百十一 凍てつくもの
白星と茨木童子の斬り合いは未だ続いていた。
剣速は白星がやや優勢。
白鞘による殴打が幾度も茨木童子を捕らえている。
しかし茨木童子は頑強さにものを言わせ、連撃の合間を縫って強力な反撃の一刀を放ってくる。
それに攻勢を寸断され、再び仕切り直しを繰り返し、どうにも攻め切れずにいた。
「かか。なんとも頑丈な奴よ。並の鬼ならば一振りで消滅しておるものを」
「この茨木をそこらの雑魚と同様に思うな。小娘が」
「そうさな。このまま剣では勝負が長引くか。まったく、手加減とは難しいものよ。なれば、少し手を変えてみるかの」
流石に白兵戦では怪力の茨城童子に軍配が上がると見た白星は、白鞘の妖気を解放し、円陣を組んで一騎打ちを観戦していた下っ端の鬼達をたちまち取り込んだ。
「おのれ、またしても我が配下を!」
周囲から盛んに上がる苦悶の声に、茨木童子が激高して踏み出した刹那。
どすり、と。
足元から盛り上がった土の槍が、足裏から膝元までを貫いていた。
「がっ!?」
激痛に一瞬動きを止める茨木童子だが、即座に土槍をへし折って後方へ大きく飛びすさった。
その直後、茨木童子がいた場所に二の槍、三の槍が次々と生え、回避していなければ八方串刺しになっていたであろう。
それを見越しての無理な後退だった。
「ほう。頑丈なだけでなく、勘も鋭い奴よ。ますます殺すには惜しいの」
白星は剣戟の最中、舞いながら地面に方陣を仕込んでいたのだ。
「ほざけ、小童が……!」
初めて深手を負った茨木童子の声が怒りに震える。土槍を足から引っこ抜きながら、白星を睨み付けた。
傷を付けられた事より、手加減をされていたことに憤っているのだ。
「ここまで妖気を扱うのはわしも初のこと。手元が狂うてやりすぎても恨んでくれるな。すぐに眷属にならなんだぬしが悪い」
白星が話している間にも、雨後の竹の子の如くに土槍が次々と茨木童子目掛けて生えてゆく。
茨木童子はそれらを薙ぎ払い、避け、防戦一方に追い込まれた。
「おのれ……おのれ、おのれおのれおのれぇ!」
怒りにわななきながら、茨木童子はばきんと叩き折った土槍を、白星目掛けて複数まとめて吹き飛ばす。
しかしそれは白星の計算内。
切り風伴う極寒の吐息で氷の壁を作り、残らず弾き返した。
そしてそれが防がれることは茨木童子も想定内であった。
一瞬白星が攻めの手を緩めたと同時に地を駆け抜けていたのだ。
「一刀にて両断してくれる!!」
信じがたい速度で白星の目前まで辿り着いた茨木童子が、左手で刀を振り上げて叫ぶ。
それを見た白星が、動じず発したのはただの一言であった。
「無駄よ」
叩き付けられた刀は確かに氷壁を砕いた。
しかしその刃が白星に届くことはなかった。
触れた場所から瞬時に凍て付き、身の自由を奪われたのだ。
更に周囲へ飛び散った氷の破片がそれぞれ集い、太い氷柱となって、身動きの取れぬ茨木童子を襲う。
「ぐああああああ!!」
全身に容赦なく降り注ぎ、身に風穴を開けてゆく無数の氷柱を受け、流石の鬼の幹部も悲鳴を上げた。
その隙を見逃さず、白星の手から迸る白光が、茨木童子の左腕を斬り飛ばした。
高く跳ね上がった左腕が刀を掴んだまま、地に伏した茨木童子の顔の近くへ突き刺さる。
「かか。利き腕を飛ばさば、さすがに降参するであろ」
そう笑う白星だが、驚くべきことに倒れた茨木童子はまだ諦めていなかった。
霜の降りた身でずるずると白星の足元へ辿り着くと、残った右手で白星の足首を掴んだのだ。
「行かせぬ……酒呑の元へは……」
「大した忠誠と根性よ。ぬしこそまことの忠臣よな」
ぎりぎりと足首を締め付けられながら、白星は嗤う。
「わしが酒呑を倒すまで、しばし眠っておれ」
言い終えると、白星は凍える吐息をもって茨木童子を氷の中へ閉じ込めてゆく。
腕を斬り飛ばされ、気力も妖力も根こそぎ奪われた茨木童子には、すでに抵抗する術は残っていなかった。
わずかな間に氷漬けとなり、ついに沈黙したのだった。
「最後までしぶとく天晴な奴よ。酒呑童子め。我が首ながら、よい部下を持ったものよな」
茨木童子の健闘を称え、白星は一人ごち、その場を歩み去る。
目指すはいよいよ、鬼の首魁と呼ばれる大妖怪の棲み処であった。




