最終話 恋物語の終わり
1回目、2回目の出来事があったからこそ、俺の身体は無意識に動いていた。
智哉の手元が歪み、刃先が自分自身の胸へと向けられた——その瞬間、俺は迷わず智哉の身体を強く抱きしめていた。
ドスッ、と鈍い衝撃が俺の背中に走る。
「ガハッ……!?」
激しい激痛と熱さが背中を突き抜け、視界がぐらりと揺らぐ。智哉の自傷を庇う形になり、智哉が握っていたナイフは、俺の背深くへと突き刺さっていた。
「か……海斗……!?」
膝から崩れ落ちる俺を抱え込むようにして、智哉が床に膝をつく。その顔は蒼白になり、瞳には信じられないというような驚愕と恐怖が広がっていた。
「なんで……っ、なんで守ろうとするんだよ……!! わかってただろ!? 邪魔者は俺なんだって……!! 1回目の時から、お前たちは結ばれていたんだから……っ!!」
血を吐き出しながら、俺は震える手で智哉の頬に触れた。
「ちがう……っ。結ばれていたのは……お前とだったんだ……」
「え……?」
「1回目から……俺たちは……ちゃんと惹かれ合ってたんだろ……?」
痛みに視界が霞む中、俺は涙を零しながら、智哉の瞳をまっすぐに見つめた。
「智哉……本当に、愛してる……。気づくのが遅くて……ごめんな……」
「海斗!! 嫌だ、死なないで!! 俺が……俺が一番死んでほしくないのは、海斗なんだから……っ!!」
俺の手を握り締め、子供のように泣きじゃくる智哉の頭を、俺は最後の力を振り絞って優しく撫でた。
「俺にとっても……同じだよ、智哉……」
冷え切ったオフィスの床に倒れ込み、遠ざかる意識の中で、俺は、「ああ、本当にもう終わるんだ」と、ぼんやりと考えていた。
◇
――目を開けると、そこに見慣れたオフィスの天井はなく、白く静寂に包まれた病院の天井だった。
「……っ」
激しい背中の痛みと共に息を吸い込む。点滴のチューブが繋がれた腕。頭の芯が重く、身体を動かそうとするとピリリと鋭い痛みが走る。
(ここは……病院……? 生きてる……のか……?)
「海斗……! 目、覚ましたの……!?」
耳に飛び込んできたのは、震えながらも安堵に満ちた声だった。視線を向けると、ベッドの脇にぴったりと寄り添うようにして座っている人物がいた。
「……智哉……?」
「よかった……本当によかった……っ!」
智哉は俺の右手を両手で包み込み、まるで壊れ物でも扱うように、額を押し当ててボロボロと涙をこぼしていた。あの時の狂気や絶望は消え失せ、そこにはただ、俺の無事を心から喜ぶ愛しい恋人の姿があった。
「……あれ、俺は……死んで、タイムリープしたんじゃ……」
混乱しながら呟く俺に、智哉は慌てて首を横に振った。
「ううん、違うよ。タイムリープなんかしてない……。海斗は死ななかった。救急車が間に合って、手術が無事に成功したんだよ……っ!」
「……え?」
「警察や病院にも、花音ちゃんが機転を利かせて説明してくれたんだ。『結婚式の準備で使っていた刃物を、海斗くんが不注意で引っ掛けて怪我をしてしまった』って……。だから、事件になんてなってない。誰も咎めたりされないんだよ……海斗……」
その説明を聞いて、ようやく状況が頭の中で噛み合った。あの痛みの先で、俺の命は消えずに繋がり、そして——この世界は、もう壊れなかったんだ。
「そっか……よかった……」
安堵の息を吐き出す俺の頬に、智哉の温かい手がそっと触れる。
「ごめんね、海斗……。俺、馬鹿だった。何回も、自分の勝手な思い込みで海斗を傷つけて……本当にごめん……」
「もういいんだよ、智哉。……これからは、ずっと一緒だ」
智哉は震える笑みを浮かべると、俺の手を自身の頬に引き寄せ、愛おしそうにすり寄せた。
「うん……! 絶対に離さないから。これからはずっと、海斗の隣で、ちゃんと愛させて」
病室の窓から差し込む柔らかな光が、俺たちの重なり合う手を優しく包み込んでいく。
数え切れないほどの涙と血と絶望の果てに辿り着いた、誰も犠牲にならない、本当の未来。
俺たちはしっかりと指を絡め合わせ、二度とほどけない愛を誓い合った。




