百十七 紛糾するもの
「ええい、前線は何をやっておるか!!」
味方が反乱軍の策にはまり、陣が崩壊したとの報を受け、副官である鹿島貞時の怒号が本陣に鳴り響いた。
本来ならば雑兵など蹴散らして、一気に諏訪部氏の本陣まで食い破る算段であったのだ。
これまでの戦ではそれが通用していただけに、鹿島本陣の動揺ぶりは大きかった。
「貞時……我等は負けるのか」
不安そうに呟く若き将、鹿島貞政の声を受け、貞時は我に返って即否定した。
「若……いえ、少将殿。戦はまだ決しておりませぬ。予備兵力をもって再度突撃をしかければ、敵の包囲の裏側を突くことができましょう」
「しかし予備兵力は残り五百を数える程度であろう。それであの分厚い包囲を破れるものか?」
「それは……我等が歴戦の猛者達ならばやってのけるでしょう」
一瞬言葉に詰まるも、貞時は強気の姿勢を崩さなかった。
しかしその空元気混じりの言葉も、静まり返った本陣に虚しく響くだけであった。
「ほほほ。どうやらお困りのご様子ですな、少将殿、副官殿」
そこへこれまで沈黙を守っていた芦屋道子が、慇懃に手を差し伸べた。
「副官殿は強気なれど、傍から見ても明らかに劣勢。みだりに突撃しようものなら、悪戯に兵を失うだけ。このままでは負けは必定でございましょう」
「なれば、貴殿には腹案があるとでも申すのか!」
誰もが口にできなかった正論を、喜々として振るう道子に、貞時が噛みついた。
「もちろん、ございますとも」
敵意剥き出しの貞時に、余裕たっぷりに微笑み返すと、道子は広げられた地図を指差した。
「まずは数の不利を解消すればよろしいのでございましょう? わたくしめ、これで諸人の傷を癒すが得手にございまして。お任せ頂けるならば、前線を一手に立て直してご覧に入れましょうぞ」
とんとんと、前線が苦戦している箇所を指で叩きつつ、貞政へ向けて流し目を送る道子。
「馬鹿な! できようはずがない!」
「本当に、そんなことが可能なのか」
否定を叫ぶ貞時を制し、貞政は道子の瞳を射抜く。
「可能でございます。少将殿がお信じあそばされるならば、でございまするが。わたくしめも、帝都より派遣されて参った身。何もせずに逃げ帰ったとあらば、我が主に叱られてしまいまする。ここは一働きさせて頂ければ幸いにございますれば」
うやうやしく袖を掲げる道子をしばらく見つめると、貞政は大きく息を吐いて頷いた。
「許す。一か八か、貴殿に任せよう」
「少将殿! かような怪しげな術に頼ると申されるか!」
貞政の決定に、すかさず異を唱える貞時。
しかし貞政の決意を揺るがず事はできなかった。
「こうまで自信たっぷりに言うのだ。やらせてみるのも一つの手だろう。もし失敗したならば、貴殿の言うように予備兵力を投入すればよい。それでどうだ?」
「……そうお考えならば、拙者としても従うのみです」
ここまで言われては、副官としてもぐうの音も出ない。貞時も素直に引き下がった。
「では芦屋殿。お手並み拝見仕る」
貞政が軽く顎を引いて正式に命ずると、
「お任せあれ。謹んで拝命致しまする」
道子は袖の裏で笑みを広げるのであった。




