お前はもう大丈夫だよ
「ゆーちゃん? て呼ばれてんの?」
「そうそう、ゆーちゃんてみんな呼んでる俺のこと」
「ふーん……ゆーちゃんさあ、なんか、かっこよくなったよね。というか、かわいく? なった? ビジュ良くなった」
「あーそう? まじ? それは嬉しいな」
「うん。ビジュいいじゃん」
「いいじゃ〜ん」
そう言って笑い合うと、空蘭は席を立った。コーヒーを2本自販機で買ってきて、俺にくれた。
「……ありがと」
どさっと席に座りるなり、空は口を開く。
「お前はさあ、頑張ったよな。剣道部に入って、ビジュも良くして」
なんとなく、空の言う意味はわかったけれど、反応しづらかった。
「どういう……」
それでも空蘭は、言葉を止めない。
「小学校の時からさ」
「あぁ……ま、まあね。でもたまに、少し食べて太ってしまったりすると、つらくなったりすぐに整形したくなったりするよ」
俺は、小学校の頃に、毎日、それはもう毎日、殴られたり、蹴られたりしていた。
何もしていないのに、そんな目に遭っていた。理由を聞けば、「顔がキモいから」と一蹴された。今思えば、理由なんてなかったんだろう。その場でつけた適当な理由だと思うが、それでも自分のルックスにコンプレックスを抱くと同時に、自分の心も体もどんどん傷ついていった。そして、中学に入る時、自分を守るために、もう暴力を振るわれないようにするために、剣道部に入った。
「……ゆーちゃんとは中学の頃一回も同じクラスになったことないから、小学校以来だけど、中学3年の頃お前が、亜隆に絡まれて殴られそうになった時、スッとそれを返して間合い詰めてやめろって言ったら亜隆がめっちゃビビってた顔してたの覚えてるよ」
中3の頃、休み時間、廊下。
ずっとクラスが離れていた亜隆がたまたま、うちのクラスの近くに遊びに来ていた時。
俺を見つけるなり歩み寄り、手を伸ばしながら、「勇希じゃねえか」と話しかけた。その手は俺の襟へと伸びていくことがわかった。
それを俺は、裏から払いながらすり足で一歩下がり、「暴力はやめてね」って笑顔で告げた。するとら、亜隆がビビった面持ちをして、「じゃあな」って去っていった。そんな場面があった。
「……あったな、見てたのかそんな場面」
「あれは剣道で?」
「うん、払い面とかっていう技があって、それの要領で払った後にすり足で間合いを取って、相手から打撃技喰らわないようにした、ってだけだけど……」
「……」
空蘭は少し驚いた顔をした。まあ、普通に生きてりゃ格闘技や武道の立ち回りなんて知る由もないからな。ましてやそれをリアルの喧嘩に応用するなんて。
俺は話を続けた。
「まあ、小学校の頃は、急に胸ぐら掴まれて膝蹴り入れられたり、何もしてないのに顔面パンチ食らったり」
「してたよな。特にゆーちゃんは」
「うん。俺は、顔がキモいからって理由でさ」
空蘭はスプーンを俺に向けた。箸は人に向けちゃいけないって幼稚園で習ったけど、スプーンは西洋の文化だからセーフなのかな。マナー講師じゃないからわかんない。
「……お前がビジュ良くなったの見てすぐ思ったよ。あの頃に、顔がキモいって理由で毎日殴られたり蹴られたり。俺もしてはいたけどお前は本当にすごかったもんな。剣道部入って中学ではもう暴力は?」
「なかったよ。あったとしても俺が防御して終わり」
「そっか。強くなったんだな」
「まあね……そのために剣道始めたし。でも、剣道って、まあ分かってはいたけど、喧嘩のための競技じゃないから、力任せに打てばいいってもんでもなくて。それでも勝てるけど、勝てるけど、限界があるよね」
剣道はあくまで型にいかに近い打ちをするかの競技だから、だから、俺はずっと、上手くいかなかったのかな。
「まあそうだよね……」
「でも、喧嘩目的で入ったからこそ、剣道の技術を喧嘩を防ぐことに使えたんだよ。うまいやつの中には、人を殴ったことがないとか殴られたことがないとかそんな奴もいたけどさ……」
「いいよ、お前はそれで正解だよ」
「はは、そうかな。最近さ、喧嘩バラエティとか、総合格闘技とか流行ってるやん」
「あー、流行ってるね」
俺たちのカレーが、どんどん減っていく。
話していくうち、小学校の頃の記憶が、どんどん思い返される。喧嘩バラエティ、一回だけ見たけど。
「肘禁止だったり、マウントポジションになったらゴングなったり、手にグローブつけてたり。あんなの、喧嘩でも何でもないよな。本当の喧嘩はもっと残酷で……」
「……大丈夫だよ。お前はもう大丈夫。顔もかっこいいし、学歴もあるし、喧嘩だって強いし、お前はもう」
「……過去の、記憶は」
消せない、俺がそう言おうとしたときら空蘭は立ち上がり、笑顔で俺に告げた。
「……行こう。国際法の授業が始まるよ。他の奴らに会えば、何か見えるものもあるかもしれないよ」
「……ふふ。そうやな」




