第10話
アンジュリーのオフェリアへの心配をよそに、ポーリアはアンジュリーだけを馬車で商会へと運んだ。ポーリアは、「お嬢のことは心配するだけ無駄っスよ。殺しても死なないっスから。」と飄々としている。
無事に商会に着くと、商館のエントランスで、ゴシック様ドレスを着た見慣れぬ眼鏡女が待っていた。黒髪ロングヘアの彼女は、貴族然とした立ち振る舞いをしているように見えるが、どこか不穏なオーラを放っている。
「ノルトライン公爵令嬢、アンナ=ユリア・フォン・ノルトライン様ですね・・。」
アンジュリーは、警戒しながら、彼女の意図を図ろうとする。
「違うと言ったら・・?」
「そんなはずはありません。アンナ=ユリア様。」
「・・・それより、貴女は?」
「大変失礼いたしました。わたしは、王宮秘書室のミオ・サラサトゥリエ。リーゼロッテ殿下担当をしております。」
ミオと名乗った女は、凍っているかのような無表情のままアンジュリーに応える。彼女の視点はどこかうつろげで、どこを見ているかわからない不気味さを感じた。
「わたしは、リーゼロッテ殿下より、貴女を王宮へとお連れするよう、申しつかっております。」
「どういうこと・・・?リーゼは私に逃げるようにと・・・。」
「そのままでございます。殿下は貴女に早く来てほしいと、そういっておいでです。」
アンジュリーは、この女の発言を訝しみ、剣の柄に手をかける。彼女の挙動を見定めようとするアンジュリーを、見透かすようなを瞳で見つめる。
まるで蛇ににらまれた小動物のように、アンジュリーは動くことができない。その瞳は宇宙を煮詰めたような紫色をしており、のぞき込むと、そのまま精神を吸い取られそうな気持にさえなる。だが、目線をそらせない。
「わたしと剣を交えますか?やめたほうが良いでしょう。商館で武器を抜くのは、その商会への敵対行為ですから。」
「でも、今、貴女を信用できる証拠がないわ。」
「それに、こちらをご覧ください。」
ミオは懐から手紙を取り出し、アンジュリーに渡してきた。リーゼロッテの直筆のサインがある。そこには、「オスカール家のたくらみの真相がわかった、一度話がしたい」と記載されている。
いまいち明瞭としない手紙の内容ながらも、アンジュリーにはその手紙のサインは本物だということがわかる。
「手紙はわかったけれど、貴女は本当に王宮秘書室の人間なの?貴女みたいな人が居たら覚えていると思うのだけれど、王宮では一度も見たことないよ。」
「アンナ=ユリア様が、わたしを見たことないのは当然でございます。最近不穏ですから、警備増強のためと雇用された傭兵ですから。」
「また傭兵・・・。」
道理でその圧が強いわけである。
「ことは急を要します。王宮馬車をご用意させていただいております。同行いただけますね。」
「リーゼがいうなら、行くしかないわね。」
アンジュリーは、仕方なく彼女に同行して再び王宮へと向かうことにした。ポーリアは、オフェリアの準備どおり逃げなくてもよいのか心配している。オフィリアが、帰ってくるまで待った方がよいといったが、リーゼロッテの火急の用を無下にするわけにもいかない。
若干の胸騒ぎを覚えるアンジュリーであったが、もし罠であったとしても、さきほど翡翠の魔法少女を倒したこの剣の力があれば、2人を相手にしてもなんとかなるのではなかろうか。急ぎ、アンジュリーはミオが用意した馬車に乗り込んだ。ミオが御者に合図すると馬車が走り出した。
「ミオさん。あなたは、魔法少女について知っているのですか。」
「魔法少女?とは?・・なるほど、魔女との契約者のことですか。」
「やはり、知っているのね。」
「傭兵というのは、雇い主の命令次第では、いろいろな相手と戦うものです。」
「戦ったことがあるの?」
「ええ。もちろん、狩り方も心得ております。」
ミオは表情を変えずに、ぞくりと背筋を凍り付かせるようなことを言い放つ。
「もし、王宮に悪い魔法少女が入り込んでいるとしたら、貴女ならどうする。」
「どうするとは?わたしは、傭兵です。雇い主に従って行動するまで、殺せと命じられれば殺すのみです。」
ミオの言葉には、真実味があった。彼女なら、相手が魔女だろうと殺しにいくのかもしれない。馬車の中で沈黙が続いた。
「・・・さて、王宮に到着しました。アンナ=ユリア様。ご準備を。」
かくして、王宮に連れてこられたアンジュリーだったが、どこか嫌な雰囲気が漂っている。馬車をおりたところで出迎えの兵士も御者もいない。しかも、振り返るとミオの姿は消えていた。
最初に宮殿から出てきたのは、リーゼロッテ本人だった。だがその足取りはおぼつかないようである。
「あ・・・んな・・・」
「リーゼ!?」
「・・にげて・・わな・・」
アンジュリーを出迎えたリーゼロッテの様子がおかしい。リーゼロッテは、焦点の定まらぬ顔で、アンジュリーを見つめるが、しばらくしてぷつりと糸が切れたように、力が抜けて地面に座り込んだ。
その様子を伺いながら、リーゼロッテの後ろから現れたのは、マルチェリーナとルシアンヌだった。
「おまえたち・・!リーゼに・・殿下に何を・・!?」
「何をとは失礼ですね。殿下は我々の理念に深く賛同してくださいましたのよ。」
「理念!?これが?」
「ええ、少し熱く語り合いすぎて、疲れてしまったのでしょう。」
「そんなはず・・・それに、ヴェロニカはどうしたの・・。」
「ヴェロニカ?ああ、あの汚い東方犬か・・。反逆者のスパイ疑惑があって、殿下をたぶらかした罪で、厳しい取り調べを受けているところさ。反逆者の仲間を吐かないと嬲り殺されるかもね。」
「・・・そ、そんな・・!?」
「当然の報いです。」
「・・・させない・・。それにリーゼも正気に戻す・・!」
「ああ、暴れるというのですか?」
アンジュリーは、変身と同時に剣を抜くが、それを見たマルチェリーナは、自らの杖の先をリーゼロッテの首にあてる。すると、リーゼロッテが苦しそうなうめき声をあげた。
「あらあら、女暗殺者が再び戻ってきて、リーゼロッテ殿下を暗殺した・・・なんて明日の新聞に載ってしまいますねぇ・・。」
「やめて!」
剣を下ろし、魔法を解除する。
「でも・・そっちがその気なら・・・キリエッ!!!」
その代わり、アンジュリーは、自らの影を差して、魔女を呼ぶ。
だが、その呼び声に応えるものはいない。
「キリエ・・・どうして・・・。」
「キリエ様とは、この魔女のことでしょうか。」
背後から、紫色の光で四肢を縛られ、空中に拘束されているキリエが現れた。そしてそれを操る影が一人。
「あら、魔女さま。お手を煩わせてしまって申し訳ございません。」
マルチェリーナが、魔女さまと呼んだ相手は、ミオだった。
「魔女さま!?ミオさんが?」
「こんにちは。わたしは混沌の魔女ミオ・サラサトゥリエ。改めましてこんにちは。マルチェリーナ様の契約魔女です。」
彼女は無表情のまま応える。瞳の奥の六芒星がはっきりと見える。それは、クロウリーの六芒星と呼ばれる魔法陣である。
「さきほど、アンナ=ユリア様は、わたしが、スクラーヴェを戦ったことがあるかとお聞きになりましたよね。わたしは狩り方を心得ていると返しました。すなわち、スクラーヴェを狩るには、その契約魔女を殺せばいいわけです。」
アンジュリーは、ミオの口元から、ちらりと舌ピアスが覗くのが見える。見てはいけないものをみたような感覚に襲われたアンジュリーはふと目をそらそうとしたが、それを見たミオが、はじめて微笑んだことに気づいた。
「ごめんなさい、アンジュリー。商会についた瞬間からこいつに拘束されてたの。もっと早く気づければ警告できたのに。」
「どうして・・!?」
「こいつは、半分の獣と呼ばれる魔女。一切の魔力を無効化して、精神に干渉する力を持っている。マルチェリーナの契約者がこいつだという可能性に気づけていれば、もうすこし警戒できたのに、ごめんなさい、私の落ち度よ。」
キリエの謝罪を遮り、ミオがアンジュリーの顎を指でなぞる。
「アンナ=ユリア様。貴女は実に愛らしいお方です。このような光を愛せない魔女ではなく、わたしと再契約をなさる気はございませんか。」
「魔女様?」
「これは失礼しました、マルチェリーナ様。」
アンジュリーにヘッドハンティングをもちかけるミオを、マルチェリーナが諫める。依然として、マルチェリーナはリーゼロッテを人質にしており、キリエという切り札も失ったアンジュリーは、大人しく彼女らの言うことを聞くほかなかった。
そんなアンジュリーに、マルチェリーナが勝ち誇った顔で吐き捨てる。
「茶番はこりごりですわ、アンナ=ユリア・・・ではなく、アンナ=ユリア嬢を騙る刺客さん。では、大人しく拘束されていただけますね?」




