百十四 押し流すもの
「ぎゃっはっはっは!! 口ほどにもねえな、姉貴よお! もう終いかよ!」
ばちばちと、業火に焼けた土石が弾ける音が響く中、酒呑童子は呵々大笑していた。
白星がめり込んだ崖の周囲は紅蓮が塗り潰し、何人も近寄れない程の熱気が渦巻いている。
さすがの白星も無事では済むまいと思わせる、地獄のような様相を呈していた。
仮に生きていたとして、どのようにすればこの灼熱地獄を乗り越えられるものか。
酒呑童子はそんな芸当は不可能だと断じ、己の勝ちを確信していた。
──その油断が綻びを呼んだものか。
白星がいるはずの崖がきらりと一瞬光を放ったかと思うと、高速で飛来した何かが、酒呑童子の頬をちりとかすめ、血の筋を作っていた。
「ああ……?」
酒呑童子が訝しがる内に、更なる変化が起こった。
白星がいるであろう場所を中心に、突如として大量の水が溢れ返り、灼熱の焔を青く塗り替えて行くではないか。
その勢いは津波の如く。
焼け残った岩石をも押し流し、高く盛り上がったかと思えば、酒呑童子目掛けて押し寄せた。
「ちっ! 呑まれてたまるかってんだよ!」
酒呑童子は大きく後方に跳躍し、水嵩が届かぬ岩場まで速やかに退避する。
しかし、まさにその時を狙っていた者がいた。
「──穿て。はばぎり」
高所にて余すことなく身を晒した酒呑童子を、高速で伸びた激流の刃が貫いた。
「がぁっ!?」
酒呑童子は咄嗟に身を捻り、瓢箪を盾にして水流を断ち切ったが、初撃は横腹を大きく抉っていた。
しかし臓腑にまで達する傷口だと言うのに、血液の一滴もこぼれていない。代わりにぶすぶすと焦げるような匂いと黒い煙が漂うのみ。
何故なら、水かと思われた激流の刃は、超高温の湯で形作られたものであったのだ。
あまりの熱量に、傷口は大火傷を負い、瞬時に焼き塞がれていたのである。
「てめえ……よくもやりやがったな」
酒呑童子が傷の痛みも忘れ、怒りに燃える目を向けた先には、着物の裾を濡らした白星が悠然と立っていた。
「かか。わしに火で挑むのは無謀よ。水に氷に土。対抗手段はたんとあるでな」
にやりと笑って見せる白星は、あれだけの業火に包まれたにも関わらずほぼ無傷であった。
崖に叩き付けられ、炎が迫る寸前に穴を土で塞ぎ、冷風で温度を調節しながら津波の術式を編んだのだ。
そして酒呑童子の腹を穿ったのは、熊野にて須佐之男命より奪った熱湯の剣であった。
「ぬしの怪力に付き合うのはこりごりよ。行儀よく剣で勝負するはもう終いぞ。せいぜい覚悟せい」
左手からもうもうと湯気を上げる熱湯を垂らしながら、白星の口元が三日月型に歪んだ。




