王太子様はメイドに暗殺させたい
しかし、実はドルチェの方はアンジュ以上に困惑していた。
話は二ヶ月前に遡る。ドルチェは深夜、王太子であるレオポルドの別邸の一室に呼ばれていた。
人払いされたその部屋は、静まり返っていた。
わずかに開いたカーテンの隙間から、月の光が、怪しく漏れ入る。
「このままでは、国王の死後、王位を巡って国を真っ二つにした戦争が起こるだろう」
低く、苦しそうな声が響く。レオポルドが、頭を抱えている。
王位継承権が、自分に次いで二位のアンジュ王子を脅威に感じているのだ。
「そうだとしても、殿下はその戦に勝てましょう。こと戦において、アンジュ王子が殿下の脅威になる存在だとは思えません」
「国内で戦争をなどすれば、何万の民の命が奪われる」
「では、この私にどうしろと仰せですか?戦争を阻止するため、アンジュ王子を暗殺しろと?」
ドルチェは、鼻で笑った。
「私を信用出来るのですか?私は元は敵国の騎士です。殿下に忠義を尽くせませぬ」
レオポルドとは、長い付き合いではない。その上、ドルチェの身の上は捕虜である。
数ヶ月前の戦争で、レオポルド率いる軍と戦い、大敗した敵国の騎士だ。
剣の腕が買われて捕虜にされ、以来、秘密裏にこの別邸の地下室に連れてこられている。
そしてレオポルドは、騎士である彼女に令嬢としての教育を受けさせた。
全て、このためだったのかと、ドルチェは納得した。偽りの身分を与え、刺客としてアンジュの元へ送りたいと考えているのだ。
「正直申し上げて、殿下を恨んでさえおります。仲間をたくさん殺されました」
「それは俺とて同じこと。お前は俺の大切な部下を何人も殺した。しかし、だからこそ腕を見込み、リスクを犯しつつ我が国に連れてきたのだ」
それに、だからこそだ、とレオポルドは立ち上がった。その目からは、ひと筋の涙が零れる。
「殿下…? 何故泣くんです?」
「戦争は、何万の人間の血が流れる。仲間を失ったお前には、人一倍それを厭う気持ちがあるだろう?」
「だから、その戦を止めるため、弟を誘惑して暗殺しろと?私が女であることを使って?殿下、私は失望しました」
レオポルドは、クスリと笑った。
「殿下、なぜ笑うんです?」
「君は美しいが、あいつを誘惑することは出来ない」
「心外だわ。やってみなければ…」
ドルチェは不満げに頬を膨らませた。なんて失礼だろう。勘違いするなとでも言われているようだ。
「会えば分かる。あいつに心は無い。心の無い人形を、誘惑することは叶わぬ。人を利用することしか考えない寂しい奴なのだ」
「心の無い人形…?」
どうやら、ドルチェ程度の女では誘惑など叶わないという意味では無いと知り、安堵した。
女だてらに騎士で、武功さえ上げているドルチェは、それが女らしくないということを一番気にしていた。
「ただ、君は女であるから、油断されやすいだろう。その隙を突け」
「しかし、暗殺に関われば私はあなた様に、口封じのため殺されます」
ドルチェは、レオポルドの碧眼を真っ直ぐ見つめた。
「否定はしない。例え俺が否定しても、信じないだろう」
「では、私が納得するだけの対価を用意出来ますか?この命の対価です。ただ、殿下に差し上げるには惜しい」
レオポルドは、腹を抱えて笑った。女騎士、ドルチェの気位の高さを好ましく思った。
「気の強い女だ。やはり、俺の人選は正しい。安心してあいつの元へ送れる」
「殿下、質問にお答えください」
「君の家族の生活を生涯保証しよう。爵位や、屋敷、なんでも手配する」
目を見張る。ごくりと生唾を飲み込んだ。
敗戦国に残された家族は、騎士となって家計を支えていたドルチェを失い、路頭に迷っているはずだ。小さい弟と妹もいるのに。
ドルチェは、跪いた。初めてのことである。敵国の王子と思い、レオポルドに跪くなどプライドが許さなかった。
しかし、
「殿下を信じてお頼み申し上げます。その代わり、私、騎士としての誇りに賭けて、必ずアンジュ王子の暗殺、やり遂げてみせましょう」
ドルチェはレオポルドに忠誠を誓うことにした。
すでに捕虜となった自らの命と、家族の将来を天秤に賭け、後者を選んだ。
そして、アンジュ王子の暗殺という、大役を担うことになったのだ。
身分や名前など、全て抜かりなくレオポルドが偽造した。
書類上、男爵令嬢となったドルチェは、行儀見習いという体でアンジュ王子付きのメイドになっていた。




