すべての始まり
――思えば、すべてはあの日から始まった。
小学5年生の理科室。実験の準備中、俺は仲のいい友達と昨夜やった通信対戦ゲームの話をしていた。
「海斗、お前があの時ミスるから俺が撃たれたんだよ〜!」
いつもつるんでいる黒木が、悔しそうに声を張り上げる。俺は笑いながら言い返した。
「いや、お前、相手のスキン見た!? あんな変な装備してたら初心者だと思うだろ〜? あれは仕方ないってー」
「お前が油断しすぎなんだよ! あの時も、どこから撃たれてるのかちゃんと確認して動くべきだったろ〜」
「あー……それは言えてる。こうやって、あちこちに銃を構えておけば良かったのかな」
そう言いながら、俺は大げさに銃を構える身振りをしてみせる。
――その時だった。
腕が何かに当たった感覚。
直後、音もなく熱気が走り、着ていた上着から橙色の炎が立ち上った。鼻をつく焦げ臭い匂いと白い煙。すぐに、そばにあったアルコールランプが倒れたのだとわかった。
だが、わかったところで突然の事態に思考が追いつくわけもなく、俺はただ恐怖で金縛りになった。
「――っ!」
その時、すぐ横にいた女の子が動き出した。
水をかけるわけでも、濡れ雑巾を使うわけでもない。彼女は迷いなく素手で、俺の服にくべられた炎を激しく叩き始めたのだ。
「おい、やめろ……熱いぞ!」
反射的に身を引こうと上着を引っ張るが、彼女はもう片方の手で、小柄な身体からは想像もつかない強い力で服を握りしめ、ひたすら素手で炎を叩き続けた。
やがて炎が消え去った。
安堵が押し寄せた瞬間、俺は糸が切れたように床へ崩れ落ち、視界が涙で歪んでいった。
その子は、床に座り込む俺のそばへ急いで膝をついた。
「大丈夫? やけどしてない……!?」
火傷の危険も顧みず、自分の手などまるで気にしない様子で俺を覗き込んでくる。
「ありがとう……っ、ありがとう……!」
涙でボロボロになりながら、何度も頷くのが精一杯だった。
俺は思わず、火を消すために真っ赤になってしまった彼女の手のひらを、両手でぎゅっと握りしめた。
彼女はどこかホッとしたように、柔らかい笑顔を浮かべた。
――その瞬間。
「二人とも、危ない!!」
怒鳴り声のような叫びと共に、俺たちは突然、背後からぐんと強い力で抱え上げられた。
駆けつけた先生たちに抱き抱えられるようにして、強制的に引き離される。
固く繋がれていた俺たちの手が、ぷつりと離れた。
「あっ――」
身体が遠ざけられていく中でも、俺は彼女の瞳から目を逸らすことができなかった。彼女もまた、まっすぐ俺を見つめ返していた。
それが、今井 花音。
それが、すべての始まりだった。




