百十 阻むもの
白星の進撃を阻んだのは、丈の短い着物を着込んだ美女であった。
しかしその肌は浅黒く、額からは一等長いねじくれた角が伸びている。
尋常な人ではないことは一目瞭然であった。
「これより先は、我等が頭、酒呑童子の庭先である。易々と通れると思うな」
携えた長大な大刀を抜き放ち、女は白星を睨む。
「かか。礼を言うぞ。鬼の娘。本来の目的を忘れるところであったわ」
対して白星は笑みを強めるばかり。
「見たところ、ぬしは鬼の軍の幹部か。どれ、酒呑童子の居場所を聞かせてもらうかの」
女は白鞘の妖気に全く怯んだ様子が無い。それを見た白星は、相当な実力者だと見抜いた。
「舐められたものだ。我がそう簡単に口を割ると思うてか。そも聞いてどうするつもりだ」
大刀を白星に突き付け、一層強く睨み付ける女。
「知れたこと。ぬしらの頭の首を頂くのよ」
白星の言葉に、茨木童子の目が見開かれる。
「聞き捨てならんな。我は酒呑童子が右腕、茨木童子なり。大江の縄張りを荒らす不届き者よ。名を名乗れ」
「鬼にしては行儀が良いの。わしは白星と呼ばれておる」
「白星。部下を散々喰らってくれた礼をしよう」
大刀を構え、戦う姿勢を見せる茨木童子。
「気が進まぬの。ぬしら幹部は生かしておかねば、酒呑亡き後、鬼の統制が取れぬ」
「我等が貴様如きに後れを取ると? 甘く見られたものだ」
「ならば試してみるがよい。その大刀が飾りでなくば、の」
「言われるまでもない」
白星の挑発を受け、鋭く斬りかかる茨木童子。
かちぃんと、白鞘が刃を弾く音が響く。
しかし茨木童子はかち上げられた反動を活かして、大きく振りかぶって斬り降ろしを見舞った。
一瞬前まで白星がいた地面に刃がめり込み、激しい振動と共に、深く長い溝を抉る。
単純な膂力では敵わぬと見抜き、白星が回避を選択していなければ、今頃は白鞘ごと砕け散っていたやも知れぬ。そう思わせるだけの威力を秘めた一撃だった。
「まず躱したは見事。しかしいつまでも逃げ切れるものか」
再び大刀を大上段に構え、白星に肉薄する茨木童子。
「かか。鬼らしい戦ぶりよ。これは存外楽しめそうではないか」
心底愉快そうに笑う白星に、茨木童子は眉根を寄せる。
「その尋常でない妖気と言い、先の戦ぶりと言い、本物の戦狂いか」
「かか。鬼がそれを言うか。そうよ。わしは戦が楽しゅうてたまらぬ。ぬしもわしを満足させてみい」
言うが早いか、茨木童子を上回る神速にて懐へ飛び込み、白鞘で鳩尾を突く白星。
しかし茨木童子は一瞬たたらを踏みながらも退かず、足元の白星向けて大刀を振り下ろした。
再び大地を穿つ一撃が周囲を揺らすが、どう躱したものか、白星は大刀の背に飛び乗っており、茨木童子の顔を覗き込んでにたりと笑った。
同時に茨木童子の頬を白鞘で強かに打ち据え、返す刀で顎を跳ね上げると、その反動をもってくるくると宙で後転しつつ距離を取る。
そこまでの猛攻を受けて、口の端から血を滴らせながらも茨木童子は尚も退かず、白星の着地点へ目掛け大刀を振り抜き衝撃波を繰り出した。
まだ接地していなかった白星は成す術なく衝撃波に呑まれ、詰めた距離を呆気なく押し戻されて行った。
空中で身を捻り、すたんと着地した白星は、見るも無残に服のあちこちが破れ飛んでいた。
「新調したばかりだというに、無体なことよ。しかしぬしのことは気に入った。必ず眷属にしてくれる」
「寝言は寝て言うのだな」
大刀を構え直す茨木童子を前に、白星は抑えていた妖気を更に解放し、獰猛な笑みを深めた。




