第9話
「あの力をまともに食らったら、変身中でも無傷では済まない。あの商人を連れて、はやめに撤退したほうがいいわ。」
影から忠告をするキリエに、頷くアンジュリーだったが、そんなことをは、エレナが許さなかった。
「逃げるの?私と、追いかけっこ、する?」
エレナはオフェリアとアンジュリーの間に位置どって、二人を近づけさせないように立ち回る。その間も、アンジュリーの剣戟をかわしながら、オフェリアの撃った銃弾を剣で叩き落としている。それはまるで演武のようだ。
オフェリアは、リボルバーの中身を特殊装弾に入れ替える。それは銃弾に火薬とともにフロギストンを封入したもので、発射後蒸気燃料を噴出し、超高速で相手に襲い掛かるものだ。それまで、発射音から速度を予想しながら回避していたエレナであったが、予想外の弾速に対処しきれず、足や肩を掠め、彼女を傷つける。
「・・・戦いの邪魔よ。」
エレナは、アンジュリーと対峙しながら、一瞬振りかえり、オフェリアに向かって魔力を込めた斬撃を浴びせる。オフェリアは咄嗟に扇子を取り出し剣自体は防御するが、魔力が乗った剣圧を受けきれず、数百メートル吹き飛ばされて、民家の壁に叩きつけられる。
「がっ・・はっ・・・」
オフェリアは、すぐ立ち上がろうとするが、生身で魔法を食らった彼女に、そこまでの気力は残っていなかったようで、すぐに膝をついた。
「ご、ごめんなさいまし・・アンナ=ユリア様。わたくしは、ファッキン・エレナ・ヴィジランテとやらを甘くみすぎていたみたいですわ・・・。」
「オフェリアさん、あまり動かないで、自分の傷の手当をしていて!」
「おクソ面目ない、痛み居るでございますわ。」
邪魔者を片付けたエレナは、にっこりと微笑むと、アンジュリーへと一歩一歩近づいてくる。エレンディラの黒い輝きはもっと増しているのがわかる。アンジュリーが虹色のレイピアで、エレンディラを受けるが、レイピアがしなって軋み、その力を受け流せていないことが音でわかる。
「そんなイミテーション、無意味よ。」
「えっ・・・」
剣圧に耐え切れず、レイピアが、ばきりと折れた。折れた剣はそのまま魔力を失って消失する。アンジュリーは、すかさず回避するが、避けきれずに後方に弾き飛ばされる。魔法少女服のパッシブ能力だろうか、大きなダメージは入っていないが、びりびりと魔力が肌を焦がすのを感じる。慌てて距離をとるが、このままじゃ、じり貧ってやつだ。
「お、折れた・・・」
「あのレイピアは、あくまで魔力で生成している魔法杖の代わりにすぎないから、正面からの切り合い向かないのよ。もう一度変身すれば、再生されるわ。それにしても、魔力生成した武器を力でねじ伏せるなんて・・。」
「もう一度変身するですって!?でもそれじゃ、相手に隙をあたえてしまう!」
アンジュリーの影から半分身を乗り出したキリエが、驚いたような、分析するような仕草でエレナを見る。じりじりと、そのエレナが迫ってくる。
「キリエッ!ほかに方法はないの・・あいつが持っているみたいな武器とか。」
「なくは無いわ。あとは、純粋なスキルの問題になってしまうけど、貴女、剣を扱ったことはあるの?剣による戦闘イメージがなければ、ただ重いだけの棒よ?」
「・・・ノルトライン公爵家は武門の家系。ただのお貴族様じゃないってこと、証明するわ。」
「本当に?さっきまでのレイピアでの戦いぶり、苦手ってほどでもないけれど、得意って感じはしなかったけれど・・・」
「ウォームアップしてたのよ。大丈夫、十分温まった。」
「・・・そう、わかったわ。じゃあ、これを使ってみて。」
キリエは、影の隙間から、黄金に輝くオーラを纏った剣を取り出して、アンジュリーへと手渡す。手渡すというより、射出して手に収まったといったほうが正しいだろうか。
「オフィル・デル・ドラド・・・素の切れ味は期待しないで。あくまで効率よく魔力を乗せて、相手を魔力で叩き殺すためのエスパーダだから。」
「わかった・・・じゃあ、そのつもりで行く。」
剣を受け取ったアンジュリーが、その鞘を抜くと、黄金の剣身は光を帯びて、輝きだす。アンジュリーが、手首のグリップを聞かせて剣を回すと、その動きに合わせて、風切り音が鳴る。空気が震えている。「ふうん、口先だけじゃないみたいね」とキリエが影に隠れながらつぶやいた。
「これならいけそう・・・。」
「いいわね!そうこなくっちゃ。」
エレナは驚嘆の声を上げた。そして待ちきれんとばかりに、アンジュリーへと切りかかってきて、鋭い突きが宙を裂く。剣先が突き刺さる直前で、アンジュリーは体幹をずらし、エレナの勢いを利用するように、その肩に背中を預けて、反対側へと回避する。
「でも逃げてばっかりじゃね。」
エレナは躱されたとわかると、即座に上体を翻してスイングバイするかのようにエレンディラを反回転させて、アンジュリーの背中めがけて切りつける。
アンジュリーは、それを読んでいたかのようにエスパーダの腹でそれを防御する。鈍い金属音とともに、二つの剣は火花を散らした。
「ねえ、お嬢さん。これが、死が近づいてくる音よ。とても素敵だと思わない?」
「これは、ただの雑音ッ!」
剣先が離れては触れ、触れては離れる。アンジュリーの“黄金郷”は、きちんと彼女の技量を受け止め、その任を果たしている。
「いい顔になったわね。死は娯楽よ?楽しみましょう?」
「いいえ、呼吸と同じ。必要だから、貴女と剣を交えて、そして殺すだけ。」
「・・・たしかに、私たちにとって、殺しは呼吸と同じだわ。それがなくては死んでしまうもの。いいことを言うわ。」
「・・・全然違う。ただ私は、生き残るためだけに、やむをえずに貴女を殺すの。」
「違わないわ。生き残るために食べる食事を、貴方は楽しむでしょう?食欲だってあるはず。それとおんなじよ。」
「殺しが食事と同じ?エレナさん。やっぱりあなたは狂人だわ・・・」
「狂っているのは、どっちかしら?マトモなのは、まあ、そっちかもしれないわね。でもね。一つだけ言えるのは、死人になったら、価値も意味も無くなるってこと!!」
圧倒的な腕力を担保に、エレナはアンジュリーを叩き潰そうとエレンディラを振り下ろす。アンジュリーは、身じろぎもせずに、その剣圧を受け止める。あたりの空気が振動して、衝撃を発生させ、あたりの石壁が崩れる。だが、それを意に留めるまでもなく、剣で受け止めて無効かしたアンジュリーは、その剣に魔力を込めて反撃するイメージを頭の中で膨らませる。
「耐えたね。おもしろい。これは、どうかな・・・」
エレナが構えを上段に変える。彼女の剣は深緑色のオーラを吐き出し、魔力となって刀身に纏わりついてゆく。とどめの一撃に備えて、力を練り上げているのがわかる。
「煙吐く鑑」
エレナが叫ぶとともに、視認できるほどの圧力をともなった剣戟を振り下ろす。瞬間、目を見開いたアンジュリー。迫りくる質量をもった緑色の剣戟に対抗して、下段から逆袈裟に切り結ぶ。少し刃をそらして、エレナの剣を空転させ、脳内に浮かんだ一言を発する。
「失楽園」
同時に、自らの剣を上空に向けてふり抜いた。ふたつの魔力がぶつかりあったその瞬間、目の前の色はすべて失われ、光が剣り結んだふたつの刃に集中する。そこを中心として発せられた闇があたりを包み込んだ。しかし、ほどなくして、圧縮された光が解き放たれる。その光を切り裂かれたのはエレナの方であった。信じられないという顔をアンジュリーに向けながら、エレナを中心にして二人の魔力が爆発した。
街道の石畳が大きくえぐれ、深さ2メートル、半径10メートル四方ほどの大穴が開いている。爆発に巻き込まれた街灯や、看板があたりに倒れている。
立っていたのは、アンジュリーであった。魔法少女服はぼろぼろに引き裂かれているが、自らの足で直立していた。
「はぁ・・・はぁ・・・」
「アンジュリー、やはりあなた、いい筋しているわね。」
キリエが褒める。あたりを見回すと、エレナは、爆発の衝撃で飛ばされたのか、鉄の門戸に叩きつけられ、ぐったりと倒れている。しかし、あれだけの爆発を受けて五体満足でいるということは、咄嗟に防御して衝撃を和らげたのだろうか。
「ファッキン・エレナ・ヴィジランテ・・・。まさか、彼女を倒せる人がいるなんておもってもいませんでしたわ。」
オフェリアが、悪態をつきながらエレナの様子を見に行く。すると、なんと、エレナは息を吹き返し、剣を杖替わりに起き上がろうとしている。
「ま・・まだ・・・まだよ。まだ、戦えるわ・・・」
「動かないほうがいいですわ。」
咄嗟にオフェリアは、2丁の拳銃を取り出すと、ぼろぼろのエレナの頭に銃口を押し付けてにっこりと微笑んだ。
「さあ、アンナ=ユリア様。とりあえず、商会に向かってくださいまし。」
「でも、オフェリアさんは・・」
「帝都からの脱出経路を用意しております。新手が来る前に早く!わたくしも、追いかけますから、早く。」
それでも、決めかねているアンジュリーに、オフェリアがさらに呼びかける。
「死にかけの傭兵一人くらいなんとかなりますわ。」
「わ、わかった・・・。」
走り去るアンジュリーを見て、なおも、抵抗し起き上がろうとするエレナに、オフェリアが再度警告する。
「諦めて立ち去りなさいな、ファッキン・ヴィジランテ。」
「・・・もし、それでも私が追いかけると言ったらどうなるの?」
「いくら魔法少女がなんだと言おうとも、ゼロ距離で頭を吹き飛ばされて耐えられるものなのかしらね?試してごらんにいれまして?」
「やってみたら?」
「できれば、あなたをおファックして、無縁墓地にぶち込むなんてことはしたくないのですけれど・・・」
「この期に及んで、殺しはしない?でも貴女の銃は明らかに殺し慣れしたものだった。真っ白な手のうぶな商人ってわけではないでしょ?」
「ええ。それはもちろん。肩の付け根まで、どっぷりと、ね。わたくしの血はこのドレスと同じ色に染まっていますわ・・・。」
アンジュリーが、ポーリアの馬車が止めてある路地に向かうため、道を曲がったところで、後方から銃声が2発聞こえた。