百十二 現れるもの
茨木童子を破った白星は、大江山の中腹まで辿り着いていた。
無論行く手には無数の鬼が立ち塞がっていたが、そのほとんどは強まった白星の妖気の前に倒れ伏し、養分として取り込まれるだけであった。
妖気に耐えた者すら、茨木童子ほどの猛者は混じっておらず、白鞘の一閃にて即座に塵と化し、白星の糧と果てた。
これにより白星は、茨木童子と戦った事による疲労と傷をすっかり回復し、より万全の状態で鬼の首魁に挑むことが可能となっていた。
「しかし、さすがに鬼の本拠地。ちと数が多くて飽いてきたの。いっそあちらから出向くよう仕向けるか」
向かって来た大鬼を真っ二つに両断しつつ、白星は何やら思案し始めた。
「かか。ここは一つ、妖怪らしゅう振る舞ってみるか」
見るだけでもおぞましい妖気を惜しげもなく晒す白星は、その場に留まり白鞘でゆっくりと地を打ち始めた。
規則正しい拍子がしばし紡がれ、同時に白星の体内を巡る気が爆発的に高まってゆく。
「こんなものでよいか」
拍子を取るのをやめた白星は呟くと、白鞘を軽く持ち上げ、素早く地面へと叩き付けた。
次の瞬間、べこり、と蜘蛛の巣を思わせる大きなひびを作って大地がへこみ、次いでずしんと周囲広範を激しい揺れが襲った。
白星を遠巻きに囲んでいた鬼達は立っていられず、皆足を取られては鞠のように転げ回る。
「ほうれ、もう一つ」
愉快そうに笑う白星は、再び地面を打ち付け大地震を引き起こした。
樹々は倒れ、岩山は崩れて土砂崩れを起こし、鬼達が恐慌に陥る程の揺れ。
自然に起こる地震の規模を遥かに凌駕した、恐るべき御業であった。
六つの首を揃え、鬼の放つ邪気をたらふく喰らった白星は今や、天災をも自在に操る化け物へと変貌を遂げていたのだ。
「かか。酒呑よ。早う出てこねば、大江の山が平らになるまで揺らしてくれようぞ」
立て続けに地震を起こしながら、白星は嗤う。
そこに平時の温厚さは微塵も残っておらず、ただただ無邪気に破壊を愉しむ怪物の姿があった。
幾度目かになる揺れを一度治めると、白星はしばしの間反応を待った。
ここまで縄張りを荒らされて出てこないならば、とんだ臆病者である──と、結論付ける前にそれは現れた。
山の頂上から直接跳び下りて来たのだろう影が、白星の頭上に覆い被さった。
そして白星が視認するよりも速く手にした得物で殴り掛かると、白星が防御したにも関わらず、そのままの姿勢で激しく弾き飛ばしたではないか。
倒れて折り重なった木々を貫通して吹き飛んでゆく白星と入れ替わりに地に降り立ったのは、白星と同じ年頃の少女であった。
身の丈よりも長大な金棒を軽々と右手に担ぎ直し、侵略者に向けて一喝する。
「いつまでも調子に乗ってるんじゃあねえぞ、馬鹿姉貴がぁ!!」
浅黒い肌に薄い衣を巻き付けただけの粗野な身なりに、左手にはこれまた巨大な瓢箪を抱えている。
そして額から覗く二本の長く太い角が、彼女の立場を示していた。
「大江の山の総大将、酒呑童子様のお出ましだ! 手下が世話んなったな! 直接礼をしにきてやったぜえ!」
瓢箪の酒をぐびりとあおると、鬼の少女は白星を吹き飛ばした方向へ向けて雄叫びを上げた。




