百 動き出すもの
白星と息吹童子の激闘から一月あまり。
新緑の季節はとうに過ぎ、盛夏を超えて秋口を迎えようかという頃。
白星は伊吹山の龍穴を制し、霊脈の調整に精を出していた。
何しろ龍脈の生ける要であった息吹童子を、影も形もなく喰らい尽くしてしまったのだ。
真っ二つに割った伊吹山を御神体にするにも、空いた穴が大き過ぎた。
そこで地脈の穴を埋めるべく、せっせと結界の補修に奔走していた白星の元に、再度の偵察に出ていた福一が着替えと一報を抱えて舞い戻ってきた。
「白星様。戦が始まります」
そう切り出す福一の表情は、珍しく真剣だった。
「ほう。詳しゅう聞かせよ」
地に描いた結界の線を踏み締め歩く白星に並び、福一が口を開く。
「はい。このところ帝都よりの徴税が以前より増し、不満を募らせた各地の豪族らが結託して兵と物資を募り、反乱の準備を進めております。現在は東方で国の常駐軍と睨み合いをしているのみですが、戦端を切るのは時間の問題でしょう」
「ふむ。ぬしは旗色をどう見る?」
「国の主力は今だ鹿島の兵ですからね……時間こそかかれど、まともにぶつかればあっさり鎮圧されるでしょう」
「さよか」
白星は足を止めると顎に手をやり、何やら思案する。
「福一や。急ぎ青と連絡を取り、八十女を動かすよう進言せい。そして反乱軍に助力するよう仕向けよ。静観しようが、風向きによっては土蜘蛛も巻き込まれよう。せっかくの戦力をすり減らされては敵わんでな」
「はっ。天下の大黒屋の名を出し助力を申し出れば、大層喜ばれるはず。さらに打猿殿らが向かった東方では、人と取引をしている土蜘蛛もいると聞いております。協力体制を作るのは可能でしょう」
「うむ。わしも折を見て眷属を動かし、南より熊野の健速に合流させ、狼煙を上げさせる。さすれば国も兵を分けざるを得まい」
「おお。話に聞いた白路の者達ですね。これは心強い。健速様も安心されるでしょう。してその間、白星様ご自身は如何なされるので?」
福一の疑問に、白星は息吹童子に受けた傷口を示して見せる。
「わしは今しばらく動けぬ。なれど傷を癒し、伊吹山の結界を張り終える頃には戦は始まっておるであろ。その混乱に乗じて帝都を迂回し、北西の大江山へゆくつもりよ。わしの勘が告げておっての。音に聞く酒呑童子も、わしの首の一つではないか、とな」
白星は己の首を指先でとんとんと叩き、にやりと笑う。
「何。勘が外れようと、その時は鬼の軍勢を味方に引き入れてくれようぞ。さすれば帝都を三方から挟み撃ちにできよう。復讐を遂げるはその時よ」
「承知致しました。健速様にはその旨お伝え致します。我等の仕事は反乱軍を先走らせずに時を稼ぎ、足並みを揃えること、ですね?」
「うむ。精々上手く守ってやれい。決戦の前に消耗されては、元も子もないでな」
早速蜃を懐から取り出し、健速と連絡を取り始める福一を横目に、白星は福一の持ってきた真新しい衣に袖を通す。
しかしその脳内では更なる思案を巡らせていた。
「戦が始まれば、嫌が応にも黒き衣の者どもも動かざるを得まい。引き摺り出す機はいくらでもあろうて」
まるで戦そのものを歓迎するようにくつくつと笑う白星に、福一は気付いていなかった。




