挑戦
その数週間後のことだった。
放課後、俺が一人で教室に残っていると、足早に近づいてくる足音が聞こえた。
足音が目の前で止まったので、不思議に思い顔を上げると同じクラスの宮崎さんが立っていた。いつになく真剣な表情。肩を上下させて息を荒くした彼女は、耳まで真っ赤に染めながら俺をまっすぐに見つめていた。
「……海斗くん、好きです。私と付き合ってください!」
静かな教室に、彼女のまっすぐな声が響く。
宮崎さんとは同じ委員会で、文化祭の準備や連絡事項の伝達などで関わることが多かった。正直、「もしかして……」と思い当たる節はあったのだ。会話中に目が合うと恥ずかしそうに視線を逸らされたり、ふいに顔を赤らめたりすることが何度もあったから。
――だけど、まさか本当に告白されるなんて思ってもみなかった。
宮崎さんはクラス全体で見れば大人しい方だ。けれど、仲のいい女子グループの中ではよく喋り、楽しそうに笑っている。そんな彼女が、いまは全身を強張らせて俺の返事を待っている。
どうすればいい……?
男子が好きかもしれなくて、初恋に蓋をしたばかりの俺。そんな俺に向けられた、宮崎さんのまっすぐで純粋な好意。
俺の胸の中で、答えの出ない戸惑いがぐるぐると渦を巻いていた。
ドクンドクンと、心臓の鼓動が速くなっていくのが分かった。だがこれは、宮崎さんが好きだからでも、ときめいているからでもない。
――どうしよう。
ただただ、その焦りからだった。なんて答えればいいんだろう。どう言えば、彼女を傷つけずに済むんだろう。
パニックになりかけたその時、パチパチと軽い拍手の音が聞こえた。
音のした方――教室の入り口へ視線をやると、黒木がニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて近づいてくるところだった。
「よかったじゃーん、海斗~! ついに彼女ができたな~!」
能天気な黒木の声に、宮崎さんはますます顔を真っ赤にし、恥ずかしそうに視線を床へ落とす。
……とても断れるような状況ではなくなってしまった。
宮崎さんはうるんだ瞳で、すがるように俺を見つめてくる。何が正しい答えなのか、俺にはもう分からなかった。
だから――とりあえず、絞り出すようにこう言うしかなかった。
「……よろしくお願いします」
「きゃあっ」と歓声を上げ、宮崎さんは両手で顔を覆った。その指先が微かに震えているのが見える。
黒木が俺の肩へ、どっしりと手を置いた。
「おめでとう!!」
笑いながらかけられたその言葉と肩の手は、今まで感じたことのないほど重かった。
家に帰り、自分の部屋のベッドに倒れ込んで、今日の出来事を何度も頭の中でリフレインさせた。
それにしても――告白するって、すごいよな。俺なんて怖くてできなかったし、しようとすら思わなかった。
そんな風に、どこか他人事のように考えていた。
……俺は、ゲイなんてものじゃないのかもしれない。
あれは単なる思い違いだったんじゃないか。女の子と付き合うことさえできれば、俺だって『普通』に戻れるかもしれない。やってみる価値はあるはずだ。
たまに大人が、もっともらしい顔をして「普通とは何だ!」なんて語り出す奴がいる。
普通とは、一般的という意味だ。大半とか、そういう意味合いでも使われる。
大人のくせにそんなことも分からないのか。格好つけて人が言わないようなことを敢えて口にして、自分は特別な価値がある人間だと誇示したいのか。
どっちにしろダサいし、格好悪い。
「……普通がいいよな」
天井を見上げたまま、思わず言葉が漏れた。
けれど、呟いた瞬間に、胸の奥がぎゅっと痛いほど締めつけられた。




