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逢魔が刻の一ツ星  作者: スズヤ ケイ
十 争うもの
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百六 選ばれるもの

 亡き鹿島が中将貞頼の長男、鹿島貞政(さだまさ)は困惑していた。


 一兵卒に過ぎなかった身から突然少将に任じられ、初陣にして千を超える規模の総大将を務める事となったためだ。


 戦と女遊びにうつつを抜かしていた父貞頼は、遅くに授かった第一子にさえ興味を持たず、教育は全て他人任せであった。

 故に貞政は、父から受け継いだものは何もない。


 身の丈すらも父親に似ず、鹿島の民相応に頑健であり、剣の腕だけを頼りに己の力で軍の試験に合格した。


 しかしその際ですら父から祝いの言葉を引き出す事はできなかった。


 父亡き今、鹿島が宝刀黄金丸は失われ、軍略も学問も未だ道半ば。


 何も持たずに大舞台へ放り出された齢十五の少将は、己が一体何故鹿島の本陣にいるのかさえ理解し難かった。


 貞頼は抱いた女をほとんどいたぶり殺してしまっていたため、奇跡的に生き残った女の一人から貞政は生まれた。


 故に他に跡継ぎがいないのだ。そう頭では理解しているつもりでいる。


 しかしそうなると、貞頼の子であれば誰でも良かったのではないか。

 今日こんにちまでの己の努力など、親の七光りの前では全てが無駄だったのではないか、と半ば捨て鉢のような気分になったとしてもなんら不思議ではあるまい。


「……若。いえ、少将殿。聞いておられるか」


 椅子に深く腰掛け不貞腐ふてくされていた貞政を、現実に引き戻す声が天幕内に響いた。


 叔父である鹿島が大将貞常(さだつね)が甥の補佐に付けた三男、鹿島貞時(さだとき)の声だった。


「……ええ……いや、聞いている」


 上官になったとはいえ、従兄弟いとこである貞時は己の倍近く生きている年長者だ。これまで敬語だったものをぐっと堪え、横柄に振る舞うのには少々抵抗があった。


「ならば結構。何、ご心配召されるな。此度の初陣は、本陣で大きく構えて頂ければそれで十分。戦は我等下々に任せ、鹿島が中将の跡取りここににあり、と示すのが肝要と心得られよ」


 そう言ってどんと胸を叩く貞時の、なんと頼もしいことか。


 実際、戦のことなど右も左も分からぬ若き貞政に代わり、軍の指揮を一手に引き受けているのが貞時である。


 貞政はお飾りの将である自分を恥じると共に、文句や嫌味の一つもなく尽力してくれている従兄弟に深く感謝した。


 ならばその貢献に報いる為にも、自らの責務を果たそうではないか。


 貞政がそう決意を固めた時、天幕の入り口をするりとくぐり抜ける、涼やかな声が流れてきた。


「失礼(つかまつ)りまする。少将閣下の天幕はこちらでよろしいでしょうか」


 現れたのは、黒い狩衣を着込んだ美貌の女。

 時政は寸時、その白い顔に見惚れた。


「何者だ、貴様。鹿島の者ではないな」


 咄嗟に腰の刀に手をやり誰何すいかする貞時の声に、貞政も我を取り戻す。


「この天幕には関係者以外立ち入り無用。何者かは知らぬが、即刻立ち去れ。さもなくば……」


 今にも鯉口を切らんばかりの剣幕の貞時に向かい、女は優雅に微笑み一礼した。


「これは失礼仕り申した。わたくしめ、これでも《《関係者》》にございますれば」

「何?」

「わたくしめ、関白、伊勢政子いせのまさこ様のご配慮にて、援軍としてまかり越しました、芦屋道子と申す法師陰陽師にて。お力添えの件、お聞き及びかと思われまするが、如何に?」


 慇懃いんぎんな道子の態度に苛立ちを見せつつ、貞時は首を捻る。


「……確かに援軍の話は聞いている。しかし、貴殿一人が?」

「仰りたい事はわかりますとも。戦の場にて、かような女ごときが何を成せるか、とお思いでござりましょうぞ。もちろん戦に直接参加などはできませぬが、不肖わたくしめ、頭脳労働が専門にござりますれば。軍師としてお力をお貸しできれば、と」

「軍師だと……?」


 貞政が呆としたままに聞き返すも、貞時が割り込んだ。


「我等鹿島が精兵を侮るか。たかが寄せ集めの軍勢など、真向より叩き潰せばよいだけ。策など不要なり」

「はて。心強いお言葉なれども、わたくしめも命じられて参った身。手ぶらでのこのこ帰ったとあらば、我が主に叱られてしまいまする。何、余計なことは申しませぬ故、何卒末席に置いて下さりませぬか」

「ええい、黙れ。貴殿の出番などないわ!」


 袖を合わせて頼み込む道子に怒鳴り付ける貞時。


 貞時は副官として優秀なのには違いないが、頭が固いところがある。女が戦場に立つのが我慢ならないのだろう。


 しかし貞政はその様子に憐れみを覚え、声を上げた。


「よい、貞時。こうまで言うのだ。端で大人しくしているのならば、放っておいてもかまわぬだろう」

「若。しかし……」

「そもそも関白殿肝入りの助力なのであろう。反故にすれば我等の立場が危ういぞ」

「それは……」


 関白の名を出されては、さすがの貞時も黙るしかない。


「おお。さすがはかの英雄貞頼公のご子息。懐が広くていらっしゃりますなあ。どうぞご安心下さりませ。この芦屋道子が、誠心誠意お仕え致しまする」

「うむ。頼むぞ」


 道子の色香に蕩かされたように、気前よく頷く貞政。


 しかし袖の下で薄く嗤う美貌に気付く事はなかった。


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