百十三 激突するもの
「かか。ようやく現れよったか」
倒れた木々に埋もれていた白星は、それらをがらりとのけると嬉し気な表情を晒して立ち上がった。
「いかに姉貴と言っても、ここまで舐められたんじゃ腹の虫が治まらねえからなあ! 直々に潰しに来てやったぜえ」
喋る合間に瓢箪を口に運び、ぐびりぐびりと酒を呑む鬼の少女。
その名が示す通り、かなりの酒好きにして酒豪らしい。
「ふむ。ぬしもわしの首だという自覚はあるのだな。一応言うておくが、大人しゅうわしの物となった方が楽に逝けようぞ」
「ああ? 笑えねえ冗談だな。数千年眠りこけてたてめえと、その間暴れ続けてた俺様とじゃあ、年季が違うんだよ。逆に取り込んでやるぜ。ぎゃっはっはっは!!」
「まあ、そう反抗するのが自然であろうな。でなくば歯ごたえがないわ」
「まさか。本気で俺様をやるつもりなのか? そいつは笑えねえぞ、姉貴よ」
一笑に付した白星の言葉を受け、酒呑童子の笑い声は鳴りを潜め、怒りの面相に早変わりした。
「かか。戦で笑わねばなんとする。それ程に余裕がないのかの。大江の総大将が聞いて呆れるわ」
木々の残骸からすっかり抜け出し、全身の埃を払う白星は、更なる挑発を投げかける。
「言わせておけば……てめえ、吐いた唾は飲めねえぞ」
「かか。互いにの。どれ。では死合うとするか」
言うが早いか、双方同時に地を蹴って、空中で得物を交差させた。
その瞬間、凄まじい衝撃が辺りに広がり、遠巻きにしていた鬼達を吹き飛ばして行った。
一合、二合、と打ち合う度に、足元の地面は抉れ、散らばっていた木々や土石が乱れ飛ぶ。
最早尋常な戦ではなく、まさに人外同士の決闘の様相を呈していた。
「茨木がやられたと聞いた時は耳を疑ったが! 俺様の金棒をこうもさばくたあ、満更嘘じゃあなかったみてえだなあ!」
「かか。逆にぬしは力任せに振るうだけか。茨木の方が技としては上を行っておったぞ」
「焦るなよ、当然まだ本気じゃねえ。すぐ済んだらつまらねえからなあ!」
「それは楽しみなことよな」
凄まじい力の応酬の中、二人の怪物はまるで世間話のように会話を弾ませ、顔を綻ばせる。
それは互いに離れていた時間を取り戻すじゃれ合いにも見えたが、こうまで過激な姉妹愛もそうはないであろう。
やがて、膂力に分がある酒呑童子の攻勢が一歩抜きん出て激しくなり始めた。
白星は防戦一方になり、受け流すのが精一杯。しかして顔には余裕の笑みを張り付けている。
「その面あ……気に入らねえんだよ! いつまでも下に見てんじゃあねえぞ!」
大地を割る程の踏み込みを見せると、酒呑童子は金棒を振り上げて白星へと激しく叩き付けた。
流石の白星もこの一撃はさばけまいと判断し、横へと避ける。
しかしそれは酒呑童子の張った罠であった。
次の瞬間、白星の避けた先に回り込み、巨大な瓢箪で強かに殴り飛ばしていた。
「おまけに食らっときな!」
弾け飛んで崖にめり込んだ白星目掛けて、酒呑童子は瓢箪の酒を口に含み、一気に噴き出した。
すると吹いた酒が一瞬で炎の蛇と化し、周囲の木々の残骸諸共白星を焼き始めたではないか。
木々が一瞬で黒炭も残さず燃え尽きる業火の中、白星の動きは未だ見えなかった。




