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六 : 大志 - (19) 六月二日・弐

「勘九郎様!!」

 明らかに緊張と不安で強張った顔をしていた松姫は、信忠の姿を目にすると駆け寄ってきた。侍女の菖蒲も表情が幾分か和らいでいる。

「お待たせして申し訳ありません」

 まずは詫びた信忠は、(とき)が惜しいとばかりにすぐ本題へ入った。

「明智は本能寺に居る父を討つのに躍起になっております。瀬田の封鎖が完了する前に、お逃げ下され」

「……勘九郎様は、如何(いかが)されます?」

 一緒に逃げると言わなかった事に対して疑問を感じた松姫が訊ねると、信忠は穏やかな顔で答えた。

「私は――守りの堅い二条御所に籠もり、時間を稼ぎます」

 その内容に、居合わせた三人は仰天した。敵が満ちる京に残るのは、死にに行くようなものだからだ。

 特に、先程まで家臣達と“信忠を逃す”ことを話し合っていたのを知っている伝兵衛は、全く真逆の事を口にした事実に驚きを隠せなかった。自らが(おとり)となって愛する者を逃すなど、滅亡を迎える武家がする事ではないか。

 松姫も信忠が身を(てい)して敵を引き付ける事を臨んでいなかった。涙が滲む瞳で信忠の目を見つめて、フルフルと首を振る。だが、信忠の決意は固く、松姫の懇願にも揺るがなかった。

「敵の狙いは私です。私が引き付けている間は敵の警戒も緩みます。その隙に、東へ逃げて下さい」

 気持ちを変えられないと悟り、肩を落とす松姫。それから、信忠は伝兵衛の方に顔を向ける。

「伝兵衛」

「……はっ」

 名を呼ばれた伝兵衛が応じる。

「頼みがある」

 先程から変わらず、穏やかな表情で告げる信忠。何を言われるか読めない伝兵衛は、主君からの言葉を待つ。

 直後、信忠は伝兵衛の目を見つめながら、一気に言い切った。

「松姫様は近江・美濃・尾張に詳しくない。菖蒲殿と協力し、松姫様を武蔵までお送りせよ」

 その気配から只事ではないと覚悟をしていた伝兵衛だったが、信忠の口から飛び出した内容に衝撃を受けた。そして、信忠の口から菖蒲の名が出てきた事に松姫は驚いた。

「……どうして、私にそのような大役を」

其方(そなた)、安房守の忍びだろう?」

 信忠の指摘に、菖蒲は何も言い返さなかった。沈黙は肯定と同義、長く支えてくれた人物の正体を知って松姫も目を丸くした。

「松姫様への言伝は安房守にしか伝えておらぬ。そして、安房守も内情を探る目的で身辺警護を兼ねて武田家中に忍びを送り込んでいたのを(ほの)めかしていた。この二点から、安房守の書状を松姫様に渡した人物こそ、真田家の忍びと考えたまでだ。……違うか?」

 そう投げ掛けると、菖蒲は観念したように「……はい」と認めた。一刻を争う状況であるのを考慮して、身を明らかにした方が得策と判断したみたいだ。

「一つ申し上げたいのは、殿から命じられましたが松姫様を(あるじ)と思いお仕えしてきた気持ちに偽りはございません。身元を隠していたのは謝りますので、どうか信じて下さい……!!」

 言うなりガバッと土下座する菖蒲。(ひたい)を床に付け、精一杯の誠意を形で示している。

 それに対し、松姫は――菖蒲の手を取ると、優しい声で語り掛けた。

「これまで、菖蒲にどれだけ励まされ、尽くしてくれたことか。疑うなんてとんでもない、寧ろ感謝しています。……私を守ってくれて、ありがとう」

 非難されてもおかしくないのに、松姫は菖蒲に感謝の思いを口にした。その慈愛に満ちた態度に、菖蒲は再び(こうべ)を深く垂れる。

「……主命ながら、私は最期まで殿と一緒に戦いとうございます!!」

 信忠の命ながら、受け入れられないと反発する伝兵衛。不満を(あら)わにしながらさらに続ける。

「それに、私は尾張にも美濃にも近江にも地縁はございません。大切な松姫様を安全に送り届けるなら、譜代の方に託すべきかと存じます!」

 伝兵衛の主張にも一理ある。近江の一部は明智領であるし、美濃は光秀と縁がある土地。明智に通ずる勢力が出ないとも限らず、地形や道を把握している地縁のある者こそ適任だと言うのだ。

 だが、信忠は首を振る。

「地縁の者は土地の者に顔を知られている。また、明智に与した者に身内を人質に取られて脅される恐れもある。ここは逆に、結び付きのない者こそ相応しいと考える」

 土地に(ゆかり)のあるのは利点がある一方、しがらみがある裏返しだ。その弱味に付け込まれれば、松姫の身に危険が及ぶ可能性があると信忠は言う。

 それでも納得しない伝兵衛に、信忠はさらに言葉を重ねる。

「それに……譜代の者は多かれ少なかれ“この先”の身の振り方について考えるだろう。その点、私個人に仕えている伝兵衛はその心配が要らない。忠義に厚く身軽に動ける伝兵衛にしかこの大事な役目は頼めないのだ」

 織田家に仕える家臣は“禄を保障してくれる”から仕えるのであって、“信忠個人”の為に仕えている訳ではない。明け透けな言い方をすれば、信忠が死んだ後は“見返りが望めない”からと遺命に背く恐れがある。そう考えれば、信忠個人に忠誠を誓っている伝兵衛は損得を抜きにして遺命を実行してくれる可能性が最も高い人材と言えよう。

「頼む、伝兵衛。お主しか居ないのだ。――この通り」

 そう言い、床に手をついて頭を下げる信忠。

 最期まで主君の側に居たい伝兵衛の気持ちは重々承知している。しかしながら、松姫を安全圏まで送り届ける役目を貫徹(かんてつ)してくれるのは伝兵衛を置いて他に居ないと考えていた。こんな我が儘を聞いてくれるのも、心を許す伝兵衛だけだ。

「……分かりました」

 信忠の強い思いに、伝兵衛の方が折れた。

 この役目は損得だけで見れば、損でしかない。死に()く主君との約束を、見返りも望めない状況でも完遂(かんすい)してくれる忠義に厚い者にしか出来ないのだ。そう考えれば、自分しか居ないという結論に伝兵衛は至った。共に死ぬだけでなく、遺命を守るのも忠義の一つだと思い直した。

「……ありがとう。伝兵衛みたいな忠義者を持てて、私は本当に果報者だ」

「勿体無きお言葉……」

 望外な言葉に震える伝兵衛。

 これで、方針は固まった。松姫と菖蒲が荷物をまとめる傍ら、信忠は紙に何かを(したた)めて伝兵衛に渡した。

勘定方(かんじょうがた)にこれを見せて、持てるだけの銭を貰え。余れば自由に使って構わぬ」

「……承知致しました」

 手渡された紙には『伝兵衛の望み通りに渡せ』とする一文と信忠の花押が記されていた。この先どうなるか全く読めないが、銭は沢山あっても困る事は無い。松姫を安全に送り届けられるなら、金など惜しくなかった。

 伝兵衛も支度を整えるべく、部屋から出て行った。一人部屋に残された信忠は、肩の荷が下りたように清々しい顔をしていた。

(これで、良し……)

 父の薫陶に反する選択をしたが、後悔は無い。それどころか、愛する者を守る為に命を燃やす事に誇りさえ感じていた。

 何年か前までは、命よりも誇りを選ぶ人の気持ちが全く理解が出来なかった。でも、今なら分かる。自己満足なんかではない、命より重いものがある、と。

(弾正殿も、こういう気持ちだったのかな)

 信忠の脳裏に浮かんだのは、天正四年に自害した松永久秀の顔だ。降伏を促すべく敵地・信貴山城へ潜入した折、別れ際に屈託のない笑顔を見せてくれた。その時の顔が、ふと脳裏に蘇った。

 たかが茶釜一つで死を選ぶなんて、馬鹿げている。あの時は確かにそう思った。だが、信忠は二日前に会った松姫の為に、命を捨てようとしている。他人からはこの決断に首を(かし)げるかも知れないが、それでも構わなかった。「笑いたければ笑えばいい、私は幼い頃“奇妙”と呼ばれていたのだから」と胸を張って言い返してやりたいくらいだ。

 思い残すことは、無い。あとは最後の仕上げをするのみ。皆が待つ広間へ歩き出す信忠。その背中は、自信に満ち溢れていた。


 五月十七日に饗応役の解任と中国筋への出撃命令を受けた明智光秀は、当日中に居城・坂本城へ戻って出陣の支度に入った。

 だが、光秀の動きは明らかに(にぶ)かった。ある程度の兵が揃った段階で出発してもいい筈なのに、光秀はなかなか腰を上げない。三月の武田攻めの後には信長から軍役を解かれ再招集に時間が掛かったとしても、“緩慢(かんまん)”を最も嫌う信長の気性(きしょう)を考えれば叱責がいつ飛んできてもおかしくなかった。二十六日になりようやく坂本城から出陣して丹波亀山城へ入ったものの、翌二十七日には『戦勝祈願をする』と愛宕(あたご)山の愛宕権現(ごんげん)に参拝・宿泊。次の日の二十八日には連歌(れんが)会を(もよお)すなど、明らかに無駄足を踏んでいた。

 五月二十八日の内に亀山城へ戻った光秀は、六月一日に一万三千の兵を率いて出陣。少し進んだところで小休止し、腹心の臣である明智“弥平次”秀満・斎藤利治・藤田“伝吾(でんご)行政(ゆきまさ)・溝尾茂朝(しげとも)・明智“次右衛門(じえもん)光忠(みつただ)の五名を秘かに呼び、その場で『信長を討つ』と打ち明けた。五名は大層驚いたものの主の扱いや苦悩を間近で見てきたからこそ知っており、主君の決定を止める者は居なかった。

 明智勢は京の方面へ進軍。兵達には『都に()わす上様の閲兵(えっぺい)を受ける』と説明する一方、光秀は安田国継(くにつぐ)に『通報しようとする怪しい者は斬れ』と命じ、行軍を悟られないよう対策を打った。

 日付を跨ぎ、六月二日未明。桂川に着いた光秀は、足軽に草履を新しいものに替え、火縄に火を点けるよう命じた。これ等の命令は戦が近いのを意味しており、何も知らない将兵達は困惑した。それに対し“光秀は「上様の命で三河守を討つ」と伝えさせた”とフロイスが記した『日本史』に書かれている。(ちな)みに、光秀が皆の前で「敵は本能寺にあり!!」と宣言した有名な逸話は後世に造られた俗説とされる。

 一方、何も知らない信長。就寝していた信長は外の騒がしさに目が覚めると、側近の森蘭丸に「下卒の者が喧嘩している。鎮めてこい」と命じた。だが……程なくして(とき)の声が上がり鉄砲が撃ち込まれ、ここでようやく敵の襲撃と知った。『三河物語』では「城介(信忠の官名)の別心(謀叛)か」と漏らしたが蘭丸から「明智かと思われ」と訂正した、という記述がある。また、光秀の謀叛を知らされた信長は「是非に及ばず」と一言だけ言って、頭を切り替えて応戦の準備に入ったとされる。

 信長は当初弓を放っていたが、(つる)が切れたので槍で応戦した。だが、奮闘している内に敵の槍で右肘に傷を負い、これ以上の抵抗は難しいと判断。建物の中へ退(しりぞ)いた。それを明智勢も追いかけようとしたが、近習達が死に物狂いで食い止めた事で前に進ませなかった。

 自らの手で信長を討つ事は(かな)わなかったものの、本能寺は火に包まれた。信長の死はほぼ確実のものとなり、光秀は第一の目的を達成させた。

 織田信長、享年四十九。“人間五十年”より一年早く、偉業を間近にした死であった。


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