百九 喰らうもの
周囲の環境を禍々しく変える程の濃い邪気の中、颯爽と駆け抜ける白影一つ。
悪鬼の群れに飛び込んだ白星は、一気呵成に攻め立てていた。
白星が鋭い軌跡を描く度、小鬼の群れがばらばらに飛び散り、黒い灰となって白鞘に吸い込まれてゆく。
鬼とは即ち、邪気の塊である。
元より邪気を喰らう性質を持つ白鞘であるが、六つの首をもって力を増した今や、力の弱い鬼など触れるだけで吸収される糧でしかない。
天下に名だたる鬼の総本山、大江山の膝元は、白星にとっては好き放題に邪気を喰らえる餌場に過ぎなかった。
氷や炎などの権能を用いれば、即座に薙ぎ払える程度の相手にも関わらず、喜々として大軍を相手取って白兵戦を受けているのも、間近で邪気を喰らいたいがため。憐れな鬼どもの断末魔を聞きたいがためであった。
「かか。結構なことよ。大盤振る舞いではないか」
背後から金棒を振り上げて突進してきた大鬼を見もせずに白鞘を一閃させる白星。
すると大鬼の腕が抉れ飛び、次いで胴を神速の一刀が薙いでその存在を断ち斬った。
「うむ。満ちる。満ちるぞ腹が。これまでとんと邪気を喰らえておらなんだ。満足ゆくまで喰らわせてもらおうぞ」
斬れども斬れども相手の尽きぬ戦場を縦横に駆け巡り、白鞘を狂暴なまでに乱舞させる白星の顔には確かな喜悦が浮かんでいた。
星子の前では変わらずを貫いていたが、やはり首が揃うにつれ、魔性の残忍さが徐々に高まっているのを白星は自覚した。
今は盟約により理性が保たれているが、星子の宿願を遂げた後、己が人に仇為さずにおれるかどうか。記憶も未だに定かでない状態では断言できるものではなかった。
なればこそ、狂気を発散できるこの場では、遠慮をせずに暴れ回る事を選択した。少しでも暴力衝動を減らすために。
だがしかし。
喰らえば喰らうほど。殺せば殺すほど。己の内に魔の芽が育ちゆくのを止められぬ。
いや。元からあったものが花開いてゆくと言うべきか。
「かか。愉快なり。邪気も、蹂躙も。等しく甘露に他ならぬ」
白星は己がかぶっていた温厚の仮面が剥がれ落ちる音を聞いた。
戦場はいつの間にか、襲撃者を迎え撃つ鬼の軍の図式から、狩猟者から逃げ回る憐れな獲物達の画に成り代わっていた。
獰猛にして狡猾を煮詰めて固めたような邪悪な鬼達が、可憐な少女一人に怯え、逃げ惑い、やがて嬲り殺されてゆく。
見る者がいれば目を疑うような光景が、その戦場では繰り広げられていた。
狩猟者は嗤う。
鬼を喰らいてひたすら嗤う。
すでに斬るまでもなく、白鞘の放出する圧倒的な妖気に触れるだけで弱卒は倒れ伏し、塵と化して飲み込まれていった。
「かか。かかか。甘露。甘露なりや大江の鬼ども。まだまだたらふく喰らわせい」
妖気の網を投げ、鬼側の被害を拡大させゆく一人の少女。
「──修羅の所業もそこまでだ。小娘」
その歩みを止めるよう、いつの間にか眼前に、ゆらりと長身の女が大刀を携え立ち塞がっていた。




