね」
「……」
「さて、と……、次はナナを困らせに行こうかな」
そう言いながら背を向け、俯きかけるカーシュを振り返った。
「カーシュって」
切り出されて、カーシュが「……え?」と顔を上げると、クレアはにっこりと笑った。
「ジョージと同じくらい、抱き心地がいいね」
カーシュが顔を真っ赤にすると、クレアは「ふふっ」と笑ってそのまま歩いていく。様子を見ていた街人達は「……クレアちゃんのいたずらか」と苦笑して、それぞれの仕事に戻りだし、カーシュは歩いていく背中を見つめ、悲しげに俯いた――。
「……襟が曲がってますよ」
スコットがきちんとクレアの服を手直しする。
翌日の早朝、広場にて――。
ベルナーガスからハーベイが馬車を用意してやってくるため、準備をして待つ。ロバートとティモも合流済みだ。
ピートは服の中にいくつか武器を隠し持ち、じっとしているジョージの隣りに立った。
「……こんなに緊張するのは、十八の時の、護衛として呼ばれた時以来だ」
ボヤくようなその言葉に、ジョージは少し苦笑する。
スコットは「よしよし」と、満足げな笑顔でクレアを見下ろした。
「ご挨拶の仕方は覚えてますね?」
「はーい」
「……、ちゃんとできますよね?」
「はーい」
「……」
「ねぇねぇ、ジョージ」
目を据わらせるスコットを放ってジョージの元に行き、手を握って見上げた。
「ボクの記憶では、確か、ベルナーガスには大きな噴水がたくさんあった。……水、張ってるの?」
不安げに訊くと、ジョージは優しく微笑み頭を撫でた。
「……水のある場所には近付くことのないよう、わたしが注意しますから。……安心してください」
「うん、わかった。じゃあ任せるね」
笑顔で頷く、そんな彼女を遠くから人混みに紛れてカーシュとナナは見つめた。
「……本当に大丈夫かしら?」
ナナは不安げに指遊びをしながら、ソワソワと、落ち着きなくカーシュに伺った。
「私、なんだかすごく嫌な予感がする……。カーシュは? ……そんなことはない?」
「……。ジョージさん達がいるし。……大丈夫だろ」
冷静な声に、ナナはチラっとカーシュを見て「そう、かしら……」と小さく呟き俯いた。
「おぉい!! 来たぞ!!」
遠くからの声にみんなが振り返る。門から馬三頭に引かれた大きな馬車が入ってきて、途中で止まった。みんなは用心のために一歩下がり、ジョージはクレアを背後に隠した。
馬車が止まると、御者が降りて装飾の施された車のドアを開け、しばらくしてそこからハーベイが現れてこちらに向かって歩いてきた。
「早朝申し訳ないですな」
笑顔で街人達を窺い、ジョージ達の前で足を止める。
「準備は出来ておられますか?」
「……出来てるぜ」
「そう警戒なさらずとも……」
表情の硬いピートを見て苦笑すると、ジョージに目を向けて躊躇い気味に小さく伺った。
「それで……、クレア様、とは?」
ジョージは間を置いて背後を振り返った。その仕草でハーベイは「?」と少し体を斜めに覗き込む。こそっとジョージの服を掴んだまま背後から顔を出したクレアを見て、ハーベイは少しキョトンとした。
「……こちらが……その……」
「……クレア様です」
ハーベイは瞬きをした。クレアはクレアで、どうしたらいいのかわからず視線を泳がし、それでもチラチラと彼を見る。
ハーベイはそのままクレアを見つめていたが、すぐに表情を綻ばせた。
「なんともまぁかわいらしい。若かりし頃の妃様にそっくりだ。これは驚いた」
そう言って背を伸ばすと、穏やかな笑顔でジョージ達を見回した。
「間違いなくご息女様であられると、わたしは認めましょう」
その言葉に街人達がホッとする。
「さ、どうぞ馬車にお乗りください」
笑顔で馬車を手で差すと、まずはピートとスコットが近付いて馬を探る。ハーベイは苦笑していたが、ジョージの後ろにいるクレアへと再び目を向け、腰を下ろし、同じ視線から笑顔で声をかけた。
「おはようございます、クレア様。ハーベイと申します」
「……」
戸惑って何も言えないクレアに、ジョージが見下ろして「……ご挨拶は?」と勧める。
「……お、おはよう……ございます」
オドオドしく返事をすると、ハーベイはシワを増やして微笑んだ。
「お声も妃様にそっくりですなあ」
クレアは何も言えず、戸惑い気味にジョージを見上げた。彼は微笑んで頭を撫でるだけ。
ピートは彼らの元に戻ってくると、軽く顎をしゃくった。
「馬車の方は大丈夫だ」
ジョージは頷き、ロバートとティモを振り返った。
「……行きますか?」
声を掛けられた二人はみんなに見送られながら馬車に向かって乗り込む。ジョージはしっかりと自分の服を掴んだまま硬直しているクレアへと目を移した。
「……行きましょうか」
クレアは視線を泳がしながら、顔を上げて街人達を見回した。みんなは笑顔で頷き、「……気を付けて」と小さく声をかける。そんな彼らを見て、今度は少し離れたところにいるナナを見た。ナナは不安げに、それでもなんとか笑顔を見せて小さく手を振った。そんな彼女にジョージはぺこりと小さくお辞儀をし、ナナは寂しげに視線を落とす。
クレアはそのままカーシュへと目を向けた。カーシュは、ただじっと見返している――。
ハーベイが「……さ、参りましょう」と笑顔で手を差し伸べると、クレアはそのシワクチャな手を見て、少しジョージの後ろに下がって隠れた。
それ以上のことが出来ないハーベイに代わり、ジョージが「……ほら」とクレアの背中に手を回して軽く押す。
「……行きますよ、クレア様」
「……」
クレアはまた、ナナとカーシュの方を見て、戸惑うように視線を泳がした。
ナナは胸元の服を掴み、何かに押し潰されそうな、そんな息苦しさに耐えきれず顔を歪めて、すがるようにカーシュの袖を引っ張った。
「カーシュっ……」
「……」
「……一人にしちゃ駄目っ。あの子っ、……泣いちゃう……」
悲痛な顔で首を振ると、カーシュは顔を上げ、足早に近寄った。
「俺も一緒に行っていいですかっ!?」
突然の申し出に街人達が振り返り「今更何を言ってるんだ」と呆れるように顔をしかめるが、ピートはニッと笑い、スコットも苦笑した。
ジョージは真顔のカーシュから、彼を見つめているクレアを見下ろした。
「……どうします、クレア様」
クレアはジョージの服を掴んだまま、カーシュを見上げて笑顔で頷いた。
「……うん、……カーシュも一緒」
嬉しそうな言葉を聞いて、ジョージはハーベイを見る。
「……よろしいですか?」
「……は、はい、いいですが……」
ハーベイは戸惑いながら、クレアとカーシュを交互に見た。
「も、もしや、クレア様はカーシュ殿と契りを?」
カーシュは「……へ?」と顔を赤くし、クレアは「チギリってなに?」と首を傾げてジョージに問いかけた。ジョージは答えることなく笑顔で頭を撫でて「……さあ」と馬車へと彼女を導く。クレアはクレアで「行こっ!」と笑顔でカーシュに手を伸ばし、カーシュは苦笑気味に駆け寄った。
一緒に馬車に乗り込み、街人達に笑顔で見送られながら彼らはベルナーガスへと赴く。その振動する車内――。
スコットとジョージの間で、クレアは二人にぶつかりながらその度に「……いて、……いて」と小さく声を漏らす。三人の前には、ハーベイとロバートとカーシュがいて、ピートとティモは御者と一緒に車外にいる。
クレアは跳ねる体をそのままにジョージを見上げた。
「ボク、こんなに大きい馬車は初めてだよね。もっと大きい馬車ってあるの?」
「……ありますよ」
「お馬さん、大変だね。後でご飯たくさんあげなくちゃ」
段々と慣れてきたクレアは、いつものように喋り出す。
「お馬さんって力持ちだね。ピートとどっちが強いかな? 今度綱引きしてもらおう」
「……クレア様、少しお黙りになって」
スコットが小さく注意するが、「はーい」と返事をしたすぐ後には喋り出す。
「あ、ボクね、お馬さんとお喋り出来るんだよ。あのね、トドさんのトコの馬はね、ボクが呼ぶと、こんにちわ、ってお辞儀するんだ。元気? って訊いたらね、後ろ足で地面を蹴るんだよ」
「……、クレア様、それは馬が嫌がってるんですよ」
スコットに訝しげに囁かれ、「そうなの?」と、キョトンとする。
「楽しそうにしてたのにな。えさ箱にカエルを入れたのがいけなかった? 食べないの?」
「……そろそろお喋りはそのくらいにして」
ヒヤヒヤしながら、スコットはまだまだ喋ろうとするクレアの唇に一本指を当てる。「むむっ……」と言葉を濁して顔をしかめるクレアにハーベイは笑みをこぼした。
「クレア様はお喋りが好きなんですな」
「好きじゃないよ。でもね、つい話しちゃうんだ」
ニッコリ笑顔で答えると、スコットは「……それをお喋り好きって言うんですよ」と呆れて肩を落とす。
ハーベイはそれでも笑顔だ。
「こんなにお元気ですと、さぞ、城内も明るくなるでしょうなあ……。昨日から大騒ぎですぞ? クレア様がいらっしゃるとわかって、皆が隅々まで大掃除をして。カーテンも新調しましたしな、花も植え替えましたし。何より国王様が進んで皆に指示を出し歩いて。……こんなに賑やかな日々は久し振りで、皆もクレア様の到着を楽しみに待っております」
「ボク、別に何もしないのに」
「いいえいいえ、何もしなくて結構」
ハーベイは常に笑顔。スコットはそんな彼に真顔を向けた。
「ベルナーガスに着いても、様子を見極めるまでわたし達はクレア様のお傍を離れませんので」
「もちろんです。わたしとしてもその方が安心です。クレア様にもしものことがあっては……。あなた方が常に護衛としての役割を全うして頂ければ申し分ありません。国王様もそれをお望みですから」
その言葉にジョージは少しハーベイへと目を向けた。
「……つまり、国王は我々をクレア様のお傍にと?」
「はい。それは言うまでもないでしょう。あなた方のおかげでクレア様はここまで大きくなられ、こんなに元気でいい子に育った。しかも、あなた方の護衛としての腕前は勲章もの。あなた方なくしてこれからどうしろと? 代わりなどおりませんぞ」
苦笑気味に首を振られ、ジョージはそれ以上何も言わずに車窓から外を見つめる。
クレアは、じっと黙っているだけのカーシュを笑顔で窺った。
「ねえ、あとで一緒にお馬にご飯あげようよ」
「え? ……ああ、そうだな」
「ボクがご飯で、カーシュはお水ね」
「……、わかったよ」
不愉快げにため息混じりで頷くカーシュと笑顔のクレアに、ハーベイはキョトンとした顔で首を傾げた。
「カーシュ殿はクレア様の……お友達で?」
「ボクの親友だよ」
と、クレアが笑顔で答えた。
「カーシュとナナは親友で、ボク、大好きなんだ。カーシュもボクのこと好きだって言ってくれた」
「友達としてっ」と、カーシュが慌てて身を乗り出し付け加える。
ハーベイは笑顔で頷いた。
「お友達は大事にされた方がいい。後に、その繋がりが力になりますからな」
「うん」
クレアは大きく頷き、ジョージの方に身を乗り出すと、彼の膝の上に乗って同じように外を眺め……途中で気分が悪くなって馬車を止めた――。




