百三 圧
「御屋形様。戦が近うござりまする」
「そうかえ」
芦屋道子が畳の上へ跪いて報告するのに対し、伊勢政子は大した関心も見せずに一言返すのみだった。
「御屋形様のお考え通り、重税にあえいだ民らが東方にて決起したようにござりまするな。いやはや、敢えて重税を課すことで反乱分子をいぶり出すとは、流石のご手腕。不肖わたくしめ、感服し切りでござりまする」
「ほほ。心にもないことを。お前でも同じことをしただろう?」
「とんでもござりませぬ。わたくしめなど、御屋形様の御命令があってこそ、ようやく人並みに動ける木偶人形にてござりますれば。これからも、なんなりとお申し付けくださいませ」
「まこと食えぬ女よ。まあよいわ」
謙遜し平伏する道子をちらりと一瞥するも、すぐに庭の枯山水へと視線を戻す政子。
「それにしても、たかだか税を倍にした程度でもう根を上げるとはのう。大人しゅう差し出せば儲けものであったものを。いささかがっかりしたわえ」
「まったくでござりまするな。帝の庇護を受けていたにも関わらず、あっさりと反旗を翻すなど、言語道断に存じまする」
道子の賛同に、ぱちりと朱塗りの扇をひらく政子。
「まあよい。歯向かうと言うのならば、叩き潰すまで。幸い、東方には既に用はなし。邪魔な豪族どもを一掃し、平らにならす良い機会であるな」
政子の言は、反乱を鎮めた後、東方の土地を国の直轄領として接収することを意味していた。
「道子や。今現在、東方の守りはどうなっておる?」
「は。鹿島が軍が各地に点在しておりまするが、まとまれば五千程になるかと存じまする。しかし、中将貞頼殿が討ち死にした今や、後継者が未だ経験の浅いご子息にて。此度の戦の指揮は難しかろうと思われまする」
道子の説明を聴いた政子はしばし思案顔を晒すと、扇をあおぎつつ口を開いた。
「なれば道子や。此度の戦、お前が鹿島の子倅に付くことを命ず。よいな、あくまで名目上はお前は軍師。正当な指揮官を蔑ろにしたとあっては、後で鹿島の大将殿がうるさかろうて。少将の面目を潰さぬ程度にうまくおやり」
「これはこれは、難題でござりまするな。ですがご案じ召されるなかれ。このわたくしめ、承った仕事は完璧にこなすが信条にてござりますれば。御屋形様におかれましては、ご安心して吉報をお待ち頂けますよう」
「うむ。東方の田舎者どもを、残らず駆逐してみせよ」
「はは。仰せのままに」
道子が一礼した後、影に溶けるように消え去ると、政子は口を弧の字に変えて笑みを作る。
「くく。天下分け目の大戦が始まろうぞ。魔性よ、次はどう動く?」
政子の言を飲み込んだ枯山水を囲む木々は、わずかに紅葉が始まっていた。
その色付きは、新たな戦の狼煙が上がったことを暗示しているようでもあった。




