第21話 魔装修道女はリリアルを発つ
第21話 魔装修道女はリリアルを発つ
「またお会いできることを楽しみにしております」
「みんな元気でね。また会いましょう」
「お姉ちゃんも別れがつらいよ、ヨヨヨ……」
リリアル男爵とニース騎士爵の別れの挨拶をアイネが混ぜっ返します。男爵が顔を顰めつつ、いつものように姉を嗜めます。
「姉さんはそのまま戻ってこない方が王都は平和だと思うのだけれど」
「ひっどい!! 王都全体が明かりが消えたように沈んじゃうよきっと☆」
後ろでリリアル生が「ないない」と手を振っているのが微笑ましいですわ。とは言え、魔装馬車であれば一週間とかからずに移動出来るわけですから、それほど別れが特別な物ではありません。アイネは王国中をウロウロしていると聞いております。
「さて、行こうか。しゅっぱーつ!!」
「ドラさんがリーダーよね。何で姉さんが仕切っているのかしら。そんなに、嫌われたいのなら特になにも言わないけれど、遠慮した方が良いと思うわ」
「そんなことないよね。ね! ね!」
ベネがアハハと笑い、イーナが「かもしれんな」と言い返しています。私はリザと顔を見合わ「やれやれ」と首を振ります。
二台の兎馬車は先頭を私とイーナ、後方をベネとリザとアイネが乗り込みます。リリアルから王都方面に向かわず、今日の宿泊場所であるシャンパーへと向かいます。
アイネは「これ、妹ちゃんとお揃いの修道衣なんだ」と薄いグレーの修道衣を身に着けています。何やら私たちに似せたようです。私たちは伝統的な漆黒に近い色で、かなりトーンの違いを感じますわね。
「今日はシャンパーで泊まるのは何故なんでしょう?」
ベネ、聞いていなかったのですわね。シャンパーに立ち寄る理由は、トレノにニース商会が卸すシャンパー産のワインを積む為ですわ。
トレノもワインの産地ではありますが、内海の古くからの品種を育てている関係で、甘い微炭酸のワインが醸造されております。王国では、辛口と言いますか、アルコール度数も高く甘みも少ないワインが醸造されるようになっており、法国でも人気がございます。ニース商会はブルグント公爵家と
の関係から、一つは蒸留酒の製造、今一つはサボア公国経由でシャンパーやブルグント産のワインを販売したいのです。
「いつもはニース商会の魔装馬車で輸送しているようですが、今回は私たちが同行するついでだそうですわ」
「甘くないワインだんて、美味しくないのです!」
食事に合わせるには甘みが無い方が美味しいですわよ。お子様舌ですわねベネ。
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私たちはシャンパーで一泊、更に南都で一泊することになりました。南都にはニース商会の大きな支店があり、そこの宿泊施設に泊まることになります。近くて遠い場所でありましたが、もしかすると今後はここを訪れる機会も増えるかもしれません。
ニース商会の店舗は冒険者ギルドなどがある大通りに面した一角にあり、その店構えは大店というに相応しいものです。
「さあ、馬車を預けたら案内するよー」
「しかしアイネ、宿屋に我々は泊る方が良いのではないか」
「いいじゃない、お客様と商会頭が泊まる用の部屋があるんだもの。本当は、妹ちゃん達も泊めて上げたいんだけれど、リリアル遠征だと人数が……ね」
確かに、十人以上になるだろうリリアルの遠征に、商会の客室を宛がうには無理があるでしょう。男爵は、学院生と別に宿泊するのを良しとする人ではないでしょうから、なかなか難しそうですわね。
二人部屋に通され、お風呂をいただき夕食の時間になります。料理人を常に雇うのは難しいのでしょう、レストランからの仕出しのようですわね。
「じゃあ、遠慮なくどうぞ」
「「「「いただきます」」」」
私たちは、初めての南都料理のコースを楽しみます。川魚や鶏を使った料理はトレノではあまり食べられません。乳製品や牛・豚を使った料理が多いですわね。
「南都ではイワシの塩漬けは食べないんですね」
「ああ、それは塩税が王国は安いからね」
ニース辺境伯領で塩作りはなされていますが、ギュイエ公爵領に王立の製塩所があるのだそうです。
「その昔、百年戦争の頃に戦費を調達するので塩税を増税しまくったおかげで、連合王国に離反する都市とか、反乱を起こされたりして戦争で負ける以前に大変なことになったんだよね。それで、王国では塩に税金をほとんど掛けないことになったんだよ」
トレノを含め海のないサボア公国では、ニース領や王国から塩を購入する際に国境で公爵家が塩に高額の課税をしているのだそうです。
「その税金を避けるために、魚の塩漬けを作ってサボア公国に売っている商人がいるわけ」
「……だから、やたらとイワシの塩漬けが料理に加えられているのです!!」
熱いソースの素材は「イワシの塩漬け・ニンニク・オリーブオイル」の三種で作られておりますものね。それを野菜などに付けて食事の際に食べることになります。塩分を体に取り入れるための伝統的な料理ですわね。
「まあ、サボア公爵家もその税金止めたら困るだろうから、今のままだろうけれどね」
「正直、イワシの塩漬けは……食べたくありませんわ」
「何、酒の肴に持ってこいではないか」
「イーナ、おっさん臭いよ」
リザが修道女としても男爵令嬢としてもどうかと思うイーナに諫言いたしますが、すっかり酔いが回ったのか冒険者時代に戻ったイーナには通用しません。
「む、私は花も恥じらうもうすぐ二十歳だ!」
「それ、花が散っちゃってるのです!!」
「黙れ!! まだまだ私は若い!!」
「そうだよ、ピチピチだよ!!」
アイネ、あなたも二十歳過ぎてるのですわね。
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翌日早く、南都を出発します。今日中に大山脈を越えてトリノに到着するのは難しいでしょうが、峠越えを終わらせるには時間的に余裕が欲しいところです。
「兎馬は峠道も楽々だから大丈夫だよ。馬車も小さいしね。それに、二輪馬車の方が荒れた道の走破性は高いから、こっちの方が早く進めるよ」
アイネが兎馬車を選択した理由を説明します。リリアル男爵も遠征時、目的地が都市であれば二輪馬車で向かうそうですが、遠征時は学院の生徒たちと兎馬車に乗る事も少なくないそうです。男爵閣下……王国副元帥が兎馬の馬車とは畏れ多い事です。
「だから、気にしないでドンドン行こう!」
「この馬車が冒険者時代にあれば、色んな依頼がらくらく熟せたであろうな」
後ろで大声でワイワイ話すアイネとイーナの前で馭者を務める私は大概にしてもらいたいと内心思っておりますわ。
峠を越える頃には日が傾き始め、どうやら明るいうちに麓の、村に到着する事が難しいようです。それでも、明るいうちに山道を終えることは出来そうだと安心していたのですが……どうやら轍に嵌っているのか馬車が道の真ん中で立ち往生しています。
「どうしたんだろうな」
「あー ベタなのが出たね」
「どうしたのですアイネ。お困りのようですが」
アイネ曰く「よくある山賊の手口だから。迂闊に近寄っちゃ駄目だよ」とのことです。確かに、轍で立ち往生して動かせないほどの重たい荷物がある馬車には見えませんわね。観察眼は大切です。
アイネは後方に移り、私たちには「交渉は任せて」と言うと、ベネとリザにも『山賊だよー』と伝えています。リザは後ろに弓銃と魔装銃を用意してあり、ベネはホースマンズ・フレイルを手にしているようです。短銃は勿論懐にしまってあります。
しばらく様子を見ていると、痺れを切らしたのか二人の男が近づいてまいります。
「もしかして、修道女様ですか?」
「はい。トレノに戻る途中なのですが、どうされましたか?」
様子をうかがうような視線。とても困り果てている人物には見えません。値踏みをするようなその目が真っ当な者ではないと私に告げています。
「馬車が轍に嵌ってしまっておりまして、どうか手助け願えないかと……」
「面白いな。修道女に重い馬車を押せというのか。お前たち男にもできないことを。それほど、お前たちは非力なのか? ならば手助けしてやるのも吝かではないのだが」
イーナの言葉に男たちが顔を顰めます。
「面倒だな」
「ああ、じゃあそろそろ本気で始めるか」
男たちは腰の剣を引きぬくと私たちにその剣先を向けます。
「大人しく言う事を聞いていれば、殺しはしない」
「ちょっと、職業は変わるかもしれないが、大昔からある神聖な職業だ。綺麗な服も着れるぞ。まあ、仕事中は脱がないといけねぇがな」
下卑た笑いを上げる男たちを確認すると、背後から『撃て!!』とアイネの声が聞こえます。私は背後に隠してあった短銃で右側の男の脚を撃ちます。そして、左側の男の胸にリザの発した弾が命中したのか、胸から血を噴き出しながら男が前のめりに倒れます。
「さあ、最後の仕上げをしようかみんな」
アイネがそう告げると、背後に回り込もうとする山賊に向かいベネと共に走り出しました。




