百十五 焼き斬るもの
熱水の刃が遠方から鞭のように振るわれ、酒呑童子を襲う。
酒呑童子は金棒と瓢箪を巧みに操り熱刀を防いでいるが、飛び散る飛沫までは完全には防げず、全身に細かい火傷を受けていた。
「くそが! 遠くからちくちくと! さては俺様にびびったか!?」
罵りながら距離を詰めようとする酒呑童子だが、白星も当然距離を取る。
「かか。戦とは己の有利な土俵で戦うものぞ。ぬしの得手にわざわざ付き合うてやる義理なぞ、これっぽっちもないわ」
笑いながら熱刀を振るい、近寄ろうとする酒呑童子を無慈悲に押し戻す白星。
その表情には、獲物をいたぶる残忍さを隠そうともしない、獰猛な笑みが全面に張り付いていた。
「しかしよう防ぐものよ。さすがは鬼の首魁と褒めてやるかの。では、これならどうか」
白星が言うが早いか、酒呑童子を狙う熱刀が根元から二つに分かれ、二方向から攻め立て始めたではないか。
「うおお!?」
これには予想外だったようで、弾き損ねた片方の激流を右肩口に食らい、悶える酒呑童子。
じゅわりと新たに肉を焼き、焦がす匂いが立ち込める。
「ちっ! だが一度見た技はもう食わねえぞ」
傷口が大したものではないと断じ、金棒を振り回して熱刀を遮断する酒呑童子は、じりじりと白星との距離を詰めていた。
無論、それに気付かぬ白星ではない。酒呑童子を押し戻すべく、更なる残酷な手段を繰り出した。
「かか。一本、二本で止まらぬならば、三本、四本となればなんとする?」
白星の左手から伸びる熱刀が、更に倍──四本に激増し、酒呑童子の行く手を阻んだ。
「おおお! まだまだあ!」
瓢箪を盾代わりとし、多少の被弾も気にせず酒呑童子が突進する。
強引に間合いまであとひとっ跳びというところまで肉薄した時、白星の笑みが一際大きなものとなった。
「見事なり、酒呑童子よ。褒美にこいつもくれてやろうぞ」
四本の熱刀を断ち斬り、金棒を振りかぶった酒呑童子は、確かに白星を捉えたと思った事であろう。
しかし現実には、更に二本追加された迸る激流が、がら空きだった両の胸を貫いていた。
「ぐ、が……!」
苦痛と驚愕に息が止まる酒呑童子。
対して白星はにやにやと嫌らしい笑みを湛えていた。
「名付けて六岐はばぎり、と言ったところかの」
白鞘で地を打ち拍子を取り始め、白星は更に言葉を紡ぐ。
「忘れたか。わしはすでに六つの首を得ておることを。権能を同時に六つ操ることなぞ、最早造作もないことよ」
「て、てめえ……」
満身創痍で悪態をつく酒呑童子を、続けざまに盛り上がった大地の槍がその場に縫い止めてゆく。
「がああああ!?」
「さて。いい加減、そっ首落として楽にしてやろうぞ」
悠々と酒呑童子の元へ近寄り、白鞘を構える白星。
最早成す術なしに見えた酒呑童子だが、口から血泡を吐きながらも不敵に笑って見せた。
「ようやく近くへ来たな……?」
その瞬間、己を束縛していた土の槍をへし折ると、振り上げた形のままだった金棒で白星を思い切り殴り飛ばしていた。
「くあっ」
これには流石の白星も不意を打たれ、脳天を強かに打ち据えられてよろめいた。
頭部が変形する程の一撃を受けて、すぐに動けようはずもない。
酒呑童子は第二撃を放つ為、中空へ大きく飛び上がり、金棒を天高く掲げた。
「死にやがれぇ!!」
決死の掛け声とともに急降下する酒呑童子。
対して未だ態勢定まらぬ白星。
これにて勝負は決するかと思われた矢先であった。
「……鳴神よ」
ぼそりと白星が呟いた言霊にて、形勢は逆転した。
宙にて金棒を握り締めていた酒呑童子を、一閃の雷が撃ち抜いたのである。
これこそ視界と身動きを奪われた白星にできる最良の一手であった。
「あ……? ああ……」
真っ黒焦げとなり、岩場へどさりと落ちる酒呑童子。
その時には白星の混濁した意識も回復し、頭から夥しい血を流しながらも、しかと両の足で地を踏み締めていた。
「最後の最後まで諦めなんだとは、天晴な奴よ。思わぬ教訓を得たわ」
呟きながら、白鞘を迸らせる白星。
するとうわ言を繰り返していた酒呑童子の首が、ごろりと大地に転がり、瞬く間に黒い塵へと成り果て白鞘に吸い込まれて行った。
「恐ろしい執念を持った奴であったが……酒呑童子、これにて討ち取ったり」
さしもの白星も此度の戦に余力はなく、その場に崩れるように座り込んだ。




