百七 開くもの
戦端を開くきっかけを作ったのは鹿島軍であった。
想定していた兵数が集まらず、業を煮やした鹿島貞時は、諏訪部氏陣営に降伏勧告を出したのだ。
そこにはこれ以上時を掛ければ兵力差は広まるばかりとの思惑も含まれていた。
事実諏訪部氏の元には現在も各地から兵が集まっており、強気を貫く諏訪部氏は勧告を突っぱね、正式に反乱軍として立ち、宣戦布告を行った。
これで鹿島軍には朝敵を討つという大義が生まれ、歯向かう者を誰であれ斬り捨てる口実が与えられたことになる。
まして実戦が始まれば、鹿島が軍の実力に慄き、反乱に加担する農民達も減る可能性が充分にある。
初手における舌戦では、まずは鹿島に軍配が上がった。
「今しばらくは時を稼ぎたかったものですが、さすが鹿島と言えましょうか。精兵を率いる将も戦を熟知していなさる。兵力差が広まる前に手を打たれてしまいましたね」
地図上の駒を大きく動かしながら、福一は努めて平静に現状を語る。
「うむ……忌々しいが上手く乗せられてしまったな。しかし動き始めたからにはもう止められん」
対して反乱の意思を正式に表明した諏訪部高取は、武者震い混じりに気持ちを新たにしていた。
「現在こちらの兵数は一万二千ほど。鹿島軍は打猿殿らの遊撃のお陰で四千弱となっております。これですら戦力的には五分と言ったところですが、決して勝てない戦ではないかと」
「がっはっは! おれ達兄弟がいるんだ。負げやしねえよ」
「だっはっは! 兄貴の言う通りだあ。鹿島の奴らなんぞ叩きのめしてやらあ」
陣形を配しながら唸る福一を他所に、土蜘蛛兄弟が大笑してみせる。
「ええ。此度の戦、お二人が肝となります。よろしくお願いしますね」
「おう、任せろ! 戦場のど真ん中で暴れりゃいいんだろ? 分かり易ぐでいいな!」
「俺らの得意な戦い方だぞ。腕が鳴るっでもんだ!」
今までこそこそとした遊撃に回っていた二人は、ようやく本来の戦い方ができるとあって上機嫌であった。
福一の立てた作戦では、二人に加え幾人かの頑丈な土蜘蛛衆に出張ってもらい、囮とすることが決まっていた。そのことを喜んでいるのだ。
「八田の姐御の仇は白星の姐御が討っでくれたが、まだあんなもんじゃ済まさねえからな!」
「おうよ。今まで散々威張り散らしでくれやがったお返しをしねえとなあ!」
互いに前脚を叩き合わせ、闘志を燃やす兄弟。
「まこと頼もしいことだ。だがこの戦、そなたらの働き如何で行方が決まるということ、努々《ゆめゆめ》忘れるな。返り討ちに遭うなどもっての他だぞ」
二人で盛り上がっているところへ、高取が釘を刺す。
今や打猿と国麿の大土蜘蛛兄弟は、間違いなく反乱軍の精神的支柱になっている。易々と倒れられては困るのだ。
「わがってるって! おれらはそう簡単にくたばりゃしねえよ」
「そうだぞ。伊達に今まで沢山の修羅場は潜って来でねえ!」
「ああ、ならばよいのだ。大いに期待しているぞ」
そのやり取りを見た福一は、土蜘蛛兄弟の楽観的な面に一抹の不安を覚えたが、歴戦の猛者の言を信用し、更なる策を練ることへ専心した。
開戦の日はもう間もなく。両軍共に、準備に余念がなかった。




