第19話 没落令嬢は実家の兄に呼びつけられる
第19話 没落令嬢は実家の兄に呼びつけられる
リリアルでの活動も早一月半。それぞれの課題もかなり進めることが出来てきました。薬草畑を作って、毎日ポーションを作成し、さらに、卵を使ったフィナンシェ作りも進めなければなりません。
それと、アイネが持ち込む事案に対応し、修道女としてもしくは侍女として活動し、何らかの結果をもたらせる必要があります。最終的には、私たちの利益とアイネの利益が合致するように取り計らう必要があります。
いくら家から縁を切られた修道女とはいえ、使い捨てにされるつもりは毛頭ございません。
そんな中、ニース商会経由で修道院から手紙がもたらされました。私たちにではなくイーナ個人宛です。手紙を読んだイーナは段々と表情が曇り、やがて苛立ちを隠せなくなりました。
「どうしたんですか!」
「実家の男爵家を継いだ兄上から『還俗してこちらの命ずる家に嫁げ』との内容だな」
「……なんですと!!」
「結婚おめでとう……と言えますのでしょうか」
「……どう考えても、兄上の都合だな。私にとっては父より年上の男の後妻に入るメリットはない」
我が家もそうですが、嫁に行く場合持参金の有無がその後の人生を大きく左右します。後妻、それも年の離れた夫に嫁ぐ場合、その後子供が出来ずに先立たれた場合、後継者にとって余程の思い入れや感謝の念でもない限り、夫が死ねば家を無一文で追い出されることになります。
持参金があれば、そのお金でその後の人生を送る事も出来ましょうが、そもそも、その用意が出来ない故の修道女生活なわけでしょう。持参金の用意があれば、それなりの家に嫁ぐことも可能なのですから。
イーナの実家は男爵家、それも貧窮した騎士の系統です。家によっては傭兵隊長として活躍し、資産を蓄えまた陞爵した者もいますが、それも百年二百年前の話ですわね。
近年、大砲の性能が向上し、装備もマスケット銃が重視されるようになると、武具を調達する為に大金が必要となっています。男爵家というのは、騎士より少し上の身分ですが、イーナの実家は、騎士と大差のない名ばかりの男爵家だと聞いております。
どこかの傭兵隊長の傘下に入るため、そのスポンサーの家の後妻に入ることが条件とされているのでしょう。
「兄上の先見のなさは相変わらずだな」
イーナもその事は想定しているようで、男爵家がそれで浮上するかどうかというよりは、兄のその場しのぎに利用されるのが腹立たしいということなのですわね。
「どうするのですかイーナは」
「ふむ、どうしたものか……」
リザの問いに言葉を濁したイーナの心中はいかばかりのものでしょう。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
修道女という存在は、色々ですわね。高貴な身分の女性が夫を亡くしてその後の人生を心安らかに過ごす為に修道女になる場合もあります。身分によっては修道院を自ら建て、息子から相応の領地を修道院が貰い受け生活の立つようにする場合もあります。
また、未婚の女性が花嫁修業というか、男性とのかかわりのない状態で確実に過ごせる環境を保つために還俗前提で見習をしている場合もございます。
そして、勿論、何らかの処罰として、もしくはそれを免れる為に、修道女となる方もいらっしゃいますわ。ですが、私たちの場合、結婚の見通し言い換えれば持参金の調達ができない故に未婚前提で見習修道女となり、適齢期が過ぎたのち正式に修道女になる……という折衷案も存在するのです。
仮に、身分が低い故に、持参金不要だがそれでも貴族の子女を娶りたいというもの、イーナの相手のように後妻で若い女性で条件が悪くても婚姻できるといったものが現れれば、実家の都合で還俗し嫁がされる可能性もあるのです。
「それで、イーナはどうするつもりですか?」
「まあ、話を聞いた上で……断る」
「そう……ですか。でも、よろしいのですか」
男爵家の当主となった兄の命令を聞かなければ、本当に絶縁状態になるのではないかと危惧します。二人も同じようです。
「仕方あるまい。それに、私は父上のために冒険者となって身を立てることにしたのだ。それで、幾ばくかの仕送りをしてその金で父上に少しでも医者に見せるなり、栄養の付く物でも食べさせたりできれば自分自身が納得できたのだ。
兄が後を継いだ後のヴェント男爵家のことは、兄が考えればよい事。恐らく、私がどうなろうがあの家は兄の代で絶えると思う。ならば、兄の思惑に乗る意味がない」
サボア公国の男爵家としてそれほど大きな家ではないヴェント家は、恐らくこれ以上の軍役に耐えることも出来ず、さりとて、その代わりに金銭を支払い貢献することも難しいという事ですわね。
その昔、男爵家というのは数ヶ村の領主として年貢を集め、自分のほか一人か二人の騎士・従騎士を従え、村の領民を率いて年に定められた軍役を果たしていればよかった時代があったのです。
しかし、実際に戦力として常時戦場に出ている戦慣れした傭兵と騎士に率いられた農民兵では戦力として大いに差があります。傭兵が普及し、戦場に出るよりも金銭で支払うような時代となると、実際に傭兵隊長でも務めねば戦場で名を上げるようなことは男爵家では難しいのです。
「いまさら男爵家が傭兵隊長になるのは難しい。一介の傭兵になるには身分があるのでそれも難しい。無い知恵を絞った結果が、私を出汁にどこぞの傭兵隊長の下に入り、分隊長でも任せてもらうという約束でもしたのであろう」
「それでは、先がありませんわね」
「ああその通りだ。だからこの話、私に従う道理はない」
イーナの心は決まったようですわ。
「それにだ、皆とも新しく……その、サンジリオを立ち上げるのだろう。私以外、腕っぷしはからっきしだろうし、どの道、ほとぼりが冷めたら冒険者に戻るつもりであったからな」
「それはそうなのです。イーナがいなくなると、誰が壁役を担うのですか!!」
「ベネ、言い方言い方。そうね、私たち四人で頑張ってきたのだから、ここでイーナに抜けられるのは困る事は確かでしょう」
「どちらが貴方にとって幸せかはわからないけれど、私にとっては、イーナが残ってくれることが幸せですわ」
「ははは、そうか。そうだろう。まあ、私も爺の後添えは勘弁してほしい。先もないしな」
イーナはそういうと、ニカッと笑います。無駄にイケメンですわね。
「話半分だとしても、アイネの話に乗れば、王国の騎士にして頂ける可能性もあるわけだ。あの情けない兄の為に自分を犠牲にするくらいなら、自分自身で新たなるヴェント家を興す方が何倍も有意義だと思うしな」
「それはそうなのです」
「イーナなら出来ます」
みんな、調子の良い事を言っていますが、それが真実になればいいとは私も思っています。
四人でこれからの事をワイワイと話していると、アイネが顔を出しました。
「お、何か盛り上がってるけど、面白い話かな?」
「ああ、私が王国の騎士となり、家を興すということを目標にしているという話を皆に聞いて貰っていたのだ」
「できると思うよ? 元々実力あるんだから、後は騎士にするに足りる手柄だけじゃない?」
確かに、王国にとって利益をもたらす者であれば、たとえ孤児でも騎士にするのが今の王国の在り方ですわ。
「それに、イーナちゃんだけじゃなくって、ドーラちゃんも、リザちゃんもベネちゃんも騎士になりたいかどうかはともかく、きっとなりたい自分になれると思うよ。それがはっきりしていればね」
アイネは「いやー実力者は辛いよねー」と訳の分からぬことを申しておりますが、リザは実家の商会の建て直し、ベネは錬金術師としての家の再興を目指すのではないでしょうか。
私の場合……伯爵家を継ぐ弟の助けとなれれば一番良いと思っております。
「それで、ちょっと表に集合してもらえるかな?」
アイネは、私たちに用事があったようです。表に出ると、そこには一台の兎馬が繋がれた小さな馬車があります。二輪でそれほど大きな荷台ではありませんが、似た物を修道院の周辺の村で見かけたことがあります。
「これは、何ですか?」
「兎馬車だよ。これも魔装馬車だよ」
ベネの質問にアイネが簡単に答えます。曰く、修道女が馬車の馭者をすることには違和感がございますし、取り回しも二輪の兎馬車の方が簡単であるということです。
「しかし、兎馬と馬では速度が相当違うだろう」
「最高速は兎馬の方が遅いけれど、長い時間走り続けると兎馬の方が早いんだよね。粗食に耐えられるし病気もなりにくいところもメリットだね」
確かに、馬は臆病で神経質な生き物だと聞いたことがあります。そして、馬は駄馬でも金貨一枚ほどします。牛の二倍、豚の六倍ほどの値段です。飼葉も馬鹿になりません。
「これを君たちの移動用の道具に進呈しようと思ってね」
「……姉さん、リリアルからの貸与よ。差し上げるわけではないわ」
リリアル男爵が背後からアイネに釘をさす。どうやら、魔装関係はリリアル男爵の管理下にあるようで、その使用に関しては王家の利益となるような相手にのみ渡るようになっている。
「ということで、君たち全員、王国と王家の為に頑張ろうね!!」
「「「……聞いてない(です)(のです)」」」
「まあ、聞かれてないからね☆」
そんな簡単に言い逃れできると思っておりませんわよねアイネ。




